歌声喫茶

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東京の会社に入り日野市豊田の会社寮に住んだのが昭和50年1975年のこと、寮内に”チューター”と言って生活指導してくれる先輩がいた、英語で『tutor』は家庭教師の意味、指導教員、助手という意味もあるが語源はラテン語で保護者なんだそうで・・田舎から出てきた寮生の6、7名で1人のチューターが割り当てられて、いろんなところにも連れて行ってくれた、そんな中で新宿の”ともしび”という歌声喫茶にいったのを思い出す、生演奏で司会のリードで、歌集を持ってともに歌を歌う場で初めて入った歌声喫茶はとても新鮮でした、昭和30年代日本は高度成長となり地方から出てきた若者や孤独な学生たちの集う憩いの場としてはやっていたのだけど、1960年代からTVの普及や70年代後半にはカラオケなどの普及で急速に衰退した、しかしまたその世代がシニアとなりいろんなところで一日歌声喫茶なるものが出現している・・昨日米沢市内の”なせBA”前の東条プラザの喫茶で月いちで行っている歌声喫茶に行きました、バンド仲間のねこさんが喫茶やっていて歌声のリーダーがバンド仲間のリーダーでそこに常連さんが集まるという感じです、昨日は飛び入りでバンド活動してる人の演奏もあり、先月”ミックスジャム”として初披露した3人のメンバーで3曲ほど披露、やはりとちりながらでしたけど・・小心者ですから、12月から2月まで軽井沢生活なので来年3月からまたグループで練習頑張るぞ

 

2018.11.19:li-no:[気ままなつぶやき]

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