3月11日飯豊町に移住

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2011年3月11日東日本の大震災、あのとき私は東京府中の会社でASNAROという衛星の機器立会いで応接室にいた、尋常じゃない揺れに心臓がバクバクした、過去山形では小学2年の時、新潟地震があり、同等の揺れを経験、今でもはっきりとその時の光景を覚えている、これはただ事ではないなと直感した、応接室には受付譲が各部屋を回りお客さんの安否確認に来た、そしてグランドに非難して下さいとなった。事務所に戻り、ニュースを見ると想像をはるかに超えた光景が映し出されている、ええーーとなった・・あれから5年今だ復興の途中、家族がばらばらになったり、不明家族がいたりと大変な思いをしている人がいる、そんな中、暖かい手を差し伸べている人もたくさんいる、職場にも毎年仙台にボランティアしてる人がいる、ほんとに尊敬する、山形では小学5年のとき、羽越水害で床上浸水があり、流されて死ぬんじゃないかと怖い思いをした、明け方ボートに乗った自衛隊の方が大丈夫ですかと回ってきた、ほんとに心強く思ったのを思い出す、自然災害はいつ何時自分に降りかかるかわからない、けして他人事ではない、そのつもりでいることと、手を差し伸べる優しさを持っていたい、巡り会わせで移住の日は3月11日となった、中津川は豪雪地、今年少ないと言っても町道から家までは100mはあり車は入れない、しかし地元の方たちが早速明日除雪してくれるそうだ、ほんとに暖かい住民の方たちだ、来週からは掃除に家の補修、畑の準備もあり忙しくなる。けど楽しみだ・・

2016.03.11:li-no:[アトリエができるまで]

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