Atelier Li-no

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先週は東京町田の版画美術館で所属の相模原市油絵サークル『どんぐり』のグループ展へ行く、最低F30の巫女さんを毎回描いていたのですが、今年は無し、田舎暮らしの空き家探しやら、引っ越しやら、60歳定年後の再就職やらで、実家では描くところなく、小物ばかりの参加でした、元会社の先輩、上司、後輩とも再開して町田で飲み会、それぞれの近況報告みたいでしたが、あーーみな年とったかな、自分も定年なったんだしね・・・会場の半分は会員の個展にしていて今年は新倉礼子さん、海外の風景を基本に描いていて毎年フランスに一人でスケッチにいくそうで優雅ですよね・・羨ましいです。焼き物もやっていて趣味広いのです・・しかし個展となると会場大きいので50点近く必要、額借りたり運んだりがほんとに大変です。私は当分無しですね・・今年も孫たちがきましたがすぐに飽きたようです・・


昨日の庭の木たち、花が一斉に咲いてます、桜、桃、梅は花が散ると葉っぱが出てくるがリンゴの木は葉が先で花はまだのようです、道路側の木の芽も膨らんでますが、何の木なのか?、先住のかたから聞いてないのでよくわからない・・・咲いたら調べてみよう・・裏の屋敷林には原木キノコ栽培をと持っていた原木を立てかけました、いろんな伏せ方がありますが合唱伏せにしてみました、祠のところは土手みたいに高くなってるからふきのとうやこごみ植えてみようと思います、来年は自宅で山菜採れるように・・


屋敷神(やしきがみ)と呼ばれる祠、家や土地を守る存在として古くから大切にされている。明確な起源は不明だが、その家の祖先の魂が神格化したものや五穀豊穣を願う農耕神が起源といわれている。各戸屋敷神本家屋敷神一門屋敷神の3ケースがあるとされ集落のすべての家が屋敷神を持つ地域や、特定の旧家だけが屋敷神を祀っている地域、特定の旧家が持つ屋敷神を地域の一族が集まって祀る地域などに分けられますが、この地域は各戸にあるようです、山の神が稲作の開始とともに田に降りて田の神となる春と、稲作が終わり田の神が山に帰っていく秋に祭祀しているのが基本だが省略で秋のみとかもあるようです、この地区では秋の9月に行うと聞きました、日本では古来不吉とされてきた北西を守る意味で北西の方角に祀られている、移住して3ヶ月雪も消え屋敷神周りをようやく掃除した。


今日は貴重なお休み、早朝から折れた枝の後片付け、小屋の整理、そしてそろそろこしあぶらが出るころと思い山菜取りにいく、まだ少し早かったようだがこしあぶらとこごみ、そしてふきのとうを少し・・・こしあぶら、こごみは胡麻和えにそれとこしあぶらのマヨネーズ和え、ふきのとうみそで、今日もらったどぶろくで夕飯の友。マヨネーズで和えたこしあぶら思った以上においしかった!!


先代の住人が植えた山菜が家の裏にある・・何があるかは聞いてなく、出てからの楽しみにしていたが、いつの間にか食べごろに成長、行者ニンニクとうるい、ノビルもあったウコギは雪で横倒しの伸び放題でだいぶ側溝にはみ出ているのでそうとう量カットした、垣根を作らねばと思うがなかなか時間がない、それとなにかわからん山菜何だろうか?隣のおじさんもわからないなと言われた・・


先週1週間東京に行ってるうちに上杉神社の桜は満開になってました、ウコギも一斉に新芽をだしてます・・神社も上杉まつりの飾りつけ、露店も並んでお祭り気分も満開。ついこないだの15日までは伝国の杜前に雪が残っていたのに・・今は花が植えられそこから天元台の白馬の騎士がよく見えました。


先週17日から1週間東京に行って帰ってみると米沢市内は桜が満開、天元台高原スキー場の雪もリフト乗り場や降り場の雪がなくなってました、2番目のシャクナゲリフトの降り場に雪の消えたところからふきのとうが芽を出してました。天元台にも遅い春が来たという感じです、小鳥も元気に鳴いてます・・無料休憩所”ホワイト”前の雪はまだたくさんあります、遠く飯豊山も真っ白です。


上杉神社前バス停から伝国の杜前の雪4月7日から1週間後の14日にわずかに残っていたが15日には完全になくなりました、桜の木の芽もだいぶ膨らんで、花見の準備も進んでます。雪国の春は急ピッチで進みます・・

 


相模原市の油絵サークル『どんぐり』のグループ展、毎年5月連休でしたが今年は連休前の4月18日(火)から4月23日(日)開催、第38回になる、今年は会員15名の力作がそろいます、SMから100号までと・・本格的なものから私みたいにカルーイものもあります、会員の主なメンバーは創立以来のメンバー、グループ展開催だけで38年なんだから皆、いい歳です、町田の版画美術館で開催も定着、田舎に戻って2年目昨年は30号出したけど今年はF4とSMのみ、亡き指導者先生の大型キャンバスがのるイーゼル、奥さんから頂いて一度もつかわないまま実家に置いてました、ようやくアトリエできる家に住んだのだから使わないとね・・来年こそかな・・


今日は休み、天気よければ午前中は天元台スキーしての午後は庭木の手入れと思っていたがあいにくの天気なのでスキーは断念し、庭木手入れに精を出す。雪で折れた木の片づけ、裂けたけど生きてる木は補強して縄で縛ります、元気に復活してくれますようにと数本の木は修理しました、根元で折れた木は残念ながら片づけ、片づけた木の量、結構な量です。4月12日の米沢窪田地区、桜の木の芽も膨らんで、リンゴの木の芽も出てきたようです・・。


天元台高原一昨日はみぞれで視界は50メートル以下、昨日は打って変わって快晴、2番目のしゃくなげリフト上ったとこから朝日、飯豊山、蔵王にとおく鳥海、月山まで見えましたが今日は、強風でロープウエイ運行不可能でお休みになりました・・・春の嵐と雨で市内の雪の残る範囲も日に日に狭くなってます、上杉神社前バス停から伝国の杜、毎日見てる雪は今日もまだ少し残ってました・・・いつなくなるか??


上杉神社バス停から伝国の杜周辺・・3月25日雪降ってうっすら雪化粧、周辺にはまだたくさん雪ありました、4月7日には伝国の杜入り口に雪が残るのみ、9日にはほんの少し、明日か明後日にはなくなるかな・・・神社の桜のつぼみも膨らみ始めました。


4月に入り急激に雪が融け始めているが、天元台はまだまだ雪あります、天上からみる置賜盆地、米坂線の南側となる米沢市の南原、川西町の中郡駅西側は平地でも雪が残るがそれ以外はすっかり雪なし、雪の分布がよくわかります。定点でどう変化するか記録してる・・5月の7日までスキーできるところはそんないないですよね。おととい晴れ、昨日は雨、強風、先週までマイナス気温はプラスに転じている、南風が吹き荒れて天上の空気が変わりました。


日本の南極観測隊の使用車両として知られる大原鉄工所製の雪上車、天元台高原スキー場の白樺リフト下のところにあります、昭和っぽいこの雰囲気好きですね・・銘版みると昭和53年製、もっと古いかと思いましたが・・・国内で初めて開発された雪上車は県の要請で新潟の長岡にある大原鉄工所にで生まれた、当時の知事のより吹雪号と命名、昭和26年のこと、吹雪号と同型の量産型雪上車が「吹雪号SM−5型」昭和27年となってます、この車両はSM20”へき地患者輸送用雪上車”とありますが右から左に書かれている。。いまはこんな記載はありませんね・


定年後故郷に戻り、天元台勤務初めて1ヵ月、リフトの運転、監視業務から初めてスキーパトロールのほうもやらせてもらいました、先輩について朝いちばんに天元台高原駅から湯本駅まで湯野平コースを滑走して確認、すぐにロープウエイで高原駅に戻り営業開始前のリフトで頂上まで行き各コースを確認して報告、無料休憩所の営業準備、大会コース閉鎖やネット張り、撤収、けが人救助搬送のアキヤ(救助そり)訓練もやりました、ロープ操作に、アキヤ操作、初めてでむずかしいです。アキヤはプルークまたは横滑りで足の向きを滑りながら切り替えて直下に振らないで行くのだそうです、コースは傾斜などがあり切り替え時に振られたり、曲がったりと難しかった、覚えることもたくさんあります、指導の先輩メガトンK氏肉襦袢でつつまれ冬でもウエアの下はTシャツ1枚だそうです信じられない、顔みせだめで後姿、くまさんみたいです、指導ありがとうございました。


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