HOME > 歴史探訪

諏訪神社(その2)

  • 諏訪神社(その2)
  • 諏訪神社(その2)
  • 諏訪神社(その2)
  • 諏訪神社(その2)

諏訪神社の例祭 毎年8月26日は商宮律(しゃぎり

屋台の押し車、全国でも形、形式はさまざま。川西町小松地区西、南、北区の三つの地区のしゃぎりが町中を練り歩く、町中は道幅が狭く旧道はクランクが多いので、屋台さばきも見もの、化粧をした小学男子が笛の音と共に太鼓を響かせていく、帰り太鼓はテンポよく奏でる『タンタカタンタンタン、おらどっこい』てな感じで帰っていく。小松地区と中小松は旧村がことなり中小松も虫送りや神送りと同じようにしゃぎりもあったが、今はない。車切とも書かれているが、検索してみると・・1 狂言の囃子(はやし)で、めでたく、にぎやかな気分を表す笛の節。2 民俗芸能で、風流(ふりゅう)の行列などが練っていく途中、笛・太鼓・鉦(かね)などで奏する囃子。3 (「砂切」とも書く)歌舞伎囃子の一。太鼓・大太鼓・能管で一幕(デジタル大辞泉参照)とある、

昔は子供の晴れ舞台で親も子も憧れであるが、兄弟が多くいるとその家だけやるのは出来ず兄弟のなかでひとりだけというのが普通でした、我が実家は男3兄弟で兄だけが上がりました。 しゃぎりの木工人形ためしに作成してみた、屋台はまだだが何れ挑戦してみるつもり・・。

 


 

2016.09.02:li-no:コメント(0):[歴史探訪]

諏訪神社(その3)

  • 諏訪神社(その3)
  • 諏訪神社(その3)

諏訪神社の例祭で毎年8月27日は豊年獅子踊りが奉納される、昭和の記録写真に小松青年学校前で戦後初の昭和21年の獅子踊り写真があったので掲載、今とは衣装がずいぶんと違うようです、まだ川西町となる前の小松町であり、星のようなマークは小松町の記号でしょうか、早乙女の顔も現在とはちがい見えるようになっている、そういえば子供の頃、女人禁止のお祭り、早乙女も男性でスネ毛が見えて気持悪いと思ってました、オマケに顔も出してるのだからなおさらですが、現在は顔隠してるからまだいいと思う、それと女性もOKになり良いですね。小松豊年獅子踊は、平安時代の初めに法輪のかどでこの地に流されてきた法相宗の高僧、徳一上人を慰めるために、この地の里人が踊ったのが始めと伝えられています。その後、江戸時代には豊作の年のみ踊ることが許されことから豊年獅子踊と呼ばれるようになり,827日は諏訪神社例祭で奉納されている、三匹獅子の躍動と牝獅子による火の輪くぐりが見どころ。

因みに青年学校とは、私の父母、昭和一桁生まれ世代のもの、昭和10年(1935)、実業補修学校・青年訓練所を統合し全国市町村に設置された学校。小学校卒業の勤労青年に職業教育・普通教育・軍事教育を行った。昭和14年、満12歳から19歳未満の男子は義務制となり、軍事教育が中心となったものでした、戦後昭和22年に廃止されてます。

 

2016.09.02:li-no:コメント(0):[歴史探訪]

神送り2日目

  • 神送り2日目
  • 神送り2日目
  • 神送り2日目

川西町で小松地区だけに残る、疫病神・人間に災いをもたらす悪霊を追い払う行事『神送り』。2日目、虫送りと同様に、提灯行列つくり、『ヨーーセ、ヨッセ、ヨッセー』と唱えながら地区の境まで送ります。 毎年8月28日は北区、西区、南区の上小松、29日は中小松で行います、その次の日は下小松でも昔はやっていたが今は残っていません、子供主体のこの行事、少子化で人数がめっきり少なくなったようです、残ってほしい神事の一つ。

2016.08.31:li-no:コメント(0):[歴史探訪]

諏訪神社(その1)

  • 諏訪神社(その1)
  • 諏訪神社(その1)
  • 諏訪神社(その1)
  • 諏訪神社(その1)
  • 諏訪神社(その1)

諏訪神社の創建は不詳、当初は出羽国の守護神として諏訪大社(信濃国一ノ宮)の分霊を勧請したのが始まりとされ奈良時代の和銅5年(712)には社殿が造営されたと伝えられています。格式も高く貞観12年(871)に従五位下に列し、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には式内社としては記載されていませんが、当地方を代表する古社として歴代領主にも庇護されてきました。伊達氏により社殿の建立と社領が寄進され羽前国総鎮守として篤く庇護されてきましたが、当時の当主伊達政宗が天正19年(1591)に米沢から岩出山城(宮城県大崎市岩出山)に移封になり、新たな領主となった蒲生氏郷からは社領が認められなかった為に衰微しました。慶長6年(1601)に米沢藩を立藩した上杉家は崇敬社として庇護し社領50石を安堵されています。古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され明治5年(1872)に郷社に列しています。例祭8月26日に『しゃぎり』27日に『小松豊年獅子踊』が行われる。

諏訪神社山門脇には「草木供養塔」「山神塔」「庚申塔」の石塔群がみられる。、昭和56年の正月撮影の山門と現在(2016)と観ると献燈が新しくなり、古い常夜搭、月夜搭が鳥居の後ろに移動している。 多くは『常夜燈』と刻まれ、『月夜燈』と刻まれたものは全国的に見て置賜地方のみに存在している。一説によると「上杉鷹山公は月夜には火を灯さず、月の出ない夜にのみ、照明として使用したのではないか」と言われている。そう置賜には”もったいない”質素、倹約、また自然に対する感謝気持はどこよりも強く、月夜燈や草木塔などにそれが現れている。

2016.08.29:li-no:コメント(0):[歴史探訪]

夏の終わり(神送り)

  • 夏の終わり(神送り)
  • 夏の終わり(神送り)
  • 夏の終わり(神送り)
  • 夏の終わり(神送り)
  • 夏の終わり(神送り)

実家のある川西町小松地区、諏訪神社のお祭りは26日に『しゃぎり』で始まり、27日は『豊年獅子踊り』、そして28日『神送り』で終わる、これが終わると今年も夏が終わったー!としんみりしたものです。 神送り、調べると(一つは陰暦9月30日または10月1日,出雲に旅立つ神を送り出すこと。また,その日の宮参り、2つ目が疫病神を追い払うこととあります。 小松の神送り、虫送りと同じように笛・太鼓にあわせ『ヨーセ、ヨッセ、ヨッセー』と唱えながら西区、南区、北区それぞれ町内を通り、中央の十印屋さんとこの交差点で合流し年毎の順番で村境まで行きお札を指して終了となる、子供が少なくなったとはいえ、3地区集まると長い行列になります。29日は旧隣村の中小松が神送りします。

 

 

2016.08.29:li-no:コメント(0):[歴史探訪]