Atelier Li-no

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昨日は採ってきた山菜を調理、こしあぶらは胡麻和えと味噌汁に天ぷらで・・フキノトウは煮物と天ぷらに・・・そして吾妻竹はサバ缶、ジャガイモ、こしあぶら入れて味噌汁にしていただく、最近仕事が終わり帰宅しての楽しみは調理と晩御飯+晩酌少し・・・やっぱ田舎来てよかった。


先週金曜の休暇は吾妻登山そして登山の帰り道でちょこっと山菜採り、天元台の3番目つがもりリフト1820mここでは”ふきのとう””こしあぶら”が旬、吾妻タケノコはまだ早いようです、2番目しゃくなげリフトでようやく採れたと聞きます、下のしらかばリフトはタケノコが旬、実家や友人におすそ分けできる程度で”こしあぶら”に”ふきのとう”そして”吾妻竹”採ってきました。ロープウエイの麓”湯本駅”そして上の”高原駅”からリフト3本それぞれ数週間ずつ季節感が異なり4月から6月まで順番に山菜採りが楽しめます。


一昨日の休みで吾妻登山して疲れた体に糖分補給、天元台高原アルブの食堂で販売してるソフトクリーム、おいしいよというので休憩ひとやすみ、濃厚でした!見た目よりボリュームがあります。


天元台3番目のリフト北望台から登山口に入ると、ほどなく雪、かもしか展望台から大凹(おおくぼ)ここも”けっつ滑り”ができるくらいの残雪があります、梵天岩の手前で折り返して木道で人形石に向けて登山ここは歩きやすくて気持ちいい・・昨日早朝からの登山、高山植物の写真撮り、コース体験、午後は別の用事があるから人形石から下山開始、9時半でした、北望台リフトのところは徒歩で下山、頼まれたふきのとう、こしあぶらもこの時期でも採れるのです・・2番目、一番目のところはふきのとう、こしあぶらはすでに終わり、細竹の時期2番目は少し早いようです、一番目のリフト下は今が盛りでしょうか、知り合いと実家におすそ分けする分確保するまで山菜取り・・


”三つの鐘を鳴らすと全ての願い事がかなうと言われてます。”と書かれている鐘、一つ目「幸福の鐘」は天元台高原駅(1350m)、二つ目「希望の鐘」は中吾妻展望台(1450m)、三つ目「安全の鐘」は北望台(1820m)”昨日は休みで西吾妻登山へ、とりあえず鳴らしてみた・・願い事はしない・・ま、元気でいられることに感謝のみですが・・「三つの鐘」でネット検索すると出てきたのが『三つの鐘』という歌、谷間を舞台に人の一生を歌ったもの。鐘の数でなく、生まれて、愛して、死んでいく、三つの節目にそれぞれ鳴り響いた鐘という意味。1945年に発表されたエディット・ピアフのシャンソンである。誰もが生まれ死んでいく、乳がんと闘いながらも、34歳の若さで亡くなったフリーアナウンサー小林麻央さんのブログ「KOKORO.」読み入りました「どうぞ安らかに」というしかありません。


ナセBA(よねざわ市民ギャラリー)で6月27日から7月2日自由出品無審査の展覧会アンデパンダン展が開催されます、今年から初参加します。新作ではないのですが・・高畠町の阿久津八幡神社の春の例祭で行われる舞、奈良春日大社の舞と同系のものといわれる「倭舞(やまとまい)」と舞楽殿で行われる「田植舞」の2点を出します。ジャンルも広くどんな作品が集まるのかが楽しみです。


めがね橋の愛称で親しまれている洋風石造のアーチ橋、明治時代になり洋風技術の導入で多く作られたようです、南陽市の烏帽子山にある橋、市指定文化財「吉田橋」や「石造大鳥居」をつくった名石工 吉田善之助の弟子である川合兄弟の作とあります、この橋のちかくにエドヒガン桜の”こうじゅさくら”というのもあります。康寿”こうじゅ”はうちの長男と同じ名前です長男は”やすひさ”と呼びますが・・この橋の名前を知ったのはつい最近なのです・・子と同じ名前とは驚いたものです。


米沢城本丸跡の堀に架かるアーチ式の石橋で、上杉神社の参道として明治19年に作られたもの。江戸時代は米沢城の正面にあたり、木製の太鼓橋が架けられていたとあります。舞鶴橋の名称は米沢城の別称「舞鶴城」に由来するもので、平成10年に国の登録有形文化財に指定されています、明治に入り洋風技術の導入で数多く作られているようです、置賜にある石橋散策してます。


今週初め日曜の18日天元台高原駅からリフト3本乗り継いだ北望台勤務、西吾妻の最短登山口です、ここでもセミが鳴き始めてます、リフト降り場の横にはまだ雪が残っていて、ふきのとうもまだ食べごろというところですがかたや・・セミですからね驚きです、おとといは12度くらいで寒かったが昨日は20度超え暑かった、次の休みが23日いろいろと用事もあるのですが、午前中は西吾妻登ってみようと思います。天気が良ければですが・・景色に高山植物楽しみですね、午後は実家の川西よって用事で長井市そして夕方から米沢で知り合いのバンド演奏聴きに休みはほんとに忙しいのですが毎回休みが待ち遠しい・・


天元台は、もともとあった地名ではなく、この地が開発されるにあたり当時の米沢市長により命名されたとあります。「天元」とは囲碁用語で碁盤の中心のことで、転じて『世界の中心』という意味(中国の自然観のひとつで、万物成育の源)とあり高原駅のところに記載があります、麓の湯元からロープウェー初代1963年(昭和38年)営業開始初年の冬の写真です、シンボルの赤松の木がポツンと見えますネ、貴重な写真です。初代は昭和61年10月で終了、2代目昭和61年11月から平成29年5月7日で終了、現在は3代目平成29年6月3日から営業してます。


高校3年の卒業記念に友人と吾妻ユースに宿泊しました、昭和50年3月のことです、親父の車を借りて行って、友人とは将来の夢を遅くまで語ったことを覚えています、友人は当時ロードショーという映画雑誌が好きでおれは絶対外人と結婚するといっていたような・・・自分はこの人が好きだったとか・・片思いの恋。。あーー懐かしいです、当時ユース会員証に押される各ユースホステルのハンコこれを集めるのも楽しみで一人旅も初めてしたものです、吾妻ユース近くに植物園と温水プールがあってそこにも行ったのですが今はいずれもなくなっています、ユースの会員証は今でも保管してます昭和感たっぷりです・


江戸中期開業で萱屋根が特徴の東屋旅館、中屋旅館、西屋旅館が並ぶ白布温泉、2000年3月25日中屋さんから出火し中屋さんは全焼、その時に並列していた東屋旅館も延焼し、西屋旅館の壁の一部も焼ける大火災がありました、当時全国ニュースで放映され見てびっくりしたものです、翌年夏帰省した折、中屋さんを訪れたときはお風呂と小さな東屋でランチの営業をしていました、現在中屋旅館さんは、別館の不動閣で営業を継続し、元々本館だった場所は中屋旅館駐車場になっています、懐かしのボンネットバスと中屋さんが写る写真です。


吾妻天元台ロープウエイの高原駅を降りてすぐのところに神社がありますが、このところ天気が良い日はいつもサルの群れが来ていて細竹を採って食事してます、そして日向ぼっこして子サルが遊んでます、ここでお客さんが来る時間前までいるようです、細竹は猿さんが良いところを先にとって行きますネ・・たけのことりの人はこのあと来る訳です・・


お昼、吾妻細竹とり、10分程度でしたが一食分ゲット、いままでふきのとう、こしあぶら、わらび、タラの芽と採りました、今日は昼採った細竹で味噌汁・・サバ缶入れてジャガイモと庭で採れたウルイ+ウド入れてたけのこ汁。うま!でした・・


毎日少しずつ仕事行く前か仕事から帰ると20~30分程度草刈りしてます、今朝は家の裏の軒下の草刈りでしたが・・ふと見ると山ウドらしい、4本だけ出ていました、折って匂いかぐと間違いなく山ウド、こんなところに。。先住の方が植えたんだと思います、場所が半端だから、先月中津川のそば師匠のとこからもらった山ウドの横に移植、掘ったら根が随分と広がってるのでたぶん何回か桑で草刈ってるので切ってしまったんだと思います、また出てくるのかも・それと先月作った肥塚に植えてもいないジャガイモがたくさん出てきてますどっから混ざったのかわからない??


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