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 株式会社ジョインセレモニー パレスグランデール
 常務取締役 武田 靖子 さん
 

 山形県では、女性の活躍や男性の家事・育児への参画促進など、男女が共に仕事と子育てを両立できるよう平成27年12月10日に「やまがた企業イクボス同盟」を設立し相互に連携しながら、ワーク・ライフ・バランスの普及拡大を進めていく取組みを始めました。
 この度紹介させていただく、株式会社ジョインセレモニーパレスグランデール(以下、「パレスグランデール」という。)は、「やまがた企業イクボス同盟」に加盟しているだけでなく、全国規模で展開しているNPO法人ファザーリングジャパンの「イクボス中小企業同盟」に山形県の企業で唯一加盟しています(平成28年2月1日現在)。常務取締役としてイクメン・イクボスの普及に取り組まれる武田さんにお話を伺いました。

パレスグランデール常務取締役 武田 靖子 さん

【お仕事の内容について】

■武田さまのお仕事内容について教えてください。
 パレスグランデールの中では主に営業と衣装を管轄しておりますが、営業に直結したマーケティング、企画、商品開発、広報と人材育成なども行っております。

 

■具体的に人材育成としてどのようなことをされていますか。
 研修への参加や社内委員会活動を通して横断的なチームを形成し、全体のサービス向上や館内美観の環境整備、イベントの企画などをしています。イベントは営業のみ、ウエディングは専任のプランナーのみ、と縦割りに関わるのではなく、厨房のスタッフや、総務など様々なスタッフが混じり合って活動しています。
 担当する業務や勤務年数も違うスタッフが集まり、横断的なチームの中でそれぞれが役割を持ちます。また、会議の運営には必ずアイディアを持ち寄り発言します。その活動を行うことで、社員の主体的に働く姿勢を育ててきたつもりです。
 委員会の中では、リーダー、サブリーダー、委員長、副委員長など年齢や男女問わず役割があり、取りまとめや指示を出す立場にもなるので、言われたことをやるだけではなく、自分から企画を仕掛けるなど、課題を発見して実行する必要があります。
 その中からリーダーに相応しいスタッフが徐々に2名、3名と育ってきて、そしてそのようなスタッフが複数名になるとロールモデルになり、管理職候補になっていきます。その中から「私がこの会社の女性社員のロールモデルになります」と明確に宣言したスタッフも出てきています。

 

■ワーク・ライフ・バランス推進への取組みとしてどのようなことをされていますか。
 スタッフが結婚や出産など、様々なライフステージで働き方を変える必要がある段階で「働き方をどうしていくか」を話し合う場を設けました。ポジティブアクションということで、社内でチームを作り話し合いましたが、私たちの業務は土日の勤務や、シフト制で勤務時間が夜遅くなることがあり、子育てをしながら働くには働きにくい環境というのが現状です。そして「土日も子どもを預けられる所がないと働き続けられない」という声もあり、その点が重要と考え、事業所内に託児所を作ったという経緯があります。
 また、「制度はあるけど風土がないと意味がない」とよく言われています。そこで、スタッフの理解を促すために、私なりに女性の活躍推進やワーク・ライフ・バランスがなぜ必要なのかを世の中の背景から話をします。「今はこういう時代だから、自分たちだけではなく、社会の流れ、時代の要請として考えなくてはいけない」と全社員の前で話します。
 全スタッフに話をすることで、「ワーク・ライフ・バランスを充実させることは当たり前」という認識を持ち、スタッフそれぞれが違ったバランスで、負荷やストレスがかかっていることを理解し、それぞれの背景として考慮することが大事なことだと社内全体で共有しています。

 企業文化や理念はすぐに作れるものではなく、日頃から仕事に関する考え方や個々の生活の考え方を育てることで、会社に良い風土ができ、一人の社員のワーク・ライフ・バランスを支える時にスタッフ全員が同じベクトルを向くことができます。

 

  事業所内託児所     事業所内託児所  
  【事業所内保育所 すこやか保育園】  

 

■貴社では結婚、出産を機にスタッフが仕事を辞めるというケースは少ないのでしょうか。
 ほとんどなく育児休暇も100%取得しています。当たり前に育児休暇を取って復帰しますので、育児休暇中のスタッフの業務は職務分掌をしっかりした上で、役割を補いながらカバーしています。
 併せて、スタッフ自身の結婚や出産が控えるタイミングで、その部署の人員に少し余裕を持たせるなど、制度として決めるよりはその時のケースに合わせ試行錯誤しながら柔軟に対応してきました。

 

■スタッフの結婚や出産のタイミングを図るには、日頃から密にコミュニケーションをとる必要があると思いますが、どのようにされていますか。
 日頃からの声かけを大事にしています。ただ、プライバシーとプライベートは違いますので、プライバシーには触れずに、プライベートをある程度共有し、ワーク・ライフ・バランスのライフの部分を考慮しながら、ライフイベントが起きる前の段階で対応していくようにしています。
 とても優秀な女性スタッフから「県外での家族の看病のために半年から1年ほど休職をしたい」との話があった時には「とても大事な人材」と事情を含め理解しみんなで応援していました。そのようにプライベートで抱える事情も含めてみんなで支え合っていますね。

 

【イクメン、イクボスについて】

■イクメンへの応援について教えてください。
 以前、『やまがたイクメン応援サイト』への記事の依頼があり、子育て中の若いスタッフに書いてもらったところ、家庭内ではみんながイクメンとして活躍していることを知り本当に驚きました。
 弊社では社内結婚が多く、共働きしているスタッフが多くいます。そのため、夫婦で支え合う必要性が社内で浸透しており、例えば、お母さんが土日に働いている時は休みのお父さんが子どもの面倒をみるといったように、役割分担を明確に決めるのではなく、その時にやれる人が当たり前に子育てなどをやっています。そのような例は多くあり「山形にも実はたくさんのイクメンがいる」ということを皆さんに知ってほしいと思いました。
 「夫婦は一緒に手を取り合い、家族を支え合う」というのはもちろんですが、夫は「自分ごととして家庭を支えていくこと」がこれからの男らしさではと捉えて応援しています。

 

■イクボスについてはどうでしょうか。
 当社は組織図が逆三角形になっています。お客様が一番上の階層で、次の階層が現場、その下の階層がそれを支えている先輩、上司となっています。現場で働くスタッフのフォローは先輩の仕事であり、下から支えています。逆三角形の一番下の階層は社長となっています。あるべき姿は部下を支え応援する上司です。
 また、全体朝礼では新人のスタッフが前で上司が後ろに並びます。後ろから新人を見守れるようになど、少しの工夫でそのような見方や考え方が出来るようにし、イクボスにもつながるように意識しています。

 私は県の教育委員もしていますが、これから必要なのは地域とともにある学校づくりです。人口が減り地域の支えが少なくなる中、一部の熱心な保護者や教育に関心の高い人だけで学校を支えるのではなく、出来るだけ多くの保護者、特にお父さん方の支えも非常に大事という事が見えてきています。そうした一面からも『ワーク・ライフ・ソーシャル』という社会的な自分の立ち位置が求められ、それを企業として支える必要からもイクボスはとても大事な取組みと思っております。

 

■NPO法人ファザーリング・ジャパンの「イクボス中小企業同盟」にも加入されていますが、どのような活動をされているのでしょうか。
 本気でスタッフの幸せを考え業績も上げているエクセレントカンパニーなど、色々な企業の取組み方などの情報交流が盛んで非常に参考になります。
 大企業は最初に制度を作る必要がありますが、中小企業は人に合わせての制度作りが必要で様々な業種に合わせた取組み方でいいと思っています。

 

■「イクボス中小企業同盟」でどのような取組みが紹介されましたか。
 例えば、おやつタイムでコミュニケーションを図ったり、一旦、席を離れてみんなで世間話をする時間を設けそこで家族の話をしたり、朝礼時の1分間スピーチで仕事のことだけではなく自分の今を話すなど、社員自身の考えや状況を共有し合いながら、お互い話やすい風土を作る取組みをしている企業などもあります。
 他には、なるべく効率的な働き方をするために、朝に一日のスケジュールを15分単位に決め、出来るだけその通りに働く取組みです。そして仕事の能率向上や定時に帰る取組みをしている企業などもあり、弊社で取り入れられそうなことや、ユニークな取組みを聞くことで、頭が柔らかくなり楽しく勉強をさせていただいています。

 先日は連合山形でイクボスの話をさせていただいく機会があり、「イクボス中小企業同盟」で学んだ色々な取組みを話すと皆さん驚かれていました。時代が変化してきている中で、昔から長時間働くことで日本の経済を支えてきた方々の考えはもちろん尊重すべきですが、柔軟に、例えば自分の娘さんやお孫さんの時代、少子高齢化社会での働きがいや生きがいはどうあるべきかという見方で考えて欲しいと話をしています。

 

■「やまがた企業イクボス同盟」も設立されましたが山形県での「イクボス」の浸透についてどうお考えでしょうか。
 「やまがた企業イクボス同盟」への参加企業が100社以上と、他県には非常にインパクトがあったようです。
 他の県では「うちはまだ無理」と企業に跳ね返され相手にしてもらえないところもある中で、山形県は先進事例になっていると思います。私も何社か声をかけましたが、最初のころは「うちは全然イクボスが浸透していないです」などの反応もありました。「やまがた企業イクボス同盟」への参加が大事なきっかけであることを共感してもらい、まずは一歩でも二歩でも一緒に取り組んでいきましょうと話してきました。

 最近、子どもを山形で育てたいとUターンで戻って来た方が、事業所内保育所があるという理由により当社で働いています。その方は、ブライダル大手での経験があり、即戦力となっているので非常にありがたいことです。
 このように、働きやすい、子育てがしやすいことも企業選びのポイントになってくる可能性があります。特に今は高校生が学校で「女性活躍推進やワーク・ライフ・バランスなどが当たり前になっている社会になるべき」と学んでいますので、より長く働き続けられる、子育てがしやすいという視点で企業を選ぶ女子学生が多くなっています。その点では世代間のギャップが感じられますので、イクボス同盟の活動を通じて現在の管理職の方には気が付いて欲しいという思いもあります。

 

【技能五輪全国大会への参加について】

■昨年12月に開催された「第53回技能五輪全国大会」の「西洋料理職種」で、堀川茜さんが銀賞を獲得しましたが、技能五輪への出場も支援されているのでしょうか。
 私はスタッフに積極的にどんどん出場してほしいと思っています。
 弊社の総料理長は、厚生労働省の「現代の名工」にも選ばれており、その総料理長の考え方もあると思いますが、業界の中のポジションを意識していると思います。色々な所に出て、世の中を広く見渡し、社内だけで頑張るのではなく、料理業界の中で選手自身が自分のポジションはどういったものかを考えていかなくてはいけないと思います。
 そのような中で茜さんの銀賞獲得はとても喜ばしいことで、結果を出してくれたことは周りに良い波及効果を与えてくれたと思っています。銀賞受賞報告の際に茜さんが「みんなに支えてもらってこの賞があります」と自分だけの力ではなくみんなの支えがあってと言ってくれたことは、みんなで獲得した賞という感じがして嬉しかったですね。

 

西洋料理 堀川茜選手
【西洋料理職種で銀賞を獲得した堀川茜さん】

 

 また、「あなたはプロなの?アマチュアなの?セミプロなの?」という言葉をスタッフによく投げかけます。自信を持って「プロ」と言える肩書きを持ちながらの仕事を目指してもらいたいという思いで言っています。プロフェッショナルとして自分の能力を磨いていくことは、モチベーションが高くないと出来ないことですので、その高いモチベーションを持ちながら、お互い切磋琢磨出来る風土が大事だと思います。

 以前、私が東京のホテルで仕事していた時、素晴らしい上司に恵まれました。その経験から「良い上司に恵まれない部下ほど不幸なものはない」「良い上司、先輩が背中を見せていかなければいけない」と社員に言ってきたことで、少しずつそのように考えるようになった結果、自分の能力を磨く風土が根付いてきたのかもしれません。

 

■スタッフのみなさんが向上心を持って自己研鑽に取組まれているのですね。
 スキルアップのために特別に制度を作ることではなく、自分がこうありたいという目標をスタッフがいかに持てるかです。「何のために働きますか?」とスタッフに良く聞きます。それぞれが自分の言葉で語ることができるようになると「あっ、この子は大丈夫」と思います。「こんなことを表現出来るようになったんだ」「いや、これは敵わない」と思うスタッフもいるくらいです。
 そのひとつに、年に一回、結婚式のプレゼンテーションのコンテストを行っています。自分の仕事を言葉で語り共有する場です。これは、全国で日本一のグランプリを取ったプランナーや、全国レベルで評価が高いスタッフがいることで、大会に出場していない他のスタッフから「自分も負けてないのに、その場にいれたかもしれないのに悔しい」という声により自主的にコンテストが始まりました。切磋琢磨する環境が整えられ良い循環をしていると思います。今では、県外から見学に来る方もいらっしゃいます。

 ブライダルは文化です。儀式、マナー、料理、サービス、ビバレッジ等それぞれの文化を尊重し、食文化を山形の皆さんに知っていただく場や、機会を提供することも仕事のひとつとしてスタッフのみんなは頑張っていると思います。

 

【武田さんご自身について】

■武田さんご自身、ワーク・ライフ・バランスを充実させるためにどのような取組みをしているか教えて下さい。
 公私ともにバタバタと忙しくしていますが、年上の方には「忙しいけど子育ても楽しく充実し、賑やかで今がとても良い時期なんだよ」とよく言われます。大変なこともありますが、仕事でへこんでも子育てやプライベートで支えられています。

 私は昔から三本柱として「仕事」、「家庭」、「自分」ということを意識しています。イクメンの応援は仕事と絡んでいるように見えても実は自分軸で、自分が学んで社会で役に立つことが出来ないかと楽しくやっている部分になります。
 他には、月に一回、お茶の稽古をしていますが、お茶は学べば学ぶほど奥が深い世界です。60歳、70歳になってからも楽しめるので、この先に時間が出てきた時のために少しずつ続けていこうと思っています。
 家庭では、食器が好きなので、好きな器に料理を盛り付けることで食卓が豊かになったような感じを楽しんだり、子どもと一緒にお菓子を作ったりしています。下の子どもは去年からスキー始めましたが、スキーは私の趣味でもあるので、息抜きを含め子どもと一緒に楽しんでいます。
 仕事においては、頑張れば頑張るほどいろんな人に会うことができ、そのつながりで化学反応が起きることがあります。偶然と必然が面白いと感じます。

 

インタビュー中の武田さん 
【インタビュー中の武田さん】

 

■貴社においてさらにワーク・ライフ・バランスを充実させるための取組みや武田さんご自身の今後の目標を教えて下さい。
 今後、ワーク・ライフ・バランスを充実させていく中で難しいこととしてはスタッフの土日出勤への対応です。
 スポーツ少年団が忙しく、仕事との両立が難しいと辞めてしまったスタッフがいましたが、両立が難しいのは保育所が必要な子どもが小さい時期だけではなく、子どもが本気でやりたい事に対して親が支える時期にもまた別の問題があることに気が付きました。
 しかし、この業界では土日を完全に休むことは厳しいことですので、100%柔軟に合わせることは難しいと感じています。そのため、ケースに合わせて臨機応変に対応し、前例を重ねていくことが必要と思っています。
 先日は県若者支援・男女共同参画課のイクボス研修に参加したスタッフが非常に刺激を受けて帰ってきたようで、現場で考えながら自主的に取組みたいと言ってくれています。そのようにいろんな所に飛び火して全員で考えていけるようにしたいですね。
 そして、「子育てするなら山形県」といわれているように子どもを大切にしている地域であることを全国にアピールすると共に、親である社員を抱えている企業も責任があるという認識を持って、一つの企業だけではなく社会づくりとして山形県全体で取組んでいくことで山形県はもっと素晴らしい県になるのではと思っています。

 

 

「やまがた企業イクボス同盟」についてのURLはこちら
  
http://www.pref.yamagata.jp/ou/kosodatesuishin/010001/iku-boss-doumei/

「やまがたイクメン応援サイト」のURLはこちら
  
http://ymsc-ikumen.net/

「やまがた技能五輪・アビリンピック2016」公式HPのURLはこちら
  
http://yamagata-wazaou.jp/

 


 

パレスグランデール

株式会社ジョインセレモニー
パレスグランデール 
〒990-2432
山形市荒楯町1丁目17-40
TEL:023-633-3313 
FAX:023-633-3159
http://www.palace-net.co.jp/palace/

 


2016.02.01::[メモ/今月のひと]
株式会社東北日立 今さん  

県立職業能力開発施設卒業生
株式会社東北日立
山形本部 工事管理グループ
今 美樹さん
 

 県では、4つの県立職業能力開発施設(産業技術短期大学校山形校・庄内校、山形職業能力開発専門校、庄内職業能力開発センター)を設置し、日々、学生さんたちがものづくりの技術等を学んでいます。
 平成24年度に産業技術短期大学校山形校(以下、「産技短」という。)建築環境システム科を卒業された今さんは、学生時代に技能五輪全国大会に出場するだけではなく、山形市長賞を受賞されるなど優秀な成績を修められました。この度は、学生時代の思い出や現在のお仕事などの話を伺いました。

 【お仕事の内容について】

■今さんのお仕事の内容について教えて下さい。
 
主に業務用の空調設備の設計と現場の管理をしています。
 空調設備設計はエアコンなどを新規に設置する、または移設をする時に、空調の熱負荷やランニングコストを計算し、お客様にご提案するための設計図面を作成します。この設計図面は営業をする際のサポートとなります。
 工事をする段階になったら、現場で作業の指示などをするため直接立ち会い、完成するまでの工程管理をします。

 

■空調設備設計について詳しく教えてください。
 
建物がある地域や場所、日当たり、窓の大きさ、部屋の大きさ、人、機械、パソコンからの発熱など、容積に対しての熱負荷を計算し、人数や部屋の用途に合わせて空調設備の機器を決めます。その機器の設置場所と配管を設計しますが、積雪の多い地域では室外機の高さや専用の屋根などが必要な場合も出てきます。
 また、改修やエアコン機器の移設などの場合には、既存の機器を使用した場合と新たに設置した場合の比較が必要になりますので、ランニングコストを計算し何通りもの案を作成してお客様へ提案をします。

 

■設計だけではなく実際に現場にも行かれるようですが、現場ではどのようなお仕事をされるのでしょうか。
 施行作業はしませんが、打ち合わせや立ち会いで現場に行きます。高い所での作業がある場合は作業をする業者の方が転落しないように足場の確認をしたり、ヘルメットの着用、下を通る人の誘導など事故がないように現場で直接確認・指示をします。

 

現場でお仕事中の今さん
【現場でお仕事中の今さん】

 

■仕事をする上でどのようなことを心がけていますか。
 
お客さまからのご希望を第一に考え、簡潔にわかりやすく伝えることを常に意識しています。設計図面も平面図以外に、横から見た図や写真を添えるなどしてお客さまがイメージしやすいようにご提案するようにしています。
 初めは部品や部材、専門用語などもわからないことが多く、現場で先輩にその作業の意味ややり方などをひとつずつ教えてもらい覚えました。作業をする業者の方にも、わからないことはその場で聞いたり相談したりするなど、色々な方に頼りながらでまだまだ勉強中です。しかし、教えてもらったことはメモを取ったり、写真を残したりと今後に活かせるようにしています。
 現場では、年上の方や業者の方に言いづらい時もありますが、事故が起きてからでは遅いので、しっかりと伝えることは伝えています。

 

■今さんは入社して3年目ということですが、仕事での難しさややりがいを教えて下さい。
 
お客さまによっては改装工事などで、土日の作業になる場合もあります。決められた時間内で作業を完了することが必要ですので、段取り良くお客様にも作業の業者の方にも迷惑がかからないように、工程管理の面が難しいです。
 最近ではおしゃれな建物や窓が大きい建物、円形の建物、天井の高い建物なども多くあります。窓が大きければ光がたくさん入り、ブラインドを閉めても暑く熱負荷が大きくなり、大きいエアコンが必要になることもあります。しかし、お客様はなるべく生活感あるエアコンなどを見せずに上手く隠したい、コストをかけたくないなどの要望をお持ちのことがありますので、費用の面と併せて設計をする必要があります。
 最初に一人でお客さまの所で説明をした時には手が震えましたが、事故もなく工程通りに無事にお客様にお引き渡しが出来た時には良かったとやりがいを感じます。

 

仕事中の今さん 仕事中の今さん
【設計室でお仕事中の今さん】

 

【今さんご自身について】

■今の仕事を目指したきっかけを教えて下さい。
 
明確な目標もなく工業高校の環境システム科に入学しましたが、工業系の勉強をしてみると楽しく、勉強の仕方などもわかってきたことから成績が伸び始めました。そして、高校卒業後の進路を決める時も、高校の先生から設備に向いていると勧めてもらったこともあり、引き続き設備や建設の勉強が出来る産技短に入り、今まで学んできたことが活かせる仕事をしたいと思い今の仕事に就きました。

 

■勉強が楽しくなったのはいつごろからですか。
 
高校に入学した間もない時期で、中学ではない工業系の科目が入ってきて、自分なりに勉強してみようと取り組んだところ、理解することが楽しくなり、「そこからこうすれば出来るんだ」とノートのまとめ方も変わってきました。一般的な科目よりも工業系の科目の成績が良かったことで自信が出てきたこともあります。

 

■女性で空調設計の仕事をしている方は少ないのではないでしょうか。そのような中この仕事に就くことへの抵抗はなかったのでしょうか。
 高校でも産技短でも女性の同級生はいましたし、先輩でも設備の設計や、現場に行っている人もいるので女性は少ないかもしれませんが抵抗はなかったですね。

 

■資格もお持ちのようですが、今後の資格試験と仕事と勉強の両立について教えて下さい。
 
今は2級管工事の取得を目指していて、大学の時に学科の方は取得しましたが、実地試験を受験するのは2年以上の実務経験が必要になるので3年目の今年に受験をします。実地試験の内容は、現場管理の仕事で必要な、現場での危険箇所や危機を回避するための考えを簡潔にまとめ作文にする試験です。
 仕事をしながらの勉強は、家や朝早く来て会社で勉強する時もあります。勉強の方法としては、わからない用語や部材をわからないままにせず調べることを徹底し、過去の問題を繰り返し解いています。試験問題の中には現場で目にする部材があり、実際に現場に立ち会って仕事をしている経験が役に立っていると思います。

 

インタビュー中の今さん
【インタビュー中の今さん】

 

【山形県立産業技術短期大学校について】

■学校の雰囲気や設備はどうでしたか。
 
クラスではわからないことを教え合うなど和気あいあいとした雰囲気でした。パソコン室で友達とお喋りをしたり、2年生になるとゼミの先生も交えて、サプライズの誕生月会をしたりと楽しく過ごしました。中には県外に就職した人もいますが、ゴールデンウィークやお盆に集まったり、時々先生に会いに行ったりもしています。
 学校の設備についてですが、卒業時の実習で、実際にある設備に自分たちで設計し配管をすることが出来ます。そういった面では産技短の設備はとても充実しているので、専門の業種を目指す人にとってはありがたい学校だと思います。

 

■在学中に「山形市長賞」を受賞されたと伺いました。どのように勉強に取り組んでいましたか。
 
授業が多く、授業の進むペースも早いので授業中に覚えられることが限られていました。でもその授業量のおかげかもしれませんが、教科書やテキストのどこに何が書いてあるか、ノートの取り方、まとめ方、テキストの使い方、用語の説明の場所など、効率の良い方法を自分なりに考えながら勉強することが出来たと思います。それが今の資格の勉強にもつながっているように思います。

 

■文化祭の実行委員もされたとのことですが、その時の思い出についてお聞かせください。
 
当日に実行委員のひとりが不在だったこともあり、本当に大変だったという思い出が残っています。さらに、仮装コンテストのメンバーが集まらなかったり、パンフレットの作成がうまくいかなかったりもしました。時には、夜遅くまでの作業もありましたが、先生方の協力もいただき最終的に成功することが出来たと思います。

 

■在学中に「配管職種」で出場した技能五輪全国大会について教えて下さい。
 
出場のきっかけは先生からの勧めで滅多にない機会と思いチャレンジしました。
 その時の開催地は長野で、会場の雰囲気がとても盛り上がっていて、観客やカメラマンの数も多く、配管職種で女性が珍しいということもあり、多くの方が作業を見に来ました。普段人から見られて作業することがなく、そのような環境に慣れていなかったのでその点が一番緊張しました。

 

■これから技能五輪大会に出場する方へのアドバイスはありますか。
 
限られた時間での練習になると思いますが、精度はもちろん、時間内に完成することを考え、いかに早く要領良く完成出来るかを練習中に見出すことが大切だと思います。
 他には、大会会場では休憩時間に他の選手の作業の進み具合や、工具の配置によっても作業の効率が変わってくるので工具の配置などを観察し参考にすることも出来ると思います。

 

■大会自体も学ぶ場所になっているんですね。大会出場の経験は今の仕事に活かされていますか。
 
自分の作業の方法や同じ県の選手の方法しか知らない中、大会に出場することで、実際に働いている人や他の県の人はどのように作業しているのかなど、作業の進め方や工具の配置なども勉強になりました。
 他には、大会の3か月ほど前から授業が終わったあとに練習をしていましたが、給水配管で使用する配管を覚えることが出来、練習したことが少しずつ積み重なり今の仕事に活きていると思います。

 

■後輩にメッセージをお願いします。
 
まずは、学校でも宿題やレポートなどは期日までに提出するなど、やるべきことはしっかりとやることが大切だと思います。そして、仕事を始めてからでは勉強をする時間がどうしても限られてきます。必要がなかったという資格はないと思うので、取れる資格があれば積極的にチャレンジした方が良いと思います。高校の時にも取っておけば良かったと後悔していることもあるので、資格はどんどん取って、自分の強さにして欲しいと思います。

 

■最後にこれからの目標を教えて下さい。
 
同じ失敗を繰り返さないようにし、現場で判断が必要な時にすぐに判断出来るように勉強し頼られる人になりたいと思います。それには日々、勉強が必要で、先輩からよく学び会社にも貢献出来ればと思います。

 


 

株式会社東北日立

株式会社東北日立
山形本部/山形支店 
〒990-0071
山形市流通センター三丁目9番地の2
TEL:023-633-3515 
FAX:023-633-3549
http://www.hitachi-hansya.jp/touhoku-hitachi/


2015.12.01::[メモ/今月のひと]
 
蓬仙園 島崎施設長  

【福祉の仕事シリーズ】
社会福祉法人 偕寿会
特別養護老人ホーム 蓬仙園

施設長 島崎みつ子さん

  社会福祉法人偕寿会特別養護老人ホーム蓬仙園(以下、「蓬仙園」という。)では、介護職員の離職率が大変低く、多くの方が長く勤務しています。そのような蓬仙園の施設長として、職員の方のために働きやすい環境を整えつつ人材育成を行い、よりよい介護を提供するため働かれている島崎さんにお話しを伺いました。

 

【お仕事の内容について】

■施設長としての島崎さんのお仕事の内容について教えて下さい。
 蓬仙園は開所してから33年目で、私が施設長になってから10年になります。定年まであと1年半なので、現在は主に人材育成を意識して行っています。
 指示を出さなくても、自分たちで考えて動けるように、悩みや疑問を持った時にどのように解決していくかを意識して職員に伝えています。そして、各ポジションで独立してやっていけるようにと、ここ何年かはそのような考えで人材育成をしており、かたちになるまでもう少しのところです。

 

■具体的に人材育成としてどのようなことをされていますか。
 例えば、よく施設の職員は車椅子を2台一緒に引いたりすることがあります。果たしてそれは本当に効率的なのかどうかを職員に問いかけます。「私たちは忙しいから」などと言いますが、そうではなく、2台一緒に引く時と1台で引く時はどれくらいの時間がかかるかを意識してもらいます。また2台で引く場合と1台で引く場合のリスクはどうなっているかも考えさせます。そうすると職員がたくさんいる日中は1台ずつの方が早く安全に移動ができるということに気づきます。このように「気づき」に結びつくような課題を与えます。
 突然考えることを与えるので職員は大変だと思います。しかし、時々そうした宿題を出すことで、私からの指示ではなく自分たちの「気づき」で動けるように職員を育てたいと思います。

 

■どのような研修や勉強会をされていますか。
 今年は、『介護力向上』というテーマの勉強会を行っています。これは職員から自主的に出てきた勉強会です。
 内容としては、利用者の方が自分の力でしっかり水分をとり、ご飯を食べ、歩行をし、排泄はトイレで利用者ができるように職員の介護力を向上させる研修です。外部の研修に3年ほど出席していましたが、今年はその研修には出席せずに、これまで研修に出席した職員を中心に、他の職員に教えるということを職員自ら提案し開催しました。
 研修で使う本を全員が購入し、次回の勉強会までこのページを読んでくるように宿題を出したり、質問やテストも行ったりしています。教える側も習う側も強制の参加ではないので、学ぶことも多いと思いますし、勉強会には事務を含めいつも多くの職員が参加して、みんなで一生懸命勉強していますね。
 他には『研究発表会』を行っています。私が栄養士で研修指導者となった時から初めた研修会で24年になります。全職員が対象で「今年の研究発表は何にしようか」と年度当初から全員が考えています。理事長賞や最優秀賞、優秀賞などの他にも、発表した職員にも賞があるようになど楽しみながら継続しています。
 研究の内容もそうですが、発表でパワーポイントを使用するなどみんな工夫しているのがわかります。今年の発表では、利用者の方の写真が出て「この方の笑顔のため!」などと言われたらみんな「ホロッ」となってしまう場面もありました。

 

 

介護力向上研修
施設内   施設内
【介護力向上研修の掲示と施設内の様子】

 

■新入職員の指導はどのようなものがありますか。
 新入職員には1年間、経験が3年〜5年の先輩職員を指導担当にして、夜勤などもその職員から習うようにしています。そうすることで、本人はもちろんのこと指導を担当する先輩の成長も期待できますね。
 『振り返りの会』というのもあり、皆で困っている点、到達していない点などを話したり相談したりします。また、1年間『振り返りノート』というものにわからないことや反省を書きます。そのノートは私のところまで来る前に、所属の先輩や上司に必ずコメントを書くようにさせています。「判子を押すだけなんてとんでもない」と言って実施し1年間継続した指導を心がけています。

 

■介護職員の離職の状況や待遇について教えて下さい。
 蓬仙園では介護職員として20年以上勤めている人が26%で、10年以上では5割ほどいます。開所当時からの職員で私の同期になりますが32年勤務している人が8人います。職員の年齢はバラバラですが平均年齢は39.8歳で長く勤める人が多い傾向ですね。
 待遇についてですが、経験の少ない職員にとっては一般の業種と比べて労働対価とすれば安いと思っています。でも、その時期を頑張って乗り越えて、この仕事を天職だと思って長く勤めれば決して悪くない待遇になっていると思います。

 

■どのようにして長く働き続けられる環境を整えていますか。
 育児休業を取りやすい環境にしています。そのため、ほとんどの職員が1年間の育児休業を取ります。まわりの職員には、育児休業を取得した職員が嫌な思いをして辞めてしまうことのないように、協力するように伝えています。
 また、育児休業から復帰した後も子育ては大変ですので、子どもを預けている保育園から呼び出しが来ても、遠慮せずに帰ってもらうようにしています。それは、その人たちが気兼ねなく子育てできるよう環境を提供することをひとつの目的としていますが、これから結婚する人たちも、出産して子どもが出来た時に、周りの人からどういうふうにしてもらえるか想像することができると思うからです。
 子どもがいることで働きにくくなると思わないように、職場の協力が必要ですので、周りの職員には決して嫌な顏はしないようにと話しています。
 実際に子どもさんが一人いるお母さんが就職して入って来たその月に、子どもの具合が悪く、ほとんど働けなかったことがあります。保育園に入所した年というのは、どうしても子どもも家族も色々な病気をもらうことがあり、休まなくてはいけないことも多くなるんですね。でも、まわりの職員には「絶対に苦情は言わないこと」と言っていましたし、彼女も頑張って働き続けてきました。今も本当に一生懸命働いていて、とてもいい人材に育っています。
 本当は病児保育所などがあったら良いと思います。それで市の人口も増えるかもしれない。そんな事を発言することもありますね。

 

■職員が相談する機会などはあるのでしょうか。
 毎年、来年の就業をどうするか全員に調査をする時に併せて相談を受けています。このまま働くのか、辞める予定があるかなど様々聞きますが、毎年何人か辞めたいと言う職員はいます。きちんとした理由があれば私は止めませんが、曖昧な理由の場合は話合いをします。怒る時もあります。感情的には駄目ですけど、怒らないといけない時もあると思います。
 ここで働き続けて欲しいと思っていますが、その人にとってここが一番いい職場ではないかもしれません。例えば、実家に入って子育てが出来てここよりも働きやすいなどの状況であればそれが本人にとっては良い職場かもしれませんので、なにがなんでも引き止めるとは思っていませんし、色々なところの空気を吸ってみればいいと思います。
 後は「何かあったら必ず相談に来なさい」とは常に話しています。そして、相談に来た職員は泣いたりすることもありますが、話して、泣いて、吐き出した後には翌日からすっきりした様子で働いています。後でフォローしてもらうこともあるので、相談の際は必ずその部署の上司に同席してもらうようにしています。

 

■非正規職員が正職員になる制度はありますか。
 介護職は月給制の準職員で入ってから1年以上の勤務と介護福祉士を持っている条件で、正職員の任用替え試験をしています。でも正職員になるためには一般教養試験と委嘱した職員の評価が必要です。正職員になるための試験に落ちた職員が「辞めます」と言うのではと初めは心配していましたが、試験の結果が悪かったから辞めると言う人は一人もいなかったのでその心配もいらなかったようです。
 試験の結果を伝える時には一人ずつ手渡しをして、評価での足りない点を伝え、なぜそのような評価になったのかを考えるように話します。

 

■資格を取得している職員が多いようですが、資格取得のサポートもされているのでしょうか。
 資格の取得にもみんなが意欲的ですし、頑張って試験を受けることはとても良い事だと思いますので、資格のための講習などは仕事の中で行って良いと言っています。今年はケアマネージャーを受験する者が11名、主任ケアマネージャーが1名、認知症実習者研修が2名、介護福祉士を受けるのも1名、社会福祉士が4名など多くの職員が受験のために準備をしています。
 来年からは介護支援専門員の受講内容や費用が変わることもあり「今年は狙い時だよ」と言ったら11人も受けるようです。「みんな受かったら講習に行くことになるので仕事になりません」と言うので「もし人が足りなくなったら、私がどこでも入るから、受かってから言って」などと笑い話にしています。

 

■職員の交流や施設でのイベントなどはありますか。
 職員のための親睦会はありますが恒例となっているのは夏まつりです。開所当時から続けていますので、今年は33回目になりました。利用者の家族も参加するので、500人位の規模で、花火も打ち上げられてとても賑やかです。今年は景品にオリジナルのワインを作ったりして楽しんでいます。夏まつりなどは止めてしまう施設もあるようですが、これからも続けるつもりです。
 そして、新入職員が最初に覚えるのが『よさこい』の踊り方です。夏まつりで踊るので、早い時期から先輩が教えて全員で練習に入るころには踊れるようになっています。職員全員で踊るので一体感がありますね。そんなところでも親睦が深まっているのかもしれません。

 

夏まつりのワイン
【蓬仙園のオリジナルワイン】

 

■先ほどからお話しを伺っていると、独創的な企画などをされていますが、どのような時にアイデアが浮かぶのでしょうか。
 私はプレーイングマネージャーですし、本当に好きにやっていますから職員が困っていると思います。時々、静かな湖に「ポトン」と石を投げて、少しさざ波が立つくらいにです。
 それに色々思い付いて、お風呂に入っている時に思い付いたりしたことを翌日に「昨日お風呂に入ってて思ったんだけど・・」と言い出そうとすると「お風呂に入らないで下さい」と職員から言われたりすることもあります。ふと思い付くんですね。
 そういうアイデアで変えてきたことが形になってきています。ルートや方法を変えることで書類なども全て早くなり、変わることで全てが動くんです。

 

【島崎さんご自身について】

 ■栄養士として勤め始めた施設で施設長になった経緯を教えて下さい。
 地元に戻ることになった時にこの施設が出来るのを聞いて栄養士で応募しました。栄養士として働き20年たった頃に一人しかいなかった生活相談員が辞めることになり「管理栄養士として新しく人を雇うから生活相談員になってほしい」と言われ生活相談員なりました。その後、社会福祉士の資格も取り働いていましたが、そんな時に理事長から依頼されて施設長になりました。
 歴代の施設長は外部からの方でしたし、施設の職員からも女性からも施設長になったのは初めです。

 

■これまで働いてきて大変だったこと苦労されたことはどんなことですか。
 どんな仕事でも大変なことや苦労があると思いますが、大抵のことは利用者の方が癒してくれます。本当に利用者の方から癒してもらって仕事をしているような気がします。お年寄りの方とお付き合いしていると、自分はもう少し頑張れる力があるなと思えるんですね。寝たきりで入所した方が歩いているなんて楽しいじゃないでしょうか。自分があまり大変な仕事をしているというイメージではなく働いた方が楽しいし良いと思います。

 

■介護の仕事を通して感じることはどのようなことですか。
 介護は良い仕事だと思いますし、介護職の人は、人が好きな人が多いし、人が好きでないと出来ないと思います。
 どうしても職場が合わないというのは環境を変えた方が良い時もあると思いますし、変えることを否定はしません。でも、どこに行っても人との関係はありますし、どこに行っても大変なことはありますので、だったら根を下ろして、1年目、2年目と働くことで違う景色が見えると思っています。私は、33年ですけどまだ新しい景色が見えますし「あっそうか、知らなかった」と思うこともありますね。
 利用者さんの心理もそのひとつですが、私は栄養士なのでご飯は口から食べるのが一番とずっと思いこんできて、経管栄養や胃ろうになったりすると、栄養士としての力がなくて食べさせられなかったと思っていました。でも、ある時、利用者の方がどうしても食べることが出来なくて経管栄養になった時にその方が言った言葉があります。「これでもう少し食べてって言われなくて済む」と。
 食べる事が好きということは私の尺度ですよね。経管栄養にやむなくなっても、その後体重が増えて元気になるとまたご飯を食べることが出来るようになったりもします。胃ろうを作っても胃ろうは水分、ご飯は口から食べてる人もいますので、その時その時で一番良い選択が出来ればまた元気になります。胃ろうにするしかなくなった方でも、胃ろうで栄養をとることが出来るようになりまた元気になることもあります。食べることが出来るようになった利用者の娘さんから「良かったです。ここに入れてもらって。やっと写真を撮っても良い顔になりました」と言ってもらいました。そんな経験からも介護の仕事をする中で固定概念がなくなっていますね。

 

 ■島崎さんの今後の目標を教えてください。
 蓬仙園が長く良い状態で続くようにレールを作らなくてはいけないと思っています。
 土砂災害のリスクがあり建て替えの計画もありますが、出来ればこの中川福祉村の中にいたいと考えています。中川福祉村では色々な施設と地元の人とが上手くやっています。運動会も中川地区の運動会に参加し、職員も利用者の方も車椅子のまま出ますし、そういうことが当たり前に出来る場所です。そんな場所で、利用者の方が過ごしやすく職員が働きやすい職場を作ることですね。

 

中川福祉村マップ
【中川福祉村マップ】

 

■最後になりますが、これから介護職を目指そうと考えている方にメッセージをお願いします。
 私は介護の仕事は人として素晴らしい仕事だと思います。本人が好きな仕事というのはなんでもいいし、仕事を全うするということが大切だと思いますが、何も仕事がないから、人材不足だから介護職と考えないで、介護の仕事が良いという選択の仕方を出来るようになったらこの仕事は楽しいのかなと思います。

 


 

蓬仙園

社会福祉法人偕寿会
特別養護老人ホーム蓬仙園
上山市高野字下小屋176-1
TEL 023-679-2366 
FAX 023-673-5279

http://www12.plala.or.jp/housenen/
 
 


2015.10.01::[メモ/今月のひと]
 
山形県看護協会 ナースセンター 田邊さん     【福祉の仕事シリーズ】
公益社団法人山形県看護協会
山形県ナースセンター 田邊智絵さん



  公益社団法人山形県看護協会山形県ナースセンター(以下、「ナースセンター」という。)では、看護職として働かれている方や復職を考えられている方などの悩みや不安の相談を行っています。この度は、看護師として働いた経験を活かしながら、ナースセンターで相談員として働いている田邊さんにお話しを伺いました。

 

【お仕事の内容について】


■田邊さんのお仕事の内容について教えて下さい。
 主な仕事の内容としては、ナースセンターの事業全般と就業相談員として就業相談を行っております。ナースセンターを利用される方で、仕事を探される方はもちろんですが、看護職に就いている方の職場環境や、メンタル面での相談にも応じております。就業相談員としては、まもなく6年になります。



■就業相談員として心掛けていることはどのようなことでしょうか。
  私自身も病院や大学の保健室で働いていた経験があり、同じ看護師として相談者の職場の悩みや3交代制勤務の悩みなどを共感することが出来ると思いますので、同じ立場だったということも伝えながら身近に感じてもらえるように心掛けています。
  また、子育てと仕事の両立で悩んでいる方には、私も同じく子育て中であり、これまで自分が経験してきたことを伝えるようにもしています。
  職場での悩みを抱えている方は、どこにも言えずにナースセンターへ来るということを理解し、ここを頼って来てくれたことに感謝をしながら、ゆっくりと時間をかけてお話しを聞くようにもしています。1回の相談だけでは話し足りない方や、同じことを繰り返し話す方は自分の中で整理が出来ていないこともありますので、整理をしながら丁寧に話しを聞くことも心掛けていることです。
 最近、ナースセンターは何でも相談が出来る場所と知ってもらえるようになったのか、メンタル面での相談も多くなっています。ですから私たちもメンタルサポートの研修会などにも参加し、どのような相談にも対応できるようにスキルアップに努めています。



■主にどのような相談がありますか。
 
子育て中の方からは、子どもが保育園の時間にしか働けない、または週に2、3日程度、午前中だけなど、様々な働き方の相談などがあります。また、お孫さんの世話をするために仕事を辞めたけれど、お孫さんが保育園に行くようになり仕事を再開したいなどの相談もあります。
  現在は、病院や診療所も多様な働き方が出来るようになり、必ず3交代での勤務ということではなくなってきていますので、求職者と求人のマッチングが出来れば就業先の紹介が可能です。
  私が病院を辞めた頃は、必ず3交代で勤務する必要があり、夜勤をやらないという選択肢はありませんでしたが、今はお子さんが小さいうちは夜勤免除で日勤の時間帯だけ働くなど、家庭と仕事を両立しながら働き続けられる取組みが出来てきています。保育園の休みの時や子どもが風邪やインフルエンザにかかって長期に休まなくてはいけない時に休みを配慮してくださる所もあります。
  他には、子どもの保育園の申請や就労証明書の相談もあります。私の子どもも待機児童で保育園に入れなかった時期があり認可外保育のことにも詳しいので、お母さんと同じ目線でアドバイスが出来ると思います。
  また、求職者の方以外に求人側の事業者からも求人票の書き方などの相談があります。高齢者施設が増えている中、どのように書いたら人材が集まるかなどの相談があり、看護師の人材確保に苦慮されていることを感じます。



■男性からの相談もありますか。
 
男性からの相談も増えています。男性の看護学生も増えていますので、男子学生からはどういう病院に就職したらいいのかなどの相談があります。以前、男性は精神科の病院で働くケースが多くありましたが、最近は保健師として保育園で働いたり、リハビリテーションの病院で働いたり、男性ならではの力を活かして活躍する方もいらっしゃるのでそのような例も伝えています。
   男性の認定看護師も増えてきていますし、救急の現場やドクターヘリに乗っている方などは頼もしくカッコいいですね。

 

相談室   相談室
【ナースセンター 相談室】

 

■看護師になるための学校や資格についての相談もありますか。
 
社会人経験者の方や、どうしてもやりたかった看護師の仕事をしたいと子育てがひと段落した40代の方、また准看護師から正看護師になるための国家試験を目指したい方の相談などがあります。その場合は、受験科目が少ない社会人入学枠を設けている看護学校もありますし、奨学金など支援制度のある学校の情報を提供しています。



■看護師として一生涯働けるようなサポートもあるのでしょうか。
  「再就業サポートガイダンス」を開催して退職後も働くことを推進しています。
  病院は60歳で定年の所が多いですが、65歳までは嘱託職員として働けるような制度もありますし、介護福祉施設等の職員として70代で働いている方もいます。
  長く看護師をして退職された方は、経験が豊富で観察力、洞察力も素晴らしいので、高齢者施設などは引き続き活躍出来る場所になっております。また、利用者の方と世代的に近いことで、同じ歌謡曲を知っていたり、昔話に花が咲いたりと利用者の方がいきいきと過ごせるような環境づくりでの役割もあるようです。

 

※「再就業サポートガイダンス」…病院等を退職するベテラン看護職が退職後もセカンドキャリアとして、専門
    知識や経験を活かして自身の生活スタイルに合わせて働くことができるようにするための説明会を開催し
    ています。



■Uターンの相談もありますか。
 UターンもIターンもあります。26年度ではUターンの問合せは382件あり、20代から60代の方まで幅広く相談がありました。
  結婚や親の介護で地元に戻る方やご主人の転勤で来られた方、山形に引っ越して来た方など、山形県の病院の情報を求めていらっしゃいます。その時は、現在のお住いやこれまでの職務経験にマッチする病院を紹介したり、実際に見学に行っていただき職員の方と話をしていただく事もあります。
  私も山形の学校を卒業した後は県外の病院に就職し、その後Uターンをして来ましたが、戻って来る時は、山形県内にどんな病院があるのか情報収集もしないで戻ってきたので、ナースセンターに来て県内の病院の数や病院訪問をして病院の内容を知りました。
  今は県内のほとんどの病院を掲載しているガイドブックもあります。ガイドブックは、看護協会のホームページにも掲載しています。各病院の特色を載せて毎年更新していますので活用していただけると思います。



■看護学生の県内定着率と求人倍率について教えて下さい。
 
県内定着率は全国平均の約70%に比べ下回っています。看護学生には山形県に定着して欲しいですし、Uターンもして来て欲しいので、山形らしい「あったかい看護しませんか?」というポスターを作ってPRもしています。是非、戻って来て山形県で看護職として働いて欲しいですね。
  求人倍率ですが、今は2倍を下回っています。以前は2倍を超えていました。求職者の方は様々な求人から自分にマッチする所を選ぶので、求人が多ければナースセンターの求職登録や相談が増えることもあります。求人がないのに登録や利用の推進をPR出来ないので、山形県医師会の方にもご理解をいただいてご協力をいただいています。



■「看護学生フレッシュ説明会」や「ふれあい看護体験」などのイベントもありますね。
 看護学生に県内の病院を知った上で県内に定着してもらい、「私たちと一緒に看護師として働きましょう」というPRを看護協会とナースセンター全体で行っています。中・高校生や保護者の方も参加出来ますし、進路を決める前の早い段階から、看護職の職場として、病院以外にも役場や学校、保育園や幼稚園などでも働ける場所があることを知って欲しいですね。
 ふれあい看護体験では病院の見学や看護を体験してもらいますが、参加者からは「大変な仕事ではあったけどもやりがいがあった」「ありがとうと感謝されてうれしかった」などの感想があります。



 ※「看護学生フレッシュ説明会」…看護学生が就職活動前に山形県の各病院の求人担当者と面談し、看
     護内容・院内教育・採用条件などの説明を受けられます。

 ※「ふれあい看護体験」…毎年5月中旬〜6月中旬まで病院・福祉施設等の見学や簡単な看護体験が
    できます。申込期間は2月ころで提出先は山形県看護協会です。



■ハローワークでの相談会について教えて下さい。
 
ハローワーク8カ所とマザーズジョブサポート山形と計9カ所で月に1回ずつ開催しています。26年度は年間で101回行いました。
  庄内の方は山形のナースセンターまで足を運んでの相談がなかなか難しいと思います。電話では長く話がしずらい方もいますので、この相談会にはたくさんの方から利用いただいております。マザーズジョブサポート山形ではお子さんを預けている間に相談会に来る方もいらっしゃいます。



■新しく始まる「看護職の離職時等の届出制度」とはどのような内容ですか。
 
「看護師等の人材確保の促進に関する法律」の改正により、27年10月から看護職は、離職時に都道府県ナースセンターへ届け出ることが努力義務となります。この届出制度を活用することで、離職した看護職がナースセンターとつながりを持つことができ、就業に関する情報提供や相談などの支援を受けられるようになります。
 看護職の潜在化を予防し、効果的に復職支援につなげることや、離職後復職するか迷っている看護職に対し、適切なタイミングで効果的なアプローチをしていくことを目的としております。



■「eナースセンター」について教えてください。
 
求人・求職の登録は、NCCS(ナースセンターコンピューターシステム)といって、日本看護協会中央ナースセンターで一括管理されているシステムで、その機能をインターネット上で出来るようにしたものが「eナースセンター」です。システムは4〜5年毎に更新しており、今年4月にリニューアルしました。
 4月からの新しいサービスとして、求職者はナースセンターを通さずに求人側の事業所とのやりとりが直接出来るようになりました。若い看護職からナースセンターを利用して欲しいという思いから、使い慣れているパソコンやスマートフォンのサイトからメールでのやりとりが可能になっています。ナースセンターを通さないことで時間もかかりませんし、直接やりとりをすることで気になっていることも確認することが出来ます。また、ご自分の希望条件を入力することで、週1回ご希望に合う施設等の情報がメールで届くシステムにもなりました。

 
 

看護職の離職時等の届出制度と
eナースセンターのチラシはこちら →

届出制度チラシ eナースセンターチラシ

 

 

【田邊さんご自身について】

■看護師を目指したのはいつ頃でどのようなきっかけですか。
 
同じような方はたくさんいらっしゃるかもしれませんが、小学生の時に保健委員をしていて、具合の悪い人がいると率先してお世話をする子どもでした。絆創膏も常に持っていて、先生も持ってきているのでしょうが、遠足にも必ず絆創膏を持って行くんですね。私の母が「絆創膏大好きだったわね」と話してました。医療器具や救急セットに触るのも好きだった記憶があります。
  その後、中学校の頃は学校の先生になりたいと思ったこともありましたが、祖母から「知り合いの方が看護師になって凄く感謝されて、感謝されることが凄く嬉しいんだって」とずっと聞かされていたこともあり、進路を決める高校2年生の頃にこの祖母の話を思い出したこと、他には救命救急センターのドキュメンタリー番組を偶然見て「あっ、これだ。私がやりたい仕事だ」と思い看護師を目指しました。



■田邊さんが感じる看護師の魅力を教えて下さい。
 
看護師は患者さんと看護師、ご家族と看護師、医師と看護師等と人とのやりとりがほとんどですので、人と接することが好きな私にとってはそこが魅力でしょうか。人と接して常に関わっていたいし、話すことも大好きです。その中でお互いが学ぶことが多くあると思っています。

 

インタビュー中の田邊さん
【インタビュー中の田邊さん】

 

■なぜナースセンターの相談員として働かれようと思ったのでしょうか。
 
最初は私もナースセンターの求職登録者で、病院を辞めてから結婚と出産を機に家庭に入り、3・4年ほど専業主婦で仕事から離れていました。その間も子育ての合間に仕事をしたい、収入に結び付かなくてもなにか看護職としてお手伝い出来ることがないかと思いナースセンターに相談に来ました。その時に紹介してもらった施設で働いていましたが、次の仕事を探している時にナースセンターの担当者から「ここは仕事と家庭のバランスがとれる職場だし、ここで新しいことにチャレンジするのもいいんじゃない」と背中を押してもらいナースセンターで働くことになりました。ナースセンターはみんなで看護職を応援してくれる場所だということが、求職者の立場だった私にも伝わりましたので、私もそういう応援出来る人になりたいと思いこの仕事に就きました。



■田邊さんがやりがいを感じる時はどんな時ですか。
 
何度か相談を担当していく上で、私のことを覚えて下さって、踏み込んだ話も聞かせていただくと信頼関係が出来てきたと感じます。そのような時にやりがいを感じます。また、ゆっくりだったけど就業につながった時や、病院の訪問時にナースセンターからの紹介の方が働き続けていることを聞くことも嬉しくやりがいにつながりますね。



■看護職を目指す方や仕事を再開したいと考えている方にメッセージはありますか。
 
私もそうでしたが、看護師になりたい、再就職したい時には細々とした悩みが多くあると思います。どんなことにも応えられるナースセンターを目指していますので、いつでもご相談に来て下さい。
  悩みがあったらまずナースセンターへ、復職の時もナースセンターへ。



■最後に田邊さんの今後の目標を教えてください。
 
相談員としてどのような事例にも対応できるように、何に関しても動じず対応出来るように日々スキルアップが必要と思っています。そして、ナースセンターをちょっとした悩みでも相談出来る憩いの場にして、それを知っていただく為のPR方法を考えることもしていきたいと思っています。
  「何でも相談出来る、あの人になら、あそこなら」という場所を目指して頑張ろうと思っています。

 

 


 

山形県看護協会 ナースセンター

公益財団法人 山形県看護協会
山形県ナースセンター
山形市松栄1-5-45
TEL 023-685-8033 
FAX 023-646-8868
ナースセンター無料職業案内
TEL 023-646-8878(直通) 
http://www.nurse-yamagata.or.jp/


2015.08.03::[メモ/今月のひと]
 
山形県福祉人材センター皆本さん  

【福祉の仕事シリーズ】
山形県福祉人材センター
保育士再就職支援コーディネーター皆本 純子さん



  女性の社会進出が進み保育ニーズが高まっている現在、全国的に保育士不足が問題とされています。
  そのような中、県では山形県福祉人材センターへ委託し「保育士再就職支援コーディネーター」を設置し、求職している潜在保育士(現在は保育職から離れている保育士資格者)の方と人材を求めている保育園のマッチングのサポートをしています。
 この度は、保育の仕事に再就職するか悩まれている方を後押ししている皆本純子さんにお話を伺いました。

 
【お仕事の内容について】
 

■山形県福祉人材センターの事業内容を教えてください。
  社会福祉法に基づき山形県知事の指定を受けた、主に福祉分野の無料職業紹介所になっています。求人の情報提供や求職者と事業所の橋渡しや福祉の資格取得の相談も行っています。例えば自分のお子さんが資格の取得を考えているので話を聞きたいなどの相談も行っています。
  他には人材確保と育成で、福祉施設職員の研修やキャリアアップ支援を行っています。職員数の関係で参加出来ない事業所へは当センターから出向いて専門性の向上、育成に取組んでいます。

 

■皆本さんのお仕事の内容について教えてください。
  山形県福祉人材センターで保育士再就職支援コーディネーターとして潜在保育士の就職支援を行っています。主な仕事は求人求職の相談で、山形県福祉人材センターの窓口や電話、メールの他に毎月一回、各ハローワークでの外部相談会を開催しています。また、マザーズジョブサポート山形での福祉保育の相談会も行っております。
  その他に、保育事業所への訪問も行っており、保育現場のニーズの把握や、私どもに預けてくださっている求人票の確認、ここ山形県福祉人材センターや保育士再就職支援事業の周知も併せて行っています。また、保育士再就職支援研修会、保育の職場体験の企画と実施も行っています。

 

 

相談ブース1 相談ブース2
【人材センターの窓口】


 

■潜在保育士の把握はどのようにされているのでしょうか。
  この保育士再就職支援事業が始まったころは、誰にどのような方法で研修会などの周知を行えばいいのかが分からず、ハローワークを通じて周知のお願いをしました。昨年度からは県で行った県内の保育士登録されている方への意向調査の結果を活用し、就業の希望や情報を求めている方など約300人に情報提供を行っています。


■潜在保育士の方からはどのような相談をされますか。
  相談内容はさまざまですが、保育の仕事のブランクが長い、資格があっても経験がない、雇用期間満了で仕事がなくなってしまうなどの相談です。他には、保育士の資格をお持ちでない方の相談もあります。これから保育士の資格を取りたい、子どもが好きなので保育の仕事に就きたいなどの相談も多くあります。
  潜在保育士の中には保育士が不足していることに対してまだピンときていない方も多いです。山形県の場合保育士の不足はここ4、5年のことで、以前は一名の求人に対して10名位の応募があることが普通で、新卒採用の時でも採用されないこともあったようです。ですから現在、保育士が不足していることからお話しをすることもあります。
  また、潜在保育士の方が応募に不安がある場合は、正式な応募の前に保育園見学を保育園にお願いするケースもあります。保育園の雰囲気に触れることで潜在保育士の方の不安が解消され、保育園側でもある程度潜在保育士の方の普段の様子が分かります。そのため、面接などで緊張したやりとりをするよりも、見学に行って話をすることでお互いに「ここだったら」「この人だったら」と思ってくださることも多いです。もちろん今は個人情報が大切な時代ですので、保育園によっては子どもの情報などの関係で難しいこともありますが、求人票をお預かりした時点で見学が可能か確認をしています。

 

■保育士が不足している原因にはどのようなことがありますか。
  相談に来られた求職者や保育士再就職支援研修会の参加者、あるいは保育園の方からお聞きすると、共通していることがあります。それは保育士に求められる責任や、新制度に変わり求められることがどんどん大きくなるにも関わらず、現在も賃金が他の職種に比べて低く、また社会の評価も低いことが原因に挙げられます。
  福祉の仕事全体に言えることですが、福祉関係の仕事は、女性が家でしていた介護や子育てと共通しているので、誰でも出来るという認識が続いてきたこともあると思います。「福祉というのは気持ち、心が大事なんだから、お金ってそんなに求めるものじゃないでしょう。」という認識も社会の根底にあるのか待遇の改善が難しいようです。
  そのほかにも仕事量が多く休みが取りづらいので家庭との両立が難しいとも言われます。さらに保育園側でも悩ましい思いをされているようですが、児童数によって保育士の資格を持っている職員人数が定まっているため、保育士の資格をもっていない方などの雇用が不安定になっており、そのような方たちが保育士以外の仕事に就いていることも挙げられます。

 

■そうなると正職員での就職は難しくなるのでしょうか。
  保育園側でも、正職員として働いて欲しい思いがすごくあるのですが、児童数の数によってそれが難しくなっています。余裕を持って人材を確保しておくことで急な休みにも対応出来るし、一人ひとりの仕事量を減らすことが出来ることはわかっています。しかし、経営が厳しくぎりぎりの人員で運営しているということもあり、保育士の方の休みが取りづらく、仕事が大変になるといった悪循環に陥ってしまっていると感じることがあります。
  しかし、正職員を希望していて正職員の求人がない場合でも、保育園に確認をして正職員登用制度があればまずは臨時職員からの採用で正職員を目指すケースもありますので私どもへご相談ください。


 

窓口での相談
【相談中の皆本さん】


 

■山形県内で地域による保育士不足の問題の違いや特徴はありますか。
  そんなに大きな違いや特徴はありませんが、公立の保育所や認定こども園が多い地域では、正職員ではなく臨時職員での雇用形態が多くなっていることが一つあります。初めは郡部の方で保育士が不足していないような話もありましたが、いざ話を聞くと県内各地で不足しているというのが見えてきたところです。

 

■求人側の保育園と求職者である潜在保育士との情報のやりとりはどのように行っていますか。
  山形県福祉人材センターの特徴として、月に一度、ホームページに求職者の情報一覧を更新します。個人情報以外の、資格や希望の職種、勤務地の情報など掲載を希望された求職者の一覧です。それを求人側の事業所が確認し希望があれば紹介をしますが、求人票の内容と求職者の希望が全て一致することは少ないので詳細な聞取りも行います。求職者は、例えば、今は子育て中なので短時間のパートだけれども3年後であれば子どもの手が離れるのでその時にはフルタイムの正職員を希望している一方、事業所は、今は早番が出来るフルタイムで働ける人がいないと困るなどの理由で採用に至らないなどマッチングの難しさもありますが、事業所見学などを提案しながら諦めずに行っています。

 

■潜在保育士の方が再就職された後のフォローアップなどはされていますか。
  就職したから私どもとの関係が終わりというわけではなく職場に馴染むまで、愚痴でも何でもいいので電話を下さいと伝えることもあります。
  実際に再就職された方の生の声は大事だと考えています。現場を知るひとつにもなりこれからの研修や当センターの取組みの参考にもなりますので電話をいただくのは嬉しいことです。何かすぐに出来る訳ではないかもしれませんが、お話しだけでも聞かせていたければ嬉しいです。

 

■保育士再就職支援事業での実績を教えていただいてもよろしいでしょうか。
  保育士再就職支援事業は平成25年の9月からの事業です。これまで当センターを通じて就職したのは31名になります。その他にも、ハローワークを通じて就職した方やご自分で直接、保育園に行き就職した方といます。どのような形であれ、相談に来て下さった方や研修会に参加された方が保育の現場に戻ったことは大変嬉しく思います。
  IターンUターンで来て下さる保育士の方も中にはいらっしゃるのでそこは嬉しいです。家族の転勤に伴い山形に転勤になったので保育士の経験を活かして保育職に就く方もいます。経験があれば事情を考慮しながら受け入れてくださる保育園も多くあります。
  現場の園長先生はもちろんですが、保育士の先生方は皆さんイキイキしています。実際の年齢よりもとても若く見えるのは、子どもと一緒に過ごしているからでしょうか凄く笑顔が素敵な方ばかりです。しかし一方で現場の保育士さんは凄く大変な面もあると思います。
  今は、制度の変更などで求められることが多く、お父さん・お母さんの子育ての支援や発達障害の早期発見とケアなども求められています。保育園・幼稚園、小学校で連携強化や勉強することが多くなっているでしょうし、親世代への支援を求められてしまうというところもありますので本当に頭が下がるということばかりです。
  大変さばかりがクローズアップされていることもありますが、やりがいを持って働かれている方が圧倒的に多いです。でもその情熱だけに社会がおんぶに抱っこだと、結局、保育士さんの数も段々と減ってしまうのかなと思います。

 

 ■皆本さんは保育士再就職支援コーディネーターとしてどのようなことを心掛けていますか。
  保育士再就職支援コーディネーターの大きな目標は、潜在保育士が保育の仕事に就くことです。そのための求人求職のマッチングには、双方の細かい聞き取りが必要になってきます。そのためにはまず潜在保育士の方との信頼関係を築かなくてはいけないと思っています。潜在保育士の方それぞれで就職や再就職への思いや生活環境も違うので、プライベートなところまで踏み込んで、家庭の事情などを聞くことになります。信頼関係がないとそこまではお話をしていただけないと思いますので、潜在保育士の方に安心感を持っていただき一緒にいろいろな話をした上で、ご自身の道を決めるためのサポートをしたいと思っています。
  また、保育園によって求める人材や就業時間に違いがありますので、諦めずに双方の希望を丁寧に聞くことも心掛けています。

 

 

【保育士再就職支援研修会について】
 

 ■開催回数や内容を教えてください。
  平成25年度から毎年4回実施し今年度も4回を予定しています。
  内容の一つとして山形県保育協議会の協力のもと、地元の園長先生や保育士の先生方に事例発表を行っていただいています。平成26年度は、地元の保育士養成校の先生方から『ここ10年の保育現場の移り変わり』というテーマで講演をしていただきました。
  また新しく研修会のオプションとして保育現場での職場体験も実施しています。9時から15時頃まで1日保育所の中で実際の仕事を体験するものです。この職場体験の受入れ先を募集したところ、約80の保育園が手を挙げて下さったことは本当にありがたいことでした。保育士再就職支援事業は関係機関の皆さまの協力がないと成り立たない事業とつくづく感じています。

 
 

【皆本さんご自身について】
 

 ■なぜ保育士再就職支援コーディネーターになろうと思われましたか。
 
 学生のころから福祉の仕事に興味がありボランティアに参加していましたが、福祉関係以外のところに就職しそこで長く働いていました。その後ホームヘルパー2級の資格を取りホームヘルパーとして一時期働くなど様々な仕事をしてきましたが、やはり福祉関係に携わる仕事をしたいという思いがありました。
  どんな仕事でも誰かの役に立っていると思いますが、私の場合は福祉に興味があったので福祉に関する仕事がより誰かの役に立てる感覚がありました。
  今は福祉人材に関われる仕事でとてもやりがいを感じる一方、難しさと自分の知識不足を実感するときがあります。もっと知識を深めたい思いもあり、社会福祉主事任用資格を働きながら取得しました。色んな知識を得ることで相談に来られた方へ何か提供出来ればと思っています。

 

■ホームヘルパーを経験したことは相談にも活かされていますか。
  保育職もそうですが、介護職など福祉関係全般ですが、人が好きというのが根底にあると思いますので、そんな思いや自分のちょっとした経験をお話しするときに活かされているなと思います。

 

■お仕事をしていてどんな時にやりがいを感じますか。
  成果などが目に見えたり、実績がすぐに上がったりするものではないので難しく力不足も感じています。しかし、潜在保育士の方が就職された後に園長先生から「元気に働いてくれてますよ。」「良い方を紹介してくれましたね。」などの声をいただいた時や、研修会の時に「再就職に向けて勇気が出ました。」などの感想をいただくと「良かったな、私ももっと頑張ろう。」と思います。


 

インタビュー中の皆本さん
【インタビュー中の皆本さん】


 

■潜在保育士の方に伝えたいことはありますか。
  保育の仕事に就きたい「でも…」と相談してくださる方がいます。この「でも・・・」というところが再就職へのストップをかけている原因でしょうか、この「でも」の部分をできるだけ話して欲しいです。
  保育士に限らず専門職の方は一度現場を離れてしまうとなかなか復帰しづらいと思います。それは専門職の責任の大きさや難しさを知っているほど「自分なんか駄目なのでは」と不安が大きくなるからだと思います。また子育てやご家族の介護、看病など家庭での仕事が長かった方、今は男性の方もですが、仕事と家庭の両立が課題であって、それに対する心配がとても大きく「家族に迷惑をかけたらどうしよう」という思いなども話して欲しいと思います。
  保育園によってはブランクが長い方や未経験の方でも、色々と配慮をしてくださるところもあります。即戦力だけではなく、保育の現場に戻ってきてくれることに重きを置いている保育園もあります。子どもが好きで保育職を目指した時の気持ちを思い出していただき、まずは相談に来ることで第一歩を踏み出して欲しいです。

 

■皆本さんの今後の目標を教えてください。
  まずは引き続き潜在保育士、保育資格取得を目指す方、保育園の方に保育士再就職支援事業、また保育士再就職支援コーディネーターの存在を知っていただくこと、そしてより多くの方に山形県福祉人材センターを利用していただくことを目標にしています。その上で、コーディネーターとして各ハローワークにもご協力をいただいて、保育の仕事に就く方が増えることを目標に頑張りたいと思っています。

 
 

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山形県福祉人材センター

 

社会福祉法人山形県社会福祉協議会
山形県福祉人材センター
  山形市小白川町2-3-30(山形県小白川庁舎内1階)
  TEL 023-633-7739 
  FAX 023-633-7730
  https://www.ymgt-shakyo.or.jp/


2015.06.01::[メモ/今月のひと]
 
若林さん

第52回技能五輪全国大会 金賞
株式会社大沼建築 若林 信さん

  若林さんは、平成26年の技能五輪全国大会において県勢12人目の金賞を受賞し、今年8月に開催される技能五輪国際大会に出場します。技能五輪全国大会は満23歳以下の若手技能者が技能レベルの日本一を競う大会で、 ものづくり産業の基盤を担う技能者の育成や技能の重要性のアピールを目的として毎年開催されています(平成28年の開催地は山形県)。この度は、日々のお仕事や全国大会に向けて取り組んだことなどのお話を伺いました。

 

【お仕事の内容について】
 

■初めに、お仕事について教えて下さい。
  大工として一般的な住宅の新築やリフォーム、改築など主に住宅に関わる大工工事をしています。具体的には柱や梁の他、木で壁や天井を作ったり床を貼ったりしています。その後、他の業者により壁紙や設備等の設置をします。このように住宅に関わる仕事は細かく分かれていますが、そのうちの木工事といわれる大工工事の仕事をしています。

 

■若林さんは働かれてから何年目になりますか。また日々のお仕事として若林さんはどのようなことをされているのでしょうか。
  私は弊社で働き始めてからから3年目になります。今は主に先輩の補助をしています。建物になった時に見えてくる部分と、壁の中で見えてこない部分があります。下地部分と仕上げ部分です。
  大工さんというと全部やるというイメージもあると思いますが、建築業には細かい業種がたくさんあります。最近では、大工仕事の中で少しずつ完成した時に見えてくる仕上げ部分をやらせてもらっています。

 

■若林さんがお仕事をするうえで心掛けていることを教えて下さい。
  お客さまのお家ですので、丁寧な仕事でお客さまが望むかたちを表現できるように、要望にそった建物を作るよう心掛けています。
  図面で見た場合と実際家になった時の印象というのは少なからず違う部分があります。お客さまに確認していただきながら、お客さまの望むかたちに近づけられるよう丁寧な仕事を目指しています。

 

■どのようなときにお仕事でやりがいを感じますか。
  お客さまから「いがった。」「よぐしてけだね。」と感謝してもらえた時にこの仕事をして良かったと感じます。やりがいというか、お客様に喜んでもらえたことがなによりうれしいです。

 

■大工のお仕事というと力仕事のイメージがあり、大変そうに思われるのですが、どうでしょうか。
  もちろん大変なことはありますが、やめたいと思ったことはないです。小学校3年生くらいから大工になろうと思っていました。大工になるため大工関係の学校に進学し勉強することで、ようやく大工になることができました。
  もともと、ものを作ることが好きなので、つらいとか辞めたいとか思ったことはありません。

 

■なぜ株式会社大沼建築を選ばれたのでしょうか。
  高校卒業後、山形市にある山形職業能力開発専門校に進学したのですが、そのときに大沼建築の見学や現場見学に参加したことがきっかけです。また、専門校の先輩が何人もお世話になっているということもあり興味を持っていました。他には技能五輪などの大会にも積極的に取り組んでいるということもありましたので、ぜひ大沼建築で働きたいと思いました。

 

■様々な業種があるものづくりの中でなぜ建築業を選ばれたのでしょうか。
  親戚に和室の襖や扉を作る建具屋さんがいました。作業場から木の切りっぱしなど、使った材料の残りをもらってきて、別に何か作るということではないのですが、積み木にして遊んだりし木と触れ合う機会が多くありました。そのような経験もあり木を使って何かしたい、木を使って家を建てたいと思うようになりました。そのような職業のことを「大工」と親戚の方に教えてもらって「じゃ、俺、大工になる。」とそこで決めました。それが小学校3年生のころです。

 

■小さい時からものをつくることが好きだったのでしょうか。
  昔から折り紙やあやとりをしている子どもでした。周りの友達はゲームなどに夢中になっていましたが私はゲームを余りしませんでした。

 

■話は変わりますが、若林さんは休日どのように過ごされていますか。
  仕事の内容によっては重いものを持って運んだり、ずっとトンカチを振って長い釘を打ったりなど力仕事が多くあります。また、高い所に登り、家を建てる最初の軸や柱を建てていく作業など危険と隣り合わせで神経を使う仕事もあります。そのようなこともあり、家でゆっくりしたいというのがあって、外出はあまりせず、趣味のペーパークラフトなどを作っています。ペーパークラフトでは2年くらいかけてバイクを作りました。

 

 【技能五輪について】

■技能五輪全国大会には今回2回目の出場とのことですが、出場しようと考えたきっかけは何でしょうか。
  技能五輪の全国大会に出場するためには県の予選を通過しなければならないのですが、山形職業能力開発専門校に在学しているときに授業の一環としてその県予選を受けた際、予選を通ったということもあり、もともと興味を持っていました。また、弊社の先輩も多く出場していたこともあり、技能五輪全国大会出場の話が出たときに「是非出たいです。」と言ったところ快く出してもらったのが1回目です。2回目の今回も出場の話があったので出場を自ら志願しました。

 

■技能五輪全国大会に向けて課題の練習はどのようにしていましたか。
  大会の二カ月半ほど前から会社から許可をもらい、山形職業能力開発専門校の場所を借りて、県内の同じ建築大工に出る選手とともに強化練習をしました。
  大会の競技時間が2日で11時間45分という制限時間がありますので、その時間に合わせ、1日目7時間、2日目4時間45分という大会と同じ時間帯で作品を実際に作りました。2日に1個のペースで作り、月曜から土曜日まで週で3個作ります。結果として課題の練習で作成したものが全部で23個になりました。強化練習の期間はそのようにして反復練習をしていました。
  その中で、作っていると具合が悪いところが出てくるので調整しながら、どの位削ると良いか、線一本消すか残すかなどいろいろ試しました。材料に鉛筆で線を引きますが、その外側を切るか内側を切るか、またはその線の半分を切るか、線の真ん中を切るかなどの具合を23個作成する中でつめていきます。隙間とかをいかに少なくするかという、正確さを競う大会ですので、ここはこうした方がいい、どのようにしたら組立した時につきやすいかなど突きつめていき、頭に入れていきます。そのような練習をこもりっきりでやっていました。

 ※技能五輪全国大会では41の職種があり、それぞれの職種に分かれて金賞を目指し競い合います。

 

練習風景 
 
練習風景2
 【技能五輪全国大会へ向けて練習の様子】

 

■ライバルである他の参加者とも一緒に練習することに関してやりにくさなどなかったのでしょうか。
  作る物は同じですが、人により工程や手順もそれぞれあり「この方がいいよ。」「俺はこうすると上手くいった。」など人がいることでアドバイスなど出来ることもありますし、ひとりだと自分の中でもんもんとするので、やりにくさは感じませんでした。また、今年は5人の参加者がいたのですが、大会と同様のスペースを作り一緒の部屋で練習することは、一人で練習するより本番の環境に近い状況で練習できたのではないかと思います。
   さらに、11時間45分の中で完成出来るように、時間配分をする必要があるのですが、人によっては早く出来る人もいれば、遅いけどしっかり作る人がいます。それにライバルがいれば「こいつ早く終わった。俺もやんねど。」と思うので、そういう意味では同じ目標に向かう様々な人が集まって練習できた環境は良かったのかなと思います。

 

 ■練習はつらくなかったのでしょうか。
  やっぱり同じ物を作っていると飽きてくるのですが、私は楽しくて仕方がなかったです。

 

 ■練習期間の1日の日程を教えて下さい。
  本番と同じように、2日で1個を作るので、月曜日と火曜日で一組、水曜日と木曜日で一組、金曜日と土曜日で一組のペースで作成します。大会当日の競技時間に合わせて、練習の1日目は9時から12時までの3時間課題に取り組み、1時間のお昼休憩をいれて1時から3時までの2時間行います。その後、15分の休憩をはさんで5時15分までさらに2時間の作業をします。2日目が9時から12時までの3時間と、1時から2時45分までで合わせて4時間45分の作業を行ないます。課題作業時間を競技時間と同じ1日目の7時間と2日目の4時間45分とし、その後は夜の11時ころまで残って課題研究をしていました。

 

■作業の手順や競技で行うことについて教えてください。
  作業手順としてはまず図面、展開図と言われるもので、材料1本1本をどう加工するか、どう材料を作るかを描きます。次に、材料をかんなで削り、墨付けをし、加工仕上げ、組立という手順で作業をします。
  図面を描かないと作れない課題となっており、加工も墨付けも、結局、図面がしっかり描けているかということにかかっています。
  組立に入ったらもう刃物は使用できません。例えば段差があっても削ったり、切ったりと調整することが出来ません。加工の時も2つの材料以上を組合わせてはいけないので、組合わせながら調整していくということも出来ません。ですから、触った感触をもとにもう少し削った方がいいかなど考えながら行います。

 

※大会での作業手順

「原寸図(提出検査)→ 部材の木削り → 墨付け(提出検査) → 加工仕上げ → 組立」の順で作業行います。組立に入る前には、指定工具以外を格納するため削るなどの加工が出来ません。 

 

課題 当日課題
【競技課題】 【競技当日課題】

 

 

■大会当日発表の課題があるということですがその課題の練習はどのようにしていましたか。
  課題を自ら想定しながら作成しました。
 当日発表の課題は材料の寸法だけ出ていますが、どのような内容、どの場所に一本いれることになるかわからないので、「もしかしてこういうところにくるのではないか。」などと想定しながらの練習でした。
 したがって、「今日はここに入れてみよう。」などと様々な現寸展開図を書いて作成する練習をしました。
  当日はどんな課題が出るかドキドキでしたね。練習していない課題が出たら何も出来ず採点もしてもらえなくなります。

 

■大会ではどのくらいの時間で完成させることができましたか。
  制限時間11時間45分のうち完成したのは11時間40分くらいでした。でも、それくらいで終わるような設定をしていましたし、練習ではいつも1分前などギリギリでしたので、むしろ余裕があるなと思いました。

 

競技の様子1 競技の様子2
【競技中の若林さん】

 

 ■大会会場では周りが見えている状況ですが緊張はしませんでしたか。
  作っている時に周りは見えません。当日の割当てられた場所は、体育館の会場の入り口近くで、観覧席からも見えていましたが、集中しているので足元しか見ていませんでした。なので、周りはあまり気になりませんでした。

 

■結果発表の時はどんなお気持ちでしたか。
 結果よりもまず、時間内に出来たということにホッとしていました。

 

■入賞の手ごたえはありましたか。
  競技終了後、完成した作品全部が並ぶのですが、私の作品はある程度まとまっている方だなと感じました。しかし、練習よりうまく出来ず隙間が出来てしまいましたので、受賞するとしても敢闘賞くらいかなと思っていました。その時は賞よりも、とりあえず完成して提出することができたというホッとした思いの方がありました。
  そして表彰のとき、敢闘賞、銅賞、銀賞、最後に金賞という順で発表されるのですが、敢闘賞で私の名前が呼ばれず、敢闘賞は山形県の他の選手が受賞しました。その後の賞でも私の名前は発表されず、ほぼ諦めていた時に、「金賞、山形…。」とアナウンスがあり「まさか!」と思いました。

 

■表彰式の演出も盛大だったようですね。
  金賞の時だけ、ライトや音楽がダーンという感じでした。発表後、自分の名前が呼ばれてもすぐにわからなくて、周りにいた人に「行け、行け。」と言われ連れられるまま壇上に行きました。

 

 

      表彰式     表彰式
金メダル

◆外周の黒いリングはタイヤが
モチーフで中心部はチタン製と
なっています。
その下には七宝焼きで、愛知県
の花「カキツバタ」をあしらってあ
り、りボンはナイロン生地に有松
絞りと同じ工程を施したものです。

                           【表彰式の様子と金賞のメダル】

 

■金賞のメダルも素敵ですね。
  毎年、その開催地の伝統工芸などを用いているようです。開催地が愛知県でしたので自動車産業が活発ということもあり、メダルはタイヤをモチーフにされています。それに県の花があしらわれ、メダルの首掛けは伝統工芸の絞りの織物です。

 

■国際大会がありますが大会にむけて練習も初めていますか。
  国際大会はもっと厳しく、当日公表の課題が全国大会ではひとつでしたが、多くなるような話ですので、図面をしっかり描ける技術が必要になってきます。国際大会に向けて練習を始めていますが、他の選手は1月くらいから練習しているらしく遅いくらいかもしれません。

  ※技能五輪国際大会は隔年で開催されており、約60の国や地域が参加しています。今年は開催年となっておりブラジルのサンパウロで開催します。若林さんは、日本代表として参加されます。


■国際大会は8月に行なわれるそうですが。
  ちょうどお盆のころ10日間ほど行ってきます。国際大会では競技時間が更に倍の24時間で4日間になります。前後にイベントなどがあり10日間ほどのようです。国際大会なので、開会式などでは交流会があるようです。

 

若林さん
【インタビュー中の若林さん】

 

■これから技能五輪に挑む方や挑戦しようか考えている方へメッセージをお願いします。
  自分の納得のいく作品を作るためにやってきた部分があるので、そういったところを目指せれば結果もついてくると思っています。あとはやると決めたらとことん突き詰めるしかありません。とはいえ、反復練習を続けることはやはり飽きてしまいます。ずっと同じものを作るのは技能五輪のためと思いながらもつらい部分があります。しかし、それに負けてだらけてしまうと技術が向上しないので期間中は頑張りました。
  技能五輪での経験が必ずしも現場で全部使えるというわけではないのですが、基本的な道具の使い方を学ぶことができ、また「やりきった。」という自信がつくので、そういう意味では是非、挑戦してもらいたいと思います。

 

■最後に、技能五輪国際大会に向けて、また大工としての今後の目標を教えて下さい。
  国際大会は自分の納得のいく作品を提出したいと思います。そのために練習も頑張りたいと思います。全国大会の時もあまり結果は気にしていなかったので、自分の良い作品を作れるように求めていけば、結果はそれについてくると考えています。「世界一が目標です。」とか言ったら格好いいのでしょうけど、あまり結果にこだわり過ぎると続かない部分もあるので、楽しんで自分の納得のいく作品を作りたいと思います。
  大工としては、ひとりで家を建てられる一人前の大工になりたいです。まだまだ未熟ではありますが、ひとつひとつ仕事を覚えていきたいと思っています。

 

   かんな

◆刃物なので切れ味が大切です。仕上がりをよく
するため全国大会ではかんなを6つほど使用した
そうです。
「まだ研ぎはへたですが、道具をうまく使うことで
効率もよくなるので道具は大事です。」ともお話し
されていました。

 


 

大沼建築

 

                                    株式会社大沼建築
                                     山形県寒河江市新山町20-3
                                     TEL 0237-86-1633
                                     http://ohnuma-k.com/ 

 

 

 


2015.04.01::[メモ/今月のひと]
 
有賀さん

 株式会社プレステージ・インターナショナル                 山形BPOガーデン 有賀 美奈子さん

  酒田市にある山形BPOガーデンでは2014年度グッドデザイン賞と、第27回日経ニューオフィス賞において「ニューオフィス推進賞」と「東北経済産業局長賞」を受賞しました。女性が快適に働ける点が受賞のポイントとなったように、事業所には託児所やカフェテリアが併設してあり、また管理職として働く女性も多くいます。この度は、管理職であるマネージャーとして仕事と家庭を両立しご活躍されている有賀美奈子さんにお話を伺いました。

 

 

 

■お仕事内容について教えてください。
 私が所属しているチームでは、賃貸マンションにお住いのお客さまから水漏れや窓ガラスの破損などのトラブルを受け付け、スタッフを手配する仕事をしています。
 マネージャーはチームの人員や収益の管理をしています。

 

■マネージャーとしてどのようなことを心掛けていますか。
  業務が始まると自分中心になってしまいがちですが、チーム全体を見てオペレーターのみんなが業務に専念しやすいような環境を作れるように心掛けています。電話を受ける業務は、お客さまからの連絡が集中し、案件が立て込む時がありますので、部下のメンタル部分のケアが必要な場合もあります。その時は声をかけたりして、業務を行いやすい環境作りが大切だと思っています。

 

■業務を行いやすい環境づくりとしてどのようなことをしていますか。
 チーム内の役職としましては、まずオペレーターがおり、その上にリーダー、スーパーバイザー、マネージャーとおります。オペレーターは話しかける相手の役職が上がってにいくにつれ、話しかけにくいという事があるようなので、だったらマネージャーの立場の私からどんどん話かけて、そういったものを崩していきたいと思い、毎日、全員に一言必ず話かけるようにしています。チームに和をつくり連携を上手く繋いで行くため動けるのであれば、どんどん動いて話しかけ、困っていることがあれば直ぐに相談にのるようにしています。

 

 

オペレーションルーム
【オペレーションルーム】

 

 

■マネージャーのような管理職になることを断る方もいると思いますが、マネージャーになることに迷いはありませんでしたか。
 確かに管理職という大変な役職を自分が引き受けてよいのかという思いが正直ありました。しかし、私が所属しているチームは、2013年12月に立ち上げたチームで、立ち上げ当初から所属していましたので、「いずれ上に立つ立場になるのかな」と自分でも考えていました。また、「そうなりたいな」という気持ちもありました。せっかくチャンスをもらえたので、大変な事の方が多いのかもしれませんが、「挑戦してみたい」と思い、引き受けました。

 

■自分からマネージャーになりたいという意思表示はしましたか。
 積極的には言えなかったのですが、そのような話があれば耳を傾けながら、情報を少しずつ集めていました。今後のことについての上司と面談の際に、少しずつ伝えてはいました。

 

■他の部署との連携はどうしていますか。
 私も管理職になるのは初めてのことでしたので、チームをどう作りあげて良いかわからない部分も多くあります。山形BPOガーデンは他のチームとのつながりも大切にしていますので、他のチームのマネージャー、スーパーバイザーにも色々な話しを聞きながら、参考に出来ることは取り入れるようにしています。

 

■働く場所としてなぜ山形BPOガーデンを選ばれたのですか。
 転職も少し頭にあった中で、求人広告で酒田にコンタクトセンターが出来るということを知りました。ただ、私の中のコンタクトセンターのイメージはどうしても、クレームを受けるというマイナスのイメージがあったので悩みましたが、知人が働いており、その人から環境が良いという話も聞いていました。また、会社説明会にも参加し実際に社内の様子や仕事の内容を聞いたところ、自分が持っているイメージと違うと思いました。 前職でも色々な経験をさせていただきましたが、今後、自分を高める、スキルアップするのであれば、違った環境でチャレンジするというのもいいのかなと思い選びました。
 

 

従業員の8割を女性が占める「山形BPOガーデン」は、「女性らしさ」と「次世代へのアピールできる魅せるオフィス」をキーワードに、∞(無限大)を模した“RIBBON”(リボン)がコンセプト。“RIBBON”(リボン)には人と人、人と社会の結び目となり、女性に「自分らしく活き活きと働いてほしい」という想いが込められています。また、子育てと仕事が両立できる職場づくりは企業の社会的責任であるという認識から、女性の従業員が結婚・出産を経ても、長期にわたって安心して働くことのできる託児所を設けており、他にもカフェテリア、光と緑、水のせせらぎを感じられる開放的なコミュニケーションスペース「The Garden」が備えられています。

 

外観

                                          (c)沖 裕之(Blue Hours)

【∞(無限大)を模した「RIBBON」をコンセプトに設計された社屋】

 

 

リボンギャラリー     オアシス
【リボンギャラリー】     【The Garden】
カフェ      ラウンジ
【カフェテリア】     【ラウンジ】

 

 

■新しいことへのチャレンジやスキルアップを考えたきっかけは何でしょうか。
 以前はただ働いているだけ、働いてお給料をもらったという意識しかありませんでした。ただ、年齢や今までの経験を考えると、もう少し色々頑張れるんじゃないかなと考えていました。転職して頑張っている友人の姿や、弊社のホームページにも従業員の声が載っているのを見て、「みんなもこんなに頑張っているんだ、自分負けていられないな。」とちょっと燃えました。
  入社後は、正社員試験にチャレンジし、正社員として登用していただきました。

 

■ニューオフィス推進賞と東北経済産業局長賞、2014年度グッドデザイン賞を受賞されたオフィスですが、働く環境はいかがでしょうか。
 新しい建物で働くのは初めてでしたので嬉しいですね。綺麗な建物ですし、女性のことを一番に考えている会社というのが建物に表れていると思います。ここに来たことのない人たちにも是非来て欲しいと思えるような会社です。
 オープンな感じで組織の縦のつながりだけではなく横のつながりもありますので、何かあれば総務、人事、管理部門の方にも頼ることができ、とても働きやすい会社だと思います。困ったら誰かに何かを相談すれば必ず解決する糸口が見つかりますので。

 

※日経ニューオフィス賞…経済産業省、日本商工会議所後援で、一般社団法人ニューオフィス推進協会と日本経済新聞社が共催し、ニューオフィスづくりの普及・促進を図ることを目的に、創意と工夫を凝らしたオフィスを表彰。
※ニューオフィス推進賞…全国から毎年13程度のオフィスが選ばれる。
※東北経済産業局長賞…東北ニューオフィス推進賞の中から、1件が東北経済産業局長賞を受賞。

 

■24時間交替勤務の中、家庭との両立はどのようにしていますか。
 24時間の会社で働くというのは家族の理解が必要となりますので、どれだけ自分がこの会社で働きたいのかという思いを家族に話し、そこまで言うのであればやってみたらいいんじゃないか、と家族の了承を得ました。母などにも負担をかけていると思いますが、家族の協力の上働くことが出来ています。

 

■家族を招待してのイベントもあると伺いましたが、どんなイベントがありますか。
 山形BPOガーデンはとても開放的でオープンですね。家族や友人を招待し、夏は夏祭り、冬はクリスマスパーティーを開催しています。家族が働いている会社を見る機会はなかなか無いことだと思いますので、イベントには積極的に参加して、家族を招いて自分の会社を見てもらいたいと思います。

 

■山形BPOガーデンはこれから働きたい女性の方にもお勧めですか。
 はい。女性の多い会社ですが、相談したい時は相談出来る環境もありますし、困った時に誰かに相談すれば必ず助けてくれます。コンタクトセンターの業務についてご存じない方が多いと思いますので、是非一度、会社見学会に来ていただきたいです。

 

■女性が多いとのことですが男性の方のフォローも意識していますか。
 私の所属しているチームは男性と女性半々で男性同士でも女性同士でも仲が良いです。性別問わず常に目は配っています。会社全体としては数少ない男性ですので、長く働いてほしいという思いもあります。

 

■有賀さんがお仕事をしていてやりがいを感じるのはどんな時ですか。
 トラブルに遭い困っているお客様からの連絡の窓口になっておりますので、トラブルが解決出来た時に「ありがとう」という言葉を頂ける時があります。その時はこの仕事をしていてよかったと思います。感謝の言葉を頂けるととても嬉しく感じますね。

 

■会社の中では仕事に対するモチベーションの高さや考えが違うさまざまな方がいると思いますが、マネージャーとしてはどう考えていますか。
 私は「頑張りたい」と燃えているところですが、お子さんの年齢や家庭の環境で、働き方やモチベーションが個々で違うと思います。ただ、私の周りを見ている限りではそれでも仕事をしたいという方がほとんどですので、家庭もあるけど仕事もここで頑張りたいと思ってもらえるような環境を作りたいと思っています。悩んでいることがあれば相談にのり、何をどう改善して行けば良いのか確認し、チームのみんなのモチベーションを下げないような環境作りをしています。
  また、モチベーションが高い方は正社員になりたい、リーダー、スーパーバイザーになりたいという意識があります。電話応対だけがこの会社の仕事ではありませんので、チーム全体を管理したりと色々な事を経験してもらい、チャンスがあればどんどんチャレンジしてほしいということは話しています。

 

有賀さん
【インタビュー中の有賀さん】

 

■有賀さんは休日どのように過ごしていらっしゃいますか。
 休みの日は家の事で終わってしまうことも多いのですが、同じ山形県内でも色々と季節によって観光施設がありますよね。ショッピングも好きですが、癒されに遠出をしてドライブでリフレッシュしています。例えばバラ園など。他には友達と飲みに行きます。

 

■有賀さんの今後の目標をお聞かせください。
 まだ勉強中のところが多くありますので、まずは自分の業務を覚えることです。他チームと横のつながりを大切にしながら全員一丸となって頑張って行きたいと考えています。それにはまず、モチベーションアップ、スキルアップをして、良いオペレーションが出来るようなチーム作りを目指しています。 マネージャーとして成長しながら、この会社を大切にして働いていきたいと思います。

 

 


 

山形BPO

株式会社プレステージ・インターナショナル
  東京都千代田区麹町1-4 半蔵門ファーストビル2階(本社)
  山形県酒田市京田4-1-1(山形BPOガーデン)
  TEL 0234-41-2111
  http://www.prestigein.com/
 


    

 

 


2015.02.02::[メモ/今月のひと]
 
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マザーズジョブサポート山形
マザーズコンシェルジュ 須摩 幸江さん

女性の就労を応援するため、県と労働局が連携してサービスを提供するワンストップ就労支援施設「マザーズジョブサポート山形」を9月22日に山形テルサ内に開設しました。マザーズジョブサポート山形は「マザーズコーナー」と「マザーズコンシェルジュコーナー」の2つからなっており、県では「マザーズコンシェルジュコーナー」を運営しています。この度は、子育てや就職等で悩んでいる女性の手助けとなるマザーズコンシェルジュとしてご活躍されている須摩幸江さんにお話を伺いました。

 

【お仕事内容について】

■マザーズジョブサポート山形の事業内容を教えて下さい。
 マザーズジョブサポート山形は「マザーズコーナー(国:ハローワーク)」と「マザーズコンシェルジュコーナー(山形県)」の2つからなっています。以前からハローワークでは、子育てしながら就職を希望する人に対して求人情報などを提供するマザーズコーナーを設置していました。しかし、ママたちからは、お子さんの預け先を始め、仕事に就くまでの不安なことについて相談するところも欲しいという声がありました。そのような経緯から、仕事をする一歩手前の方、そろそろ子育てが一段落するので再就職を考え始めたという方などから、色々お話を伺うマザーズコンシェルジュコーナーを設置しました。このマザーズコーナー、マザーズコンシェルジュコーナーをワンストップで利用でき、ママが仕事に向かうために必要な情報提供をさせていただく総合相談窓口がマザーズジョブサポート山形です。
 また、お子さんをお預かりできる施設として「保育ルーム にこにこ」を設置し、お子さんと一緒に来られても、しっかりママのお話を聞くことができる体制を整えました。お子さんが隣にいると、どうしても話の腰が折れてしまい話しに集中できず、パソコン検索も難しい時があります。勉強したいけれどもお子さんをなかなか預かってもらえない、近くに手助けしてくれる両親がいない、でもセミナーを受けたいという時もご利用いただけます。面接の時など預け先がなく困っているという声も多かったので、面接の時にもお子さんをお預かりできる施設にしました。

 

■須摩さんはどのような業務をされていますか。
 私はマザーズコンシェルジュコーナーで、ホテルのコンシェルジュと同じで総合案内係、世話係といったようなことを行っています。主に、ママたちが知りたがっている情報を提供し、必要であれば色々な関係機関と連携させていただき、様々な不安を取り除くサポートをする役割を担っています。
 なお、求職活動に特化して相談される場合は、マザーズコーナーをご利用ください。書類の作り方や面接の受け方、また、ご自分で検索されたお仕事の内容について企業さんとのやり取りをしていただけます。

 

■マザーズコンシェルジュコーナーはNPO法人やまがた育児サークルランドで委託を受けておりますが、そちらではどのような活動をされていますか。
 私どもの団体、NPO法人やまがた育児サークルランドは、七日町のナナビーンズに「子育てランド あ〜べ」という親子広場を開設しており、それ以外にも地域の公民館と連携した家庭教育事業や育児サークルさんの手助け、ボランティアさんによる先輩ママの家庭訪問などをしています。ママたちが1人で悩まないこと、ママ同士の繋がりを持てるような場や活動する場を提供したり、学びの場として講座を開催するという事業を主に行っています。
 その中で、仕事をするにあたっての不安など、ご相談を受けることが多々あり、なんとかしなければという思いを持っていました。保育ルームも、元々「子育てランド あ〜べ」で託児室を併設しておりましたし、マザーズコンシェルジュコーナーにおいて私たちの今までの経験を活かすことができればと考えております。

 

■マザーズジョブサポート山形の「保育ルーム にこにこ」について教えてください。
 通常、火曜日、水曜日、木曜日の9時半から16時までをオープンさせていただいています(※要予約)。保育士の資格を持っている者と保育補助という形で保育経験のある者の2名体制です。元々私どもの団体の託児室で経験を多く積んでいるスタッフが担当しています。

今月のひと
【保育ルーム にこにこ】 【保育ルーム にこにこ】内部 定員6名
   
授乳コーナー キッズルーム
【授乳コーナー】 【キッズルーム】

 

■須摩さんは相談業務を担当されていますが、具体的には、どのような相談が多いですか。
 一番多い相談は、働き始めた際のお子さんの預け先についてです。実際のところ、仕事を探すのが先か、保育園を探すのが先かというジレンマで悩まれています。それから、保育園と幼稚園の違いや保育ママについて教えて欲しいという内容です。直接ご自分で見学に行って確かめるというのはハードルが高いことです。他には、再就職や転職を希望されている方からの相談もあります。
 仕事と子育てや家庭との両立については、なかなかご主人の手助けが得られないとか、今までは育児と家事だけで良かったものに仕事をプラスして本当に自分はやっていけるのだろうかという不安を抱え、皆さん悩んでいらっしゃいます。
 私の仕事は、お話をまずお聞きし、内容をトータル的に見て、必要であろう情報を提供することです。ママの気持ちを「こんな感じかな。」と汲み取ってアドバイスをさせていただくという、傾聴の部分が一番大きいと思います。

 

■アドバイスされた後、ママたちに変化などは見られますか。
 変わったというよりは、「お話しを聞いてもらえて良かったです。」とか、「色々な情報がもらえて良かったです。」というお声をいただきます。
 ご自分だけでは知り得なかった情報、例えば、保育や介護、看護などの仕事については、ハローワーク以外の看護協会や福祉人材センターなど関係機関の活動内容について説明して、専門的な分野にお取り次ぎしていますので、そういう声をいただけるのだと思います。
 また、母子寡婦福祉連合会、福祉人材センター、看護協会の方に月に1回巡回していただいています。新しく併設しましたセミナー室で個別相談という形で、ハローワークさんだけでは知り得ない専門職の方に向けてのお話をしていただけますので、保育や介護、看護の仕事を目指していらっしゃる方へは、「巡回日に合わせて来てみてはどうですか。」という話をします。
 先日、看護を目指している方からご予約をいただきましたが、仕事と家庭の両立といった共通の相談のほか、やはり看護は専門分野ですので、専門家の方に聞いた方がいいと思います。

 

■相談に来られる方が多い時間帯はありますか。
 午前中が多いですね。小さいお子さんをお持ちの方は、午後のお昼寝の前に来られる方が多いようです。9時半の窓口開始時間から、皆さんコンスタントにいらっしゃいます。お一人お一人にきっちり向き合って対応させていただきますし、5分、10分で終わる作業ではありませんから、どうしても午前中は少しお待ちいただく場合があります。
 逆に午後2時ぐらいからのお昼寝の時間にママたちは家事などをされるので、少し相談は減ります。夕方は、転職希望の方が仕事を終えてから検索に来られますので、またちょっと忙しくなります。

相談ブース
【相談ブース】

 

■今まで(10月17日現在)で、どのぐらいの人が相談に来られていますか。
 実際に相談窓口を利用された方は116名で、お子さんも入れますと230名の方に利用していただいています。付き添いとして、ご主人やおばあちゃんと一緒に来られる場合がありますが、付き添いの方についてはカウントしていません。

 

■付き添いの方もいらっしゃるんですね。
 ママ1人で、例えばまだ0〜3歳のお子さんを連れていらっしゃるのは大変なんですよ。ですから、おばあちゃんと一緒にとか、ご主人がお休みの日に一緒に来られる方もいらっしゃいます。

 

■色んな方がいらっしゃいますね。
 独身の方も、ご家族皆さまでいらっしゃる方も、本当に色んな方がいらっしゃいます。山形市内の方はもちろん、山形市外の上山、天童、河北、東根、寒河江の方も多く利用されています。

 

■相談に来られた方たちはマザーズジョブサポート山形の情報をどこで得られているのでしょうか。
 主にハローワークからの情報やHP、チラシ等ですが、今回、新聞やテレビで大きく報道されましたので、そこで情報を得て来られた方が多いです。

 

■京都府や群馬県などでも女性を対象としている同様の事業があるようですが。
 私たちもこの事業が始まる前に、京都や群馬に見学に行きたいと思っていたのですが、まだ叶っていない状態です。機会があれば他県の状況を見て勉強し、良い取り組みはこちらの事業に活かしていきたいと思っています。

 

■まだアップはされていませんが、マザーズジョブポート山形のホームページで「私にもできる!〜仕事も家庭も大切に〜」というのがありました。
 掲載についてはまだ準備中ですが、まず、ママたちに自分自身を大切にしてもらいたい、自分の時間を持ちながら家事も育児も仕事も楽しんで欲しいという思いから、このコンテンツを作りました。仕事を始めても、今まで通り家事についても完璧を求められたら、ママだけが大変なことになってしまって、最終的には「働かない方が良かったんじゃないか。」という気持ちになりかねません。そうならないようなアイデアを載せたいと考えています。

お仕事中の須摩さん
【お仕事中の須摩さん】

 

■どのような内容となるのでしょうか。
 相談内容として多いものをこちらでまとめて紹介したいと思っています。
 仕事と家庭・子育てを両立するのに不安に思っている事の中でも、ご主人の手助けが得られないということを挙げる方も多いですよ。ご主人にやって欲しいという度合いは、その人やその家庭でも違いますし、ママの時間の配分の取り方も、お子さんの性格やママの生活リズム、仕事の形態によっても全く変わってきますので、色んな工夫の仕方があることを掲載して、ママが仕事をするにあたってのヒントになればと思っています。

 

【須摩さんご自身について】

■今のお仕事に就いたきっかけを教えて下さい。
 「こういうお仕事もあるのでやってみませんか。」と声をかけていただいたのがきっかけです。今とは違う職種ですが、以前からずっと働いてきましたし、主人も私が仕事をすることに賛成してくれています。仕事の内容はどうあれ、まず仕事をしたいと思っていましたし、出来ればやりがいのある仕事に就きたいと思っていました。自分の今までのスキルを活かして働きたいし、もしスキルがなければ、今就いた仕事に対して何が足りないのかというのを自分自身で学びながら会社に貢献できるような仕事がしたいなと思ってきました。
 昨年は、講座の企画・運営するという業務を担当させていただいたのですが、今年のこのマザーズコンシェルジュとして働くことに活かされていますし、今まで体験した仕事も、今の業務に活かされていると思います。

 

■日々、やりがいを感じていらっしゃるんですね。
 時間にも追われ大変ではありますが、やりがいはあります。
皆さんそれぞれ、お仕事に就かれる事情が違うので、その方に合ったアドバイスを心掛けています。純粋に仕事がしたい方もいれば、金銭的なことや生活のために、子どものためにという方もいらっしゃいます。皆さん色んな事情がありますので、「無理せず、ご自分に合った仕事を選ばれた方がいいですよ。」とアドバイスしています。
 「やりがいがあるから、子どもを預けてフルタイムで働きます。」と言っても、頑張り過ぎて具合が悪くなってお休みすることになると、家族全員に大きな影響が出てしまうこともあります。

=
【インタビュー中の須摩さん】

 

■働きたいと考えている女性に、また、ここに来ることさえも悩んでいる方にメッセージをお願いします。
 ここに来られる方は、一歩踏み出した方です。さらに一歩踏み出した方がナビを検索したり、ハローワークでお話しをされたりしています。
 その一歩の後押しを私たちがさせていただきたいと思っています。最終的には就職に向かって行動するということですが、私たちの窓口は、「仕事のことだけでなく、どんなことでも構いません。気軽にお話しに来てみませんか。」というスタンスにしています。
 誰かに話をしたい、相談したいと思っている時に、「ここがありますよ。」という場にしたいと思っています。お友達感覚と言いますか、リラックスして相談していただけるような空間でお迎えしたいなと思っています。
 カウンターで面と向かってお話しするのは、結構緊張しますよね。私たちは、横に並んでお話しをしたり、お子さんがぐずっている時は保育ルームの中でお話しをさせていただいたり、その時と場合に応じた相談スタイルを取らせていただいています。

 

■では最後に、今後の目標を教えて下さい。
 聞かれた時にすぐお答えできるように、日々勉強していかなければならないと思っています。せっかく出来た窓口ですから、「あの窓口なら、もう行かなくていい。」ということにならないように、今後ここをママたちが来て良かったなという場所にしていかなければいけないと思っています。
 私たちだけではなかなか解決できない問題もありますので、各関係機関やハローワークとも、お互いに情報交換や勉強をしながら連携し、ママの就職に向かって手助けしていきたいです。

 


 

マザーズジョブサポート山形</a> style=
 


マザーズジョブサポート山形
 〒990−0828
   山形市双葉町1−2−3ハローワークプラザ山形内
    TEL 023−665−5915
    FAX 023−665−5918
    http://m-job.yamagata.jp/

 

 

 

 


2014.12.01::[メモ/今月のひと]

 

今野 広康 さん

 県立職業能力開発施設卒業生
 西村鉄工株式会社   今野 広康 さん

 県では、4つの県立職業能力開発施設(産業技術短期大学校山形校・庄内校、山形職業能力開発専門校、庄内職業能力開発センター)を設置し、日々、学生たちが就職に向けてものづくりの技術を学んでいます。
 平成23年度に庄内職業能力開発センターの金属技術科を卒業された今野広康さんは、現在西村鉄工株式会社に勤務されています。日々仕事をするうえで意識されていることや学生時代のお話などを伺いました。


【お仕事内容について】

■お仕事内容について教えてください。
 我が社では、鉄骨及び建築金物・鋼構造物・機械機器・設計・製作・施工に至るまで、主に鉄鋼、鉄に関連した仕事をしています。仕事内容は、施工図、原寸、ケガキ、切断、穴あけ、溶接、組立、建方(たてかた)まで、現場で物件が建つまで鉄に関することは全て行っています。
 私は、働いて3年目になりますが、主に溶接をしながら、原寸やケガキも先輩方から教えていただいて少しずつやっています。先輩方からも溶接はよく頼まれますが、腕前は自分ではまだ人並だと思っているので、これから技術を磨いていきたいと思っています。

 

【原寸】 【ケガキ】
   【工場2階の原寸場全面に描かれている原寸】
※原寸・・・建物に必要な鉄板などの材料を、実物
      と同じ寸法で描くこと。
              【ケガキ】
※ケガキ(罫書き)・・・鋼材に、切断や穴あけのため
             の印をつけること。


学生時代は資格をたくさん取られていたようですが、何か意識していたことはありますか。
 まず、「手に職をつける」ということを一番に考えていました。自分が決めた会社や仕事に、自分の資格がどれだけ有効に働くかを考え、進んで資格を取りましたし、常に作業工程を考えて、次の仕事や工程を効率良くできるように全体の流れを考えて取り組んでいました。
 仕事でも、どうすれば、どの段取りでやればスピーディーに作業ができるか常に考えています。


常に「どうしたらいいか」を考えていらっしゃるんですね。 社会人3年目ということですが、そろそろ仕事の楽しさや難しさ、厳しさなどを感じていらっしゃるのではありませんか。
 楽しさというより、自分が手掛けた現場に立った時に「これは私たちが建てたんだ」と一番の喜びを感じます。みんなで協力し合って建てた時の達成感は大きいです。鉄骨は建物として出来上がると壁で見えなくなりますが、構造は全て鉄骨が基になっているので誇らしく思います。
 仕事内容で厳しいと思ったことはありません。先輩からも、最初は何でも優しく教えていただきました。間違っていればもちろん厳しく指導されますが、先輩から言われたことを踏まえて、「次はどう工夫すればもっと早く、より良いものができるか」など自分で考え、工夫しながらやっています。
 厳しさを強いて言うなら、夏は暑く冬は寒いという環境でしょうか。暑い時は体調管理、熱中症に注意しなければなりません。社長や会長からも「身体が資本」、まず自分の身体を大事にするように言われています。水分補給と適度な休憩を取り、自分で体調を見ながら作業しています。寒い時に現場に出る時は、防寒をしっかりします。また現場では高いときには20メートルぐらいの場所での作業になりますし、雪が降ると鉄骨は滑るので注意が必要です。


夏暑く冬寒い環境であり、また危険を伴うお仕事ですが、続けられるというのはなぜでしょうか。
 「自分が作っているんだ」という誇りが一番大きいですが、一方で会社に貢献したいという気持ちも常に持っています。最初に選んだ企業ですし、簡単に辞めるわけにはいかないと思っています。


なぜ西村鉄工株式会社を選ばれたのですか。
 企業見学に行った時に、自分の技術を活かすことができるという印象を受け、この会社に就職したいと思いました。作業員一人ひとりの個性と技能がとても高く、自分もこの企業で学生の時以上に技能を磨いて活かしたいというのが一番大きかったです。他の会社は考えませんでした。

 

【西村鉄工株式会社 代表取締役 西村 徹さん と 今野さん】
【今野さんと西村鉄工株式会社 代表取締役社長 西村 徹さん】


一年の中で、特に忙しい時期などはありますか。
 お盆前や仕事納めの12月末に一番仕事が集中します。「お盆前に、年をまたぐ前に」というお客様の要望が多いです。


一日のスケジュールを教えてください。
 8時から作業に入りますが、みんな早めに出勤して、朝礼、体操をして、KY(危険予知)ミーティングを行い、1日の仕事の注意事項や改善点を見つけて共有し合っています。一歩間違えれば危険な作業になるので、リスクアセスメントのステップとしてKYミーティングは毎日行っています。
 それらが済むと、物件の原寸を描く人、段取りをする人、ケガキをして切断する人など、それぞれが自分の作業に移ります。納期が近い場合や忙しい場合は、9時頃まで残業することもありますよ。また、工場内の作業だけでなく、現場での組立作業もあります。


現場の組立作業もされているということは、今野さんは一通りの作業は出来るということですね。
 出来ますが、まだまだです。全て経験がものを言います。慣れというか、実際に自分の手で作業して、初めて得られものです。

 

【天井クレーン】

◆ 工場には、たくさんの機械や工具、鋼材が並んで
  います。

◆ 工具や機械は、業界用語のほか、同じものでも企
  業によって呼び方が違うそうです。

【穴あけ加工機】
【天井クレーン】 【穴あけ加工機】
   
【ケガキ作業】 【半自動溶接機】
【ケガキ作業】 【半自動溶接機】
   
【アングルカッター(シャーリング)】 【バンドソー】
【アングルカッター(シャーリング)】
必要な寸法に鉄板(短いもの)を切断する機械。
【バンドソー(切断機)】
H形鋼やコラムなどの鋼材を切断する機械。

 

組立では何人かで作業されると思いますが、何か意識していることはありますか。
 会社全体でチームワークを意識しています。朝礼の際に、「今日一日安全作業を心がける、技術と品質の向上を心がける、コストダウンを心がける、和やかな職場であるように心がける」の4つの「職場の誓い」をみんなで唱和して気持ちを一つにしています。何事もチームワークが大切だと思います。


学生時代と今では、責任の重さが違うと思いますが、どのように感じられていますか。
 資格を取る時の練習であれば失敗は許されますが、仕事において失敗は許されません。お客様の要望にそれぞれ合わせた臨機応変な対応も必要ですし、プレッシャーは大きいです。
 もちろん、仕事を始めた頃は切断ミスや寸法ミスもありましたが、今は2度確認するというように改善しています。常日頃から、会社でも「ヒヤリハット」の事例があった場合、それを次に活かすために紙に書いて提出し、改善点を見つけて共有しています。
 また使用する機械や工具、自分の動作についても「ヒヤリハット」事案やミスのないように始業前点検を徹底しています。

※ ヒヤリハット ・・・ 危ないことが起こったが、幸い災害には至らなかった事象のこと。

 


【庄内職業能力開発センター(以下、センター)の学生時代について】

入学したきっかけを教えてください。
 この学校では必ず資格を取ることができるので選びました。当時、不況だったということもあり、まず資格を持とう、自分の力になるものは全て覚えようと思ったのがきっかけです。


センターでは色んな勉強をされたと思いますが、なぜ溶接を選ばれたのでしょうか。
 私は器用な方ではありませんでしたが、子どものころから手を動かすことが好きで、家にあった溶接の機械で溶接作業をしたりしていたので、溶接が自分に合うのではないかと思ったからです。


学生生活や学校の印象を教えてください。
 私の学んでいた金属技術科は、同じ学生ではありますが社会人経験者など色んな人がいて、最初は少し戸惑いましたが、定員が20名という少人数で良い雰囲気でした。最初のオリエンテーションで、年齢は関係なく同じ学校に入った同級生ですから、一年間頑張ろうと話し合いました。社会人経験者の方からは、会社の環境や、様々な年齢層の方たちとどう接していけばいいかなどアドバイスをもらいました。何事も会話やコミュニケーションが大事ですね。物怖じせず積極的に大きな声で話すという姿勢が大切です。仕事でもそうですが、大きい声を出さないと伝わらないものもありますので。


学習環境についてお聞きします。設備的にはどうでしたか。
 設備は充実していると思います。機械で言うと、アーク溶接機、半自動溶接機、レーザー切断機がありますし、車を覆って塗装ができる大きな機械など一通り全部揃っています。
 11月までに全体で基本を学び、12月頃から溶接や塗装などそれぞれの分野で、より専門的に学びました。先生からは、「次の資格を取るために、こういう溶接をするといいよ」など様々なアドバイスをいただきました。


入学していつ頃進路を選択するのですか。
 私が決めた時期は、企業見学を終えた11月頃です。企業見学でこの会社を訪問した際に「ここで働きたい、ここでは溶接を絶対使う」と思い、溶接を専門的に学ぶことにしました。元々学校では、卒業すればアーク溶接の資格を取得できますが、それにプラスして、企業に活かせる資格が欲しいと思い、半自動溶接の資格も一緒に取りました。学校で学んだ技術は、全て今の仕事に活かされています。

 

【溶接作業中の今野さん】
【溶接作業中の今野さん】
保護面を装着すると光以外見えないので、最初に溶接個所を覚えて光を頼りに作業します。

 

【溶接した柱】 【溶接したパイプ】
【溶接した柱】
3つの鋼材(コラム、H形鋼)を溶接している
【U形に溶接したパイプ】


会社の中で、今野さんと同年代の方はいらっしゃいますか。
 同い年が1人、1つ下が1人います。1つ下は同じ庄内職業能力開発センターの後輩です。毎年、我が社には学校からの見学者が来るので、ツアーアドバイザーも務めました。


見学の際には学生の方からたくさん質問があると思いますが、今野さんご自身が見学に行った時はどうでしたか。
 開先加工機の使い方や、「この会社では、この工程ではどういう風に組みあがるんですか」など、疑問に思ったことは積極的に聞きました。

 

【開先加工機】 【作業場】
【開先加工機】
 材料の先端を溶接するために斜めに削る機械
【作業場】


職場でも積極的に自分の意見をおっしゃっているんですか。
 相手の考えている事と別のことを私が考えている時は、その都度意見のすり合わせを行い、どちらが良いのか話し合いをします。
 ホウレンソウ(報告、連絡、相談)もまめに行います。これもチームワークにあたりますが、私の場合、まず材料ができたら先輩に確認してもらい、分からないことがあったらその都度、連絡・報告するという流れです。1つのミスが周りに迷惑を掛けるので、こまめに確認します。


これからセンターに入ろうと考えている人に、どのような事を伝えたいですか。
 「目標を作ること」そして、「目標に向かって進んで技能を磨くこと」です。就職に関しては、資格のない人より持っている方が断然有利なので、大変でも積極的に学び、資格を取って欲しいと思います。また、自分から進んでコミュニケーションを取って欲しいと思います。会社に入ってもそうですが、やはりコミュニケーション、話し合いは大事です。

 

【インタビュー中の今野さん】
【インタビュー中の今野さん】

 


【これからについて】

今後、取得予定の資格はありますか。
 私は現在、学生時代に取った資格も含め、半自動溶接、アーク溶接、玉掛、天井クレーンの4つの基本級の資格を持っていますが、それぞれ専門級の資格に挑戦したいと思っています。まずは溶接の専門級である横向の資格を取りたいです。


お仕事をしながら資格を取っていかれるということですが、資格の練習はいつされているのですか。
 仕事が終わった後や休み時間を利用して、試験の2週間、1週間前から集中して練習を始めます。先輩にアドバイスをもらいながら取り組んでいます。最初は自分で取り組み、失敗しても、それを改善していくことが大切だと思います。


最後に、今野さんの今後の目標を聞かせてください。
 日々、私自身の技術は向上していると思いますが、先輩たちと比べると、まだまだ覚えていかなければならないことがたくさんあると感じています。技能向上はもちろん、今は後輩もいますし、自分が上に立つという責任を重く受け止め、これからもっと頼られる人材になりたいと思います。

 


 

西村鉄工株式会社
 


西村鉄工株式会社
 〒998−0875
   酒田市東町1−8−5
    TEL 0234−24−2255
    FAX 0234−24−2256

 


    

 
2014.10.01::[メモ/今月のひと]

 

白石 祥和さん

 特定非営利活動法人 With優 代表
 置賜若者サポートステーション
  総括コーディネーター
     白石 祥和 ( しらいし よしかず ) さん

 若者サポートステーションは主に働くことに悩みを抱えている15歳〜39歳までの若者に対し、就労に向けた相談、支援を行っています。山形県内には3か所(酒田、米沢、山形)あり、厚生労働省が認定した全国の若者支援の実績やノウハウのあるNPO法人、株式会社などが国及び県から委託を受けています。置賜若者サポートステーションはNPO法人With優で運営しており、独自の活動と合わせ若者の就労支援をしています。若者のため、地域をよくするため活動する白石祥和さんにお話しを伺いました。


■With優と置賜若者サポートステーションの事業内容について、お聞かせください。
 With優はフリースクール、置賜若者サポートステーション、カフェレストラン、会員制の居酒屋、女性限定のフリースペースという5つの事業を中心に活動しています。
 法人として、「地域のどんな人も自分らしく生きていけるような地域社会」を目指しています。地域で支え合えるような繋がりを子どもや若者と一緒に作っていきたいと思い、このような事業を展開しています。その中でも学校に行けない、なかなか就労に結びつかないニートや引きこもりなどと呼ばれる若者の自立支援を中心に行っています。
 事業の一つである「置賜若者サポートステーション事業」は、国から認定を受けて今年で5年目を迎えました。これから就労を目指す15歳から39歳までの若者や、職を転々としてきた若者が将来自立できるように相談などを中心に就労のサポートをしており、これまで延べ人数で約500人の登録者がいます。


置賜若者サポートステーションでは相談だけでなく、職業体験や職場見学などもされていますが、企業とのやり取りはどうなされていますか。
 私は、この町で生まれ育ったのでたくさんの知り合いがいます。企業や地域の方も、不登校に限らず地域の子どもや若者を育てていかなければならないという意識を持っておられますし、飛び込みで行っても、今、With優は広く周知されているので、受け入れてもらいやすい環境にあります。また、様々な講演をさせていただく機会も多くあるので、社長さん伝手に紹介してもらう事もあります。時には、社長さん方に居酒屋に飲みに来ていただいて話をするということもありますよ。


■そのような活動をして受け入れ先を開拓されているのですね。
 社会、企業が求める即戦力に若者を育てるというよりは、働きながら一緒に育ててくれる企業や社長さんを多く見つけた方が若者にとっても、地域としても良いと思っているので、なるべくそういう形を目指しています。

 

【With優のパンフレット】 【置賜若者サポートステーションのパンフレット】
【With優のパンフレット】 【置賜若者サポートステーションのパンフレット】

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■企業の方も、引きこもりなどの若者たちをどうにかしたいという気持ちがあったということでしょうか。
 法人を立ち上げる時はなかなか理解してもらえないこともありましたが、実績が出てきて広くメディアに取り上げていただく中で、協力してくださる方が多くなってきたと思います。昨年だけでも、ポスターやリーフレットを置いてくれるという事業所が置賜地域で1000カ所以上ありますし、職場見学や就労体験を受け入れてくれるところも100カ所以上あります。
 知り合いの伝手もそうですし、色んな社長さんの力をお借りして、若者がある程度やる気になったら、いつでも受け入れてくれる素地を団体独自で作っておかなければならないと思っています。


■With優の事業として会員制居酒屋の“居酒屋結”をされていますが、置賜若者サポートステーションを利用されている方がスタッフとして働かれているのですか。
 居酒屋は、サポートステーションを運営してから約3年が経った平成25年2月にオープンしました。就労支援をしてもなかなか支援の場から外に出ていくことが出来ない、一回頑張って外に出たけれど、また何らかの形で支援が必要になったというような若者に対して、実践的なトレーニングをサポートする必要性を感じ、法人独自の事業ですが、サポートステーションを利用している方の1プログラムとして居酒屋でトレーニングをしています。今トレーニングしている若者は、メニューを考えてそれを作って発表するなど、運営面にも関わってもらっています。

 

【居酒屋結 外観】 【営業中の様子】
【居酒屋結 外観】 【営業中の様子】


■居酒屋をトレーニングの場にしようとしたきっかけを教えてください。
 面白そうだったからというのはあるのですが、相談しているだけでは、ほとんどの人が就労できないという実態があります。就労支援をする中で実践的なトレーニングをする場と就労後も繋がり続けられる場が必要だと思ったのがきっかけです。
 就労するまでというより就労した後に本当の壁にぶつかる若者が多いので、そういった時に気軽に相談に来ることができる場として、また、友達がいない、友達が少ないという若者が非常に多い中、仲間作りや交流ができる場所が夜にほしいと考えました。就労した後も繋がり続けられるという視点と、就労まで実践的なトレーニングができる場所ということで法人独自で居酒屋をスタートしました。


■白石さんは居酒屋結について、「失敗を許されない社会だからこそ、失敗できる場所を作った」と言っておられますが。
 サポートステーションは、就労経験が全くない若者、色んな過去や背景を持っている若者が利用していますが、その出口として、昔のように丁稚奉公のような職業訓練的なところは少なくて、即戦力を求められています。せっかく入口まで辿り着いても失敗して自信をなくし、またサポートを受けて出て行くけれど、即戦力ではないからと辞めさせられる若者が多くいます。
 「失敗できる場所を作ろう」というのは、居酒屋を立ち上げる時に、当時サポステを利用し、このプロジェクトに参加していた7名の若者から出てきた言葉です。居酒屋の目標を何にするかみんなで話し合いをしている時に「失敗しても良い」というのを目標にしたいということでした。私自身、失敗を繰り返して、社会に出られない出たくない、出たいけれども出られない若者の姿や気持ちを目の当たりにして、そういう目標も良いなと思いました。


■引きこもりの人や就労を目指す方から、本音を引き出せたのはどうしてだと思われますか。
 引き出せる何かスキルがあるというわけではありませんが、NPO法人なので、普通の企業や行政とは違い、枠がなく、何でも出来るというところが大きいと思います。一緒に飲みに行ったり、支援している人の自宅に行ってみんなで宴会をしたりということもあります。支援者と利用者というよりは同じぐらいの年代ということで、若者による若者の支援、仲間という感覚です。
 私たちは一緒に考えていくというスタンスですし、若者自身が元気になるというのが一番大事だと思っています。やはり、自分を受け入れてくれる場所や人がいるというのは大切な事です。もちろん厳しく話をすることもありますが、居酒屋で働く若者は仲の良いチームですね。

 

【居酒屋結で働く若者:調理中の写真】
【居酒屋結で働く若者:調理中の写真】


■相談だけでは支援として足りない、それを超えた色んな関わり合いを持ってこそ、本当の支援に繋がるということなのでしょうか。
 就労することは自分の役割を持つ上で、もちろん大切だと思いますが、就労だけを目的にはしていません。就労したから終わりではなく、就労した後の支援が大事だと思います。就職や自立に向けて行動している時には、誰か伴走していく人が必要です。


■求人倍率が以前より高くなっていることに伴い、若者を取り巻く環境や若者自身の特徴に変化などありますか。
 求人倍率が高くなったと言われていますが、アルバイトやパートタイムばかりでは、自立や結婚などはなかなか難しいので、一概に求人倍率だけでは判断できません。実際、正社員の枠は本当に限られています。法人の課題でもありますが、企業と連携をする中で、自立に向けてモデル的に自分たちがやっていければと思います。
 若者に限らず、法人では学齢期の子どもたちとも関わっており、その中で格差の大きさを実感しています。就労を目指すにしても、何にしても、家庭というのは基盤になると思いますが、そこが揺らいでいると感じています。就労している大人の姿を知らないというご家庭もありますし、難しい問題です。


■こちらのホームページを拝見したとき、かわいらしい絵がたくさんあり、とてもアットホームな感じを受けました。
 自分がもし利用者だったら、例えば「不登校」や「引きこもり」の文字がトップページに書かれていたら、あまり行きたくないなと思ってしまいます。それなら、ホームページを明るいイメージにすることによって、利用しやすくなるのではないかと考えました。
 居酒屋以外にもカフェレストランを就労支援の場としていまして、こちらも気軽にみなさんに来ていただけるよう、ホームページのデザインを考えました。パンフレットやチラシも、パッと見た時に、「行ってみたいな」とか「ちょっと見てみようかな」というようなものを作るように心掛けています。中身はもちろん大事ですが、就労、面接でも第一印象、見た目は大事な要素だと思います。


■カフェレストランも、利用者の方が働いていらっしゃるんですね。
 トレーニングとしてやっています。NPOでやっているレストランではありますが、他のレストランには味もサービスも負けたくありません。


■女性のフリースペースの企画もされていますが、女性のニーズがあったということで作られたのですか。
 女性は男性と違って、20代、30代で結婚や出産など色んな変化がありますし、また、離婚して就労しようとしてもなかなか厳しいところがあります。そういう方の中には、今すぐ就労を目指すのではなく、まずは居場所や仲間を必要としている方も多くいます。支援者と利用者という関係ではなく、繋がりを持てる場があればと思い、裁縫や調理などを週に1回するフリースペースを設けています。


引きこもりなどの若者がいきいきと生きていくために必要なものは何でしょうか。
 
若者には「役割」が必要だと思います。
 みんな「外に出たい」「自立したい」という気持ちは少なからず持っていますが、周りは「自分が必要とされている」「求められている」という環境ではないことが多いです。そのため、例えば引きこもっている若者の家を訪問した時、「そろそろ外に出られるんじゃない?」と言うのではなく、「すごく困っていることがあるんだけど、力を貸してくれないか。」と声掛けをし、その人ができそうな仕事をこちらで準備して手伝ってもらうようにしています。今は仕事を提供してくれる事業所が増えてきたので、引きこもっている若者に関しての引き出しは多くなってきました。

 

【インタビュー中の白石さん】
【インタビュー中の白石さん】


就労を体験することや自分が求められていると感じると変わりますか。
 
「どのくらいで変われるか」とか「どのくらい変わったか」ということは別にしても、変わらない若者はいません。
 働いていて嬉しい事の一つは、給料をもらえること、自分がやったことに対して評価されることですよね。実際にその様子を見ていると、ボランティアではなく、自分がやった分だけお金がもらえる、それが今はまだ就労とは言えない段階であっても、評価されることは大切なのだなと思います。


若者だけではなく、家族に対しても何かアプローチされているのでしょうか。
 
こちらに最初に相談に来るのは保護者の方ですし、親との関係性が少し課題になっている家庭では、お父さんが結構キーマンになっているところも多いので、昨年は「おやじの会」というお父さんを対象にした研修と飲み会をやりました。


お話を聞いていると全然休まれていないようですが、一日のスケジュールを教えていただけますか。
 
日曜祝日を休みにしていますが、相談は、時間に関係なく土日や夜も含めてあります。窓口が9時から5時では来られない方もいるので、なるべく色んなニーズに対応できるように、休みは関係なく動いています。
 法人としての事務的な仕事は夜にしているので、晩御飯を家で食べるということはまずないですが、今は、やらなきゃいけない、やるべきことがたくさんあります。
 スケジュールは、その日によって違いますが、日中はこちらで相談業務や企業との調整もしますし、出張など外での仕事も非常に多いです。私は山が好きなので、春は出勤前に山でタケノコを採って、それを居酒屋で出したりして、趣味と実益を兼ねています。

 

【スタッフの方とお仕事中の写真】
【スタッフの方とお仕事中の白石さん】


白石さんが様々な事業に挑戦し続けられる源、その根底にあるものは何でしょうか。
 
私の法人は、地域づくりを目的にやっていますし、自分の生き方を考えた時に、この地域で生きていきたいという思いがあります。その地域がどんどん衰退し、地域力が弱くなると学校や企業ばかりでなく、地域そのものがなくなってしまいます。自分がここで生きていきたければ、この地域を守っていかなければと思います。
 現在も、失敗を繰り返して、深刻な場合は自殺を考えるなど、本当に苦しんでいる若者がいます。目的の一つは就労や自立ですが、実際はそんなに甘いものではないと思いますし、山形でも20代30代の若者の自殺者数が多いので、そういう社会は避けたいと思い活動しています。


白石さん自身、このお仕事をされるまでの3年間、様々な経験をされたということですが、それが今になって活きているという面もあるのでしょうか。
 
今こういう仕事をさせていただいているのも、自分で切り開いてきたというよりは、地域の人が応援してくれたことが大きいですし、私の場合は運が良かったと思います。
 私は大学卒業時、「この仕事がしたい」というはっきりしたものがありませんでした。ただ、米沢で生活していきたいという思いはあったので、公務員や消防士になろうかなと思っていたのですが叶わず、先が見えない状態で転々としました。しかし今になって思えば、20代半ばの3〜4年間で、海外でのボランティア活動や様々な仕事をして自分の生き方を考えられたというのは良かったですし、そういった経験が今活かされているところがあるのかなと思います。私の場合は家族が応援してくれましたが、やはり誰か一人でも理解者がいてくれるという事は心強いですね。


With優を設立しようとした時、不安はなかったのですか。
 
不安は特にありませんでした。色んな仕事を経験し、健康で仕事を選ばず「何でもやる」という覚悟があれば、食べていくことはできると思いました。
 人生は一度きりで時間は限られています。それなら20代や30代で自分にどういうことが出来るのか、協力してくれる人と一緒に何が出来るのかを考え、挑戦したいと思っています。
 実は、フリースクールを始めた頃は、どこからも補助はないし、毎日働いても月の給料は1万5000円とか2万円という時もありました。これはまずいということで、朝は魚市場で働いて、夜は家庭教師をして何とか生活していました。今、またその生活をするのは無理かもしれませんが、何とかしようと思ったら、何とかなるものです。


■最後に、お仕事をされてきて、やりがいを感じるのはどのような時でしょうか。
 
やりがいというものを意識したことはありませんが、この仕事は楽しいので大変でも続けられます。子どもたちや若者が来てくれるように色んな事業をしていますが、それでもまだ来られない人がいたら、どういう活動や事業があれば良いのか考えてチャレンジしていかなくてはならないなと思っています。

 


 

With優
 


特定非営利活動法人 With優
置賜若者サポートステーション
 〒992−0075
   米沢市赤芝町字川添1884
    TEL 0238−33−9137
    FAX 0238−33−9138
    With優 HP:http://www.with-yu.net/
    サポステ HP:http://okisapo.com/

 
2014.07.30::[メモ/今月のひと]

 

鈴木 專さんH26-6.suzukisann-top.jpg  黄綬褒章受章
 鈴木專建具店 代表 鈴木 專 さん

  鈴木專さん(鈴木專建具店・山形市)は木工建具の製造
 に半世紀以上も専念されており、その功績が認められ、
 この度、平成26年度春の褒章で黄綬褒章を受章されまし
 た。見るものを魅了する組子の建具の数々。そのような
 美しい建具を作ってもなお、日々勉強と語りさらなる技術
 を追い求め続ける鈴木さんにインタビューしました。


鈴木さんが建具製造を目指されたきっかけを教えてください。
 鈴木常助家具店という家具屋さんで2年近く働いた後に、弟子を欲しがっていた渡辺建具製作所の方から声が掛かり、建具職人の道へ進みました。そこには、結婚して昭和38年の1月1日に独立するまでの約9年10ヶ月お世話になりました。初めの4年間は見習いで、後の5年弱を職人として働きました。

■修行されて約10年で職人として独立されていますが、組子の技術は修行時代に習得されたのですか。
 組子は建具の弟子時代に、ほんの少しだけしか習わなかったのですが、とても興味を持っていました。弟子時代は組子の少ない普通の建具を作っていましたが、独立したのをきっかけに少しずつ自分で勉強して技術を磨きました。

【鈴木さんが今まで手がけた中で、一番好きな作品であり、力作という衝立(ついたて)】

【中央の組子細工の拡大写真】

【中央の組子細工の拡大写真】

 グラデーションにこだわってデザインされています。

 【衝立(ついたて)】
   鈴木さんが手がけた中で、一番好きな作品であり、力作とのことです。


■組子などの技術は大変高度で、なかなか習得しにくいと聞いていますが、鈴木さんは独学で習得されたのですか。
 私の場合は独学です。基礎程度しか習わなかったので、独立した当初は障子などにポイントで1つぐらい組子を入れる程度でしたが、試行錯誤することで段々と様々な組子を覚えていき、少しずつ難しいデザインに挑戦しました。
 その頃、山形県の展示会に出展しようと決意し、展示会の1年ぐらい前から構想を練って、組子細工を施した建具を作りました。

■普段のお仕事内容と一日の過ごされ方を教えてください。
 昔は一般建具を作っていましたが、最近では社寺仏閣の建具を専門に作っています。もちろん今でも、社寺仏閣の仕事の合間には衝立(ついたて)などの一般建具も作ります。
 最近は朝8時半ごろから夜は7時ぐらいまで仕事をしていますが、夢中になると時間が分からなくなって9時になることもあります。時間は関係なく、起きていれば一日中仕事をしています。作っている時は「退屈だ。早く止めよう。」などと思うことなく、どういう風なものが出来上がるか考えて、楽しみながら仕事をしています。

【お仕事中の鈴木さん】
【お仕事中の鈴木さん】
作業場には、用途別に何台もの精密機械が並んでいます。


■一般建具を作られていた鈴木さんが、社寺仏閣などの仕事を手がけるようになったのは、どういういきさつでしょうか。
 2人いる娘のうちの1人がお寺に嫁いだ際に、花嫁箪笥の代わりとして贈った組子細工を施した建具が、法事などで全国から集まった方々から評判になったそうです。
 たまたま、そこのご住職と親しくされていた福島県南相馬市の太田山岩屋禅寺のご住職もご覧になり、他の組子細工の建具の写真を送って欲しいというので、PRも兼ねて写真など色々送りました。しばらくして、ご住職が山形に用事があって来られた時に、私の家に訪ねて来られ、私の母の法事の引き物として作った組子のお盆を見て、「そんなに素晴らしい品物を引き物にされるんですか」と大変気に入ってくださいました。そのときちょうど本堂を新築されているところで、建具の依頼を受けたのがきっかけです。それから色々なお寺の依頼をいただくようになりました。

■それはいつ頃ですか。
 平成7年です。ご住職は、のちのち文化財に指定されるような凝った社寺を作りたいとの考えで、あちこちから職人を集めていました。図面も一流の先生が描いたもので、本当に素晴らしいものでした。その仕事では、仕上がりを大変気に入っていただき、感謝状をいただきました。

■高い技術が認められたのですね。社寺仏閣などの仕事で失敗したことはありますか。
 社寺仏閣の場合は、特殊な材料を使用します。材料は支給された分しかないので、失敗は絶対に許されません。作業場で建具を作って現場に持って行き建て付けをするのですが、実際そこにしっかり入るかどうか、収まるまでが心配です。

■鈴木さんは、古くからの花狭間様模(はなざまもよう)をアレンジしたりと、様々な独自のデザインを考案されていますが、これらのデザインはどうやって考えられたのですか。
 最初は簡単なものから作り、徐々に複雑なデザインのものを作れるようになりました。特別にデザインの勉強をした事はありませんが、やっていく過程で自然に思いついたというか、「こういう風に組んでいくと、周りも引き立つかな」と考えて、色々工夫し多くの枚数を作るうちに思いついたデザインばかりです。私は、誰かの作品を参考にしたことはなく、頭の中に思い描くデザインを、そのとおりに組み立てています。

【製作中の衝立(ついたて)】

  

【拡大写真】

 

【拡大写真】
    正三角形の中に小さな部品を組み込むことで、
   思い描いたデザインを形にしていきます。

【製作中の衝立(ついたて)】  


■独学とは言え、基本をしっかりされているからこそですね。頭の中にデザインがあるとのことですが、設計図などは作られないのでしょうか。
 設計図は描きません。寸法が普通住宅のように決まっているものであれば、デザインもある程度想像がつきますが、衝立(ついたて)ですと大きさも様々なので、「こういうものを作ろうかな」という大まかなものがあるだけで、あくまでも頭の中のイメージで作ります。作りながら細かいデザインを考えるので、ある程度大きな物でも、製作途中で気に入らない箇所が出てくれば、壊して作り直すこともありますよ。

■これまでの功績が認められて、黄綬褒章を受章されました。おめでとうございます。受章された感想をお聞かせください。
 私は頑張って作ってきただけで、表彰など考えたこともありませんが、大変名誉なことでありがたいです。賞は、今までずっと一緒に頑張って支えてくれた妻と2人で半分ずついただいたと思っています。

■お仕事もお二人で分担されているんですね。
 私と妻以外誰もいないので、機械で細かい部品を作り、組子は2人で作業しています。組子の基準となる骨組みは、正六角形、正三角形、縦横の真金組(まがねぐみ)、デザインが豊富な菱組(ひしぐみ)など色々あり、そこに組んでいく部品は大変細かく繊細なものです。実は、組子の組立作業よりも部品を作るのが大変なので、部品の大きさや用途によって機械を使い分け作業しています。

【鈴木さんご夫婦】
【鈴木さんご夫婦】


■後継者の育成の現状はどうなっていますか。
 育成していかなくてはならないのですが、我々の弟子の時代と違って、実際に仕事が出来る出来ないに関わらず、ある程度生活出来るように給料を払わなくてはなりません。仕事が忙しくて有り余っているという事なら話は別ですが、今、建築業界はそういう状況ではありません。みんな自分の仕事で精一杯で、私も指導して教える余裕がありません。建具職人を目指して修行される方は、大学で学ぶように学費を払うつもりで来てくれると一番いいのですが。

■需要は少なくなっているというのが現状でしょうか。
 今、建築中の住宅の多くは既製品で、必要な材料は初めからセットされているので、我々のように手作りの建具の出番は少なくなっています。例えば障子などは、紙を貼るのが面倒だし破れてしまうと敬遠されがちです。でも今は、破れにくい紙もありますし、障子紙は通気性もよく、光を通し、断熱効果もあるので、皆さんに使っていただきたいですね。

■今までを振り返って、つらかったことや大変だったことはありますか。
 仕事は、本当に楽しくて夢中でしてきたので、つらいと思ったことはありません。つらかったと言えば家具店の弟子時代です。修行先のお子さんをおんぶして子守をしながら茶箪笥や箪笥を作っていたので、道路で高校生になった同級生に会いそうになると隠れたという経験もあります。でも、弟子時代に身につけた技術のおかげで、今も材料さえあれば何でも作れます。家の茶箪笥も作りましたし、作業場の応接室の棚も作りました。

■そういう技術が組子細工の土台となっているんですね。組子に使用するのはどんな木材ですか。
 
一般建具を作る時は、この辺では青森ヒバや檜(ヒノキ)、杉を使用します。昭和53年に移転するまで作業場を置いていた東原では、車も人もあまり通らなかったので、道路の真ん中近くまで材料の切り出し作業をする時もありました。妻と「そういうこともあったね」と、笑って話しますが、道路に材料を出すなんて、今では想像できませんよね。

【組子に使用される部品】
【組子に使用される部品の一部】
デザインによって、厚さ、長さや角度、材料の木材を替えます。


■注文された建具が完成した時のお気持ちを教えてください。
 
達成感はもちろんありますが、自分の気持ちよりも頼んだ人から認めてもらうのが大変です。自分で満足しても頼む人が満足しなければダメですね。

■とても細かいですね。作るのにどのぐらいの期間がかかりますか。
 
製作中の衝立(ついたて)が完成するのにはまだまだ工程がありますが、組子を組む部分だけで言うと物によっては2ヶ月〜2ヶ月半ぐらいです。色が違うのは染めているわけではなく、綺麗なグラデーションになるように、そういう色合いの木材を選んで使います。
 大きな作品であれば同じ寸法の部品を、機械をフル活用して何千も山のように作ります。組子の部品は、組んでしまえば丈夫ですが、とても薄いので、隙間なく嵌るように角を斜めに削ったりと、部品を扱う時は今でも怖いです。大小様々な部品に使用するため、数えきれないくらいの数の鉋(カンナ)などの道具も手作りしました。

【使用する道具の一部】

【手作りの鉋(カンナ)】

 

【手作りの鉋(カンナ)】
一番小さなものは、親指ほどのサイズです。

【作業に使用する道具】


■木材の違い、色の違いも考えられて、パズルのように組んでらっしゃる。
 
衝立も表と裏で違う組子細工を施しています。普通の衝立であれば、表に組子細工がしてあっても裏は紙を貼ったぐらいで終わりです。でも私は、裏表趣きの異なる組子細工を施します。そうすれば、両面どちらから見ても楽しめますし、好みに合わせて飾れるわけです。「両方から見られるんですね!」と皆さんに喜んでいただいて幸せだなと思っています。

■そうすると飽きないわけですね。表と裏、両面に組子細工をされるというのは珍しいと思いますが、何か意識されることはありますか。
 
表は非常に細かい装飾をし、裏はシンプルなデザインの組子にします。両方細かいと値段も高くなりますので、そこも考慮して作ります。お客様に合わせてデザインして作るので、同じデザインのものはありません。

【衝立・表】 【衝立・裏】
【衝立(ついたて)・表】 【衝立(ついたて)・裏】


■世界で1つだけということは、毎回新しいデザインに挑戦されている。
 
職人というのは、生涯勉強です。「これでいい」ということはありません。仕事のことは、寝ても覚めても、休みの日でも年中頭から離れません。昔、ある程度仕事が軌道に乗ってきた時も、他の人が車を買う中、私は機械を1つ、2つと入れて設備投資をして能率を上げてきました。その当時は、周りに設備投資をする方が少なかったので、「いつこんなに作るんだ」と驚かれました。機械の使い方も独学で、機械に着ける刃物も自分仕様に合わせて注文したものです。
 病気もせず仕事に打ち込んで、ここまで妻とよく頑張ったと思います。


■いつも木と向き合っておられるんですね。県外のお仕事も多いのでしょうか。
 
社寺の建物だと、宮大工さんの仕事になるので県外が多いです。福島、宮城、秋田、埼玉、一度、北海道の仕事もありました。
 宮大工の棟梁の方が、私が最初に福島で手がけた仕事ぶりを見て、他の仕事でも私を指名してくださるようになりました。私たちのような職人は、コツコツ仕事に取り組むだけなので、やはり大工さんに認めていただけたことは大変嬉しいです。


■社寺仏閣の仕事は宮大工さんからの依頼ということでしたが、一般の方は、どのように購入されるのですか。
 
展示会で見て気に入って買っていただいたり、口コミで買ってくださったりと様々です。何かのついでに私がお客様のところに持っていった時に気に入って買っていただける場合もあります。

■今後の目標を教えてください。
 素晴らしいものを作って一生を終えたいと思います。勉強を続けて、生涯この仕事に打ち込みたいと思っています。

 


 

鈴木專建具店
 

 


鈴木專建具店
 〒990−2445
   山形市南栄町1−7−31
   TEL 023−632−0671





 


2014.05.31::[メモ/今月のひと]

鶴巻寿さん 第34回全国障害者技能競技大会 銀賞
 社会福祉法人山形県コロニー協会山形県福祉工場
 鶴巻 寿 (ひさ) さん

  鶴巻さんは、DTPという未経験かつ初出場の分野で、
 県大会優勝を経て、平成25年11月の第34回全国障害
 者技能競技大会(以下、全国大会)に出場し、みごと銀
 賞を受賞されました。デザインのプロも参加するハイレベ
 ルな全国大会での入賞。普段は、社会福祉法人山形県コ
 ロニー協会福祉工場で働かれている鶴巻さんに、全国大
 会に挑戦することで経験したことなどを、話していただきま
 した。

※アビリンピックとは、障がいのある方が日頃から培った技能を競う大会です。平成25年は千葉県で開催され、
 24種目325名の選手が技能を競い合いました。
  平成28年秋には、技能五輪全国大会・全国障害者技能競技大会(全国アビリンピック)を山形県で開催します。


全国大会での入賞おめでとうございます。「DTP競技」とはどのような競技ですか。
 DTPとは、「デスクトップパブリッシング」の略称で、イラストレーションとフォトショップという2つのコンピューターソフトを使い、3時間で広告物を作る競技です。1人1台のパソコンで作業を行いますが、手の不自由な方はトラックボールというマウスを使うなど、それぞれの障がいに応じた環境になっています。
 今回は、「写真家・緑川洋一さんの写真展を告知するチラシの作成」が課題でした。与えられた写真5点の中から何点か選び、決められたタイトルを使用して、チラシをデザインしていきます。ロゴや会場地図などは自分で作り直さなければならないので、同じ素材を使っても、人によって全く異なるものができるのがこの競技の面白いところです。

【全国大会表彰式での鶴巻さん】
【全国大会表彰式での鶴巻さん】

■鶴巻さんはどのようなデザインにしましたか。
 緑川さんの写真は、とても色彩が鮮やかで独特な個性があります。大会では海の写真が多かったので、波のようなデザインにしました。全国大会前の練習で、あまりごちゃごちゃし過ぎるのも良くないと学んでいたので、文字の大きさで強弱をつけて、極力シンプルになるよう心掛けました。

■チラシのイメージはすぐに閃いたのでしょうか。
 イメージが固まるまではとても悩みました。与えられた写真が独特なので、今まで勉強してきたデザインになかなか当てはめることができませんでした。しかし、制限時間もあり急がなくてはならなかったので、大体5分〜10分で、デッサン用のメモ紙に大まかなデザインを書いて、あとは実際に作りながら調整していきました。

■競技の中で求められることは何ですか。
 まずは、3時間という時間内にチラシを完成させるスピードが必要とされます。私は10分前くらいに終えました。1位の方も、同じくらいに終わったと言っていました。
 デザインの面では、メリハリをつけて人の目を引く、広告内容の主題を際立たせ、「行ってみたい」と思わせるようなチラシになっていなければなりません。また、写真や文字の配置、色、形、大きさにしても、どういう意図があるのか、感覚的に並べるのではなく意味を持たせることが大切になると、会社の人に教えていただいていました。

■大会の様子について教えてください。
 開会式は技能五輪全国大会と合同で行われました。映像や音楽を取り入れ、会場が一体となるような演出には、鳥肌がたつような感動と興奮をおぼえました。開会式後の会場下見の際は、競技で使用するパソコンの操作環境やソフトの確認について、審査員の方も笑ってしまうほどたくさん質問をして、少しでもわからないことをなくすよう努めました。
 競技当日は、午後から競技開始だったので、午前中は山形県の他の選手の応援をしたり、協賛企業のブースを見学したりしながら過ごしました。

【開会式の様子】
【開会式の様子】

■競技中はどうでしたか。
 DTPには、21人が競技に参加し、みなさんの緊張が伝わってくるほどピリピリした雰囲気でした。初めての全国大会ということもあって、不安でしたし緊張もしました。しかし、チラシのデザインをするなかで「これはおかしいかな」と笑ってしまうこともあり、意外と冷静な面もあったと思います。
 そもそも、DTP種目は県大会の直前から勉強をはじめたので、平成24年度に開催された県大会でも優勝するとは思っていませんでした。それゆえ、全国大会に出場を果たし、「貴重な全国大会に参加できて嬉しい」という思いと、今までたくさんの方に教えていただいたり、応援していただいたりしたので「ありがたいな、頑張らなきゃ」という気持ちがありました。そのため、前向きに楽しんで競技に臨むことができたと思います。

【競技中の鶴巻さん】
















 【競技中の鶴巻さん】

■大会出場を通して印象に残っていることは何ですか。
 私は、いつも何にでも緊張してしまうので、どんなことでも緊張しないで楽しめるようになることを目標としてきました。大きい会場に臆することなく、その目標を達成できた事が一番嬉しかったですし、自信にもなりました。結果として銀賞を受賞することができ、信じられない気持ちでしたが、最高の気分でした。
 また、障がいのある方の技能競技大会と言っても、一般企業でプロとして働いておられる方が多く、レベルの高さを感じました。そして、どの選手も全国大会に対する強い思いがあり、努力を重ね出場されていることが伝わってきました。

■全国大会に参加されるまでを教えてください。
 全国大会の前には県大会があるのですが、コロニー協会福祉工場では、働き始めて2〜3年になると、上司からDTP種目の県大会出場の話があります。私の場合は、県大会の半年前に、課長から出てみないかというお話がありました。しかし、声をかけられても出場するかは自分次第です。いつもの仕事とは違う分野で大変そうだとは思いましたが、職場の先輩方が県大会に出場するのを間近に見ていて、いつかは挑戦してみたいなと思っていましたし、自分の力をはかれる場なので、出場を決意しました。
 結果は優勝し、全国大会に行く切符を手にしました。しかし、県大会は何回も出場してやっと優勝するものだと聞いていましたので、まさか初出場で優勝できるとは思ってもみませんでした。

■初出場で快挙ですね!デザイン関係の勉強は元々されていたのですか。
 いいえ、デザインの勉強をしたことはありませんでした。仕事も、記念誌や会報などの冊子を作成する部署に所属していました。きっちり計算されて体裁が決められたものに文字をあてはめる作業などが多く、DTP種目のように自分でイメージを膨らませ自由にデザインをして製品を作っていく作業ではありませんでした。

【インタビュー中】
【インタビュー中】 鶴巻さんは油絵が趣味で、職場の食堂にも鶴巻さんの絵が飾られています。 

■未経験からの短期間での全国大会入賞。どのようにして技術を身につけたのですか。
 全国大会前には「緑川洋一氏の写真展のチラシを作る」ということしか公表されておらず、実際にどの写真が使われるか分からなかったので、自分で写真などの素材を用意し、本やネットを見ながら真似て作るところから始めました。しかし、練習を始めたころは全くデザインのイメージも沸かず、本来3時間で仕上げるものに2日も費やしていました。 
 「人の倍は練習しなければ」と思い、仕事の合間や就業時間を終えてから2時間ほど練習を行い、全国大会前の2ヶ月間で50種類のチラシを作りました。毎日集中してパソコンに向かっていたせいか、肩や肩甲骨に今までにない痛みが走って、病院に通ったこともありました。
 それでも何枚も作るうちに、チラシ完成までのスピードも上がりましたし、今までにないものを作りたいと思うようになり、インパクトのあるデザインにも挑戦するなど、デザインのバリエーションも増えていきました。

【全国大会前に練習で作ったチラシ】
【全国大会前に練習で作ったチラシ】

■努力の賜物ですね。
 練習にあたっては、職場のデザインチームの方や先輩に、今まで触れてこなかったレイアウトの“いろは”をはじめ、たくさんの事を学びました。貴重な時間を割いて教えてくださった会社の人たちには、本当に感謝しています。デザインに関しては、基礎も自信もありませんでしたが、いつも励まし支えてくれる職場の方や家族、友人のことを思ったときに、「全国大会では優勝したい」と思うようになりました。
 また、全国大会前はプライベートでも様々なことに挑戦していました。

■プライベートでの挑戦とは。
 特に印象に残っているのは、小学校の時に担任をして頂いた先生から依頼を受けて、小学校で講演を行ったことです。講演会は、「ゲストティーチャーの生き方から学ぶ」をテーマに行われたもので、私は今までの自分の人生のことをはじめ、挑戦したこととして、運転免許を取ったこと、今現在、全国大会へ向けて練習に励んでいることなどを話しました。
 100人以上もいる小学生の前で自分の話をすることに、最初はどうなるのだろうと思っていましたが、小学生が真剣に話を聞いてたくさん質問してくれたこともあり、初めての場でも非常に楽しむことができました。多くの人を前に、自分らしさを出せたのは、大きな自信となりました。
 このような挑戦の一つ一つが自分の財産として積み重なり、自信や力となって、全国大会でも結果を残せたのだと思います。

■銀賞を獲られて、周りの方の反応はいかがでしたか。
 大会出場時はデザイン関係の部署でなかったので、会社の方は驚いていましたが、コロニー協会福祉工場では、初めての全国大会入賞だったので非常に喜んでくれました。家族や友人、応援してくれた方も本当に喜んでくれました。
 また、大会にも付き添ってくれた母は、アドバイスや感想も率直に言ってくれますし、大会中も緊張しないように気遣ってくれました。母には一番支えてもらっているので、賞を届けられて良かったですし、少しは恩返しが出来たかな思っています。

賞状メダル

ユニホームの後ろのロゴ
ユニホーム後ろのロゴ
全国大会出場時の山形県選手用ユニホームを着て、賞状とメダルを見せてくださいました。 

■周囲のみなさんに日頃の感謝の気持ちを示すことも出来た、忘れられない大会になりましたね。
 次は、今のお仕事についてお聞きしたいと思います。
 山形県コロニー協会の福祉工場で働き始めたきっかけは何ですか。

 障がいを持っている人の就職ガイダンスに参加し、ハローワークから紹介を受けました。パソコンもそんなに得意ではありませんでしたし、全く印刷業界のことも分からないまま働くことになりました。
 ただ、偶然、職業訓練に通っていたころにイラストレーターやフォトショップのコンピューターソフトについて少し勉強をしていました。その時は、難しくて何の役に立つのだろうと思っていたのですが、その経験がこの会社に入ってから役に立ちました。

■それでは現在のお仕事内容を教えてください。
 実は、大会後にチラシやハガキなどをデザインするチームに異動になり、基本から勉強している最中です。異動の打診があったときは、スピードも要求されるうえ仕事内容も難しくなるので迷いました。しかし、せっかく頂いたお話なので、挑戦してみようと思い異動を決意しました。 
 現在は、全国大会で使ったようなコンピューターソフトを使い、チラシ、パンフレット、ハガキ、リーフレット、名刺などを製作しています。

【お仕事中の写真】
【お仕事中の写真】

■新しいお仕事には慣れましたか。
 まだ異動して1ヶ月半ぐらいなのですが、初めて手掛けた仕事は、あるイベントに参加する作業所の「のぼり旗」の作成でした。お客様からは文字だけいただいて、あとは全て自分でデザインしました。出来上がったときは、嬉しくて、のぼり旗が実際に飾られているイベントに足を運んで、実物を確認しました。
 また、全国大会へ向けた練習の時期から、駅など様々な場所に置いてあるチラシやポスターなど、日常で何気なく見落としているものを意識的に見るようになりました。今回ののぼり旗を作る時も、今まで見ていなかっただけで、身近な多くの場所にのぼり旗があって、周りに目を向ける必要があるなと感じました。

■デザインをする仕事ならではの視点ですね。
 この仕事になったことで、自分の感性を自由に表現できるのでやりがいを感じますが、それには色んなものを見て、触れて、感じて、想像力を鍛えて感性を豊かにしておかなければなりません。
 私はまだコンピューターソフトの操作方法や機能などを覚えている段階で、色の組み合わせによって活発にも落ち着いた印象にもなるというようなことを基礎から勉強中です。覚えなければいけないことが多くて大変な面もあります。チームのメンバーは全員学校でデザインの勉強を専門にしてきた人たちなので、メンバーに追いつけるよう一生懸命頑張りたいと思います。


■今後の目標や、してみたいな、していきたいなというようなことがあれば教えてください。
 早く仕事を覚え、自分自身を成長させて、私が異動してきて良かったと思われるような“なくてはならない存在”になりたいと思います。さまざまなデザインに触れながら、お客様に喜ばれる製品を作れるよう努力していきたいと思います。




社会福祉法人山形県コロニー協会 山形福祉工場
 


社会福祉法人山形県コロニー協会 山形福祉工場
 〒990−2322
   山形市桜田南1−19
   TEL 023−641−1136





 


2014.03.31::[メモ/今月のひと]

吉田宏介さん 現代の名工
 吉田木工芸
 吉田 宏介さん

  吉田宏介氏(吉田木工芸・天童市)は「黒柿工芸」で2013
 年「現代の名工」に県内から一人選ばれました。「現代の名
 工」とは、厚生労働省が毎年表彰する卓越した技能者のこと
 です。「もの」があふれる世の中で、愛情を持って大切に扱
 わないと本来の「もの」がもつ良さはわからないと熱く語る
 吉田さんにお話をお聞きしました。

【黒柿工芸について】
■「黒柿工芸」について教えてください。
 私のところでは、欅、杉、桐などから木工品全般を作っていますが、特に黒柿を使用した黒柿工芸品が中心となっています。樹齢が150年くらいたった柿の老木には、心材に黒い模様が偶然現れることがあり、このような木を「黒柿」と呼びます。欅、杉、桐などの木は、木目の変化に美しさがありますが、黒柿は出現する模様の美しさに特徴があります。
栗と黒柿の香合
栗と黒柿の香合 〜木目と模様の違い〜
※香合 : 茶室でたく香木を入れるための器。また、漆塗りのものや木・竹などの材料で
      作った香合もある。風炉の季節に使う。

■黒柿は偶然の産物ということでしょうか。
 そうです。本当に不思議な現象で、同じ場所、同じような条件で育った柿の木でも一方は黒柿の模様が現れ、一方には何の模様も現れないことがあります。「柿の渋が原因だ」とも言われていますが、渋が原因なら一様に黒柿になっているはずです。原因については研究されていないため、今でも分かっていません。
 また、黒柿は日本の木で唯一黒色が出せるものです。皆さんは、黒色の木であれば黒檀を思い浮かべると思いますが、木味が違いますし、外国から輸入されています。

■大変貴重なものですね。
 黒柿は、主に東北地方が産地と言われてきました。柿の木はそもそも山野に自生しないので、黒柿になる可能性がある柿の木は、屋敷や畑に栽植した屋敷木になります。このような昔柿は、今は本当に少なくなり枯渇寸前です。食用の柿の木は多くありますが、多くが老木になる前に伐採されてしまいます。このように、黒柿は貴重な材料の一つですが、村山地方には比較的残っています。
 黒柿は高級品の印象ですが、昔は欅や桐等と同様に豊富にありましたので、針箱や家具など木工品に使われていました。今、私のところでは、茶箪笥や小箪笥、茶道具、将棋の棋具、他には鑑賞用の作品を作っています。
茶筒将棋の駒箱
【茶筒】【将棋の駒箱】

■黒柿の良さは何ですか。
 黒柿はその色と模様を活かして、他の木と組み合わせて使用することで、他の木の木目の美しさを際立たせ、作品に深みを与える役割を持っています。
 また黒柿は、乾燥を十分に行えば狂いが少ない材料です。狂いがないというのは作る上で非常に重要です。
黒柿と欅の作品黒柿と欅の作品
  
■黒柿はどうやって手に入れるのですか。
 私は主に村山地方の黒柿を使用しています。昔からこの地域には、黒柿を探し出すのが得意な人がいます。彼らは、農業や木材の仕事の傍ら代々続けていますが、少数ですし、皆さん高齢です。しかし、その人たちの努力で年間5、6本は入手できています。
 黒柿の情報があると私も現場に赴きます。木の表面には何の変化も無いので、支障のない幹の部分にボード(穴を開ける機械)で穴を開けておがくずを引き出して状態を確認します。黒柿でなくてがっかりすることも多いですが、たまに良い黒柿に当たると今までの苦労を一気に忘れるくらい感動します。

■黒柿工芸品ができるまでを教えてください。
 黒柿であれば値段交渉の末購入し、伐採して、持ち帰ります。丸太は樹勢(ジュセイ)を弱らせるため約2年間そのままの状態で置きます。その後、製材所で5〜10センチの板に製材してもらい、狂いをなくすため最低でも5〜10年は倉庫の中で室内乾燥させます。そうしてようやく黒柿が使えるようになって、1週間から大きい作品だと何カ月もかけて作品を製作します。私は今、78歳ですから、今入手した木は息子が使うことになると思いますが、妻には「100歳まで現役で仕事をして使って下さい」と言われています。ちなみに、私は3代目ですが、先代が残した材料は今も残っています。

【お仕事のこと】
■年間、何点の黒柿工芸品を作っていますか。
 私の場合は年間100点作ります。内訳は、大きいものが大体30点、作品として残すものが50点、あとはお茶筒などの小物です。中でも、30年間毎年出展している日本伝統工芸展の作品製作がメインになります。その他は山形・仙台・新潟・水戸など関東以北のデパートで年間4〜5回ほど開催している個展に合わせて製作しています。個展は、自分の作品を販売する一番の機会でもあるで、主要な仕事の1つです。

■個展はどのように行われるのですか。
 私の個展は昔からなじみのあるところで開き、妻と2人で行きます。業者が間に入る個展もありますが、私は努めて自分で行う方針です。それは、お客様の「どうしてこういう色になるの? どうしてこんな風になるの?」などの質問に直接お答えして、お客様に作り手の顔をお見せすることにより信用してもらえるからです。略歴だけで信用して購入する人はいませんから、私と妻が参加しない個展ではいい成績は上げられません。
 今は、デパートの個展が皆さんと接点を持てるので最も大事にしています。その土地のお客様の好みもわかってきますし、流派ごとに分かれた茶道具などの細かい注文にも対応することができます。
注文のあった厨子を製作中H26-2.yosidasann-sagyoutyuu.jpg
参考写真:厨子
【参考写真 : 厨子】
【注文のあった厨子を製作中】

【黒柿工芸に携わるまで】 
■3代目ということですが、お家のお仕事を始めたのはいつごろですか。
 私が中学2年生の時、父が体調を崩して働けない状態になったので、中学卒業後、夜間高校に通いながら3代目として父の後を継ぎました。父は働けませんでしたが、言語障害はなかったので、口頭で指導を受けました。
 師匠は父ですが、実質は私の独学だと思います。今でも家にある、父が作った引き出しや本棚を唯一の手本にして技術を磨きました。それから、父の材料・道具をそのまま受け継いだことは、自分にとっては何よりの財産になりました。
黒柿の板引き継いだ道具
【黒柿の板】【作業に使用する道具】

■黒柿工芸を始めたきっかけを教えてください。
 父が残していた材料の一つに黒柿があり、天童は将棋の駒が有名なので、その駒箱を黒柿で作ってみたのが始まりです。今までなかった黒柿の駒箱は、「珍しい、これは良い」と高い評価をいただき、自然に黒柿工芸品が増えていきました。
 意識して黒柿工芸に力を注ぎ始めたのは、やはり日本伝統工芸展への出展や個展を開催してからです。個展で各地を回ると、他では黒柿が見られないということで大変喜ばれました。そのため、自然に黒柿に重点を置くようになりました。

■各地での個展開催などを通して、段々と黒柿工芸に力を注ぐようになったのですね。
 「黒柿だったら山形だろう」というぐらいの意気込みを持っていますので、各地で開催している展覧会でもその品揃えには気を配ります。
 伝統工芸等での発表や個展時の作品を通して、山形の黒柿の質の良さが認識され、信頼を築いたことが現代の名工に認めていただいたことにつながったのだと思っています。
吉田さんの作品
【吉田さんの作品】

【お仕事の醍醐味】
■今までを振り返って、印象に残っていることはありますか。
 ありがたい事に、今まで何度か展覧会で入選したり、賞をいただいたりしましたが、その度に皆さんから「黒柿はこういう綺麗なものなんだ」と受け入れてもらったことが非常に嬉しかった思い出です。最近では、息子も継いでくれて、仕事に夢中で取り組んできて良かったと感じています。
 また、黒柿を100%活かしきった時の感動も格別ですが、今も一つ一つの作品が出来る度に感動しています。木というのは一つ一つ顔や性質があります。ものすごく素直な木もあれば、逆らう木もあり、私の体調が悪い時だと木に負けそうになります。それでも愛情を持って最後まで作りあげるのがこの仕事の頑張りどころです。

■自分の子供のように手を掛けているんですね。
 本当にそうです。これは、2ヶ月ぐらい前に作った作品で、私の作品の中でも自信作のひとつです。(写真)小さいものですが、ものすごく手を焼いた木で、まだ最終段階の漆がかけられないでいます。
 そうして苦労して作りあげた作品を、お客様に喜んで購入していただくとやりがいを感じます。丁寧に使ってもらえると作品の光沢に深みが出てきて成長します。最近も15年前に購入したお客様からお手紙をいただきました。「私の作品はこんなに皆さんから喜んでもらっているんだ」と大変嬉しく思いました。ものづくり冥利に尽きます。
自信作
 
【黒柿工芸のこれから】
■日本全国でも黒柿工芸品は作られていますか。
 黒柿が取れるところが全国的に少ないので黒柿工芸品の作り手はほとんどいません。幸い、山形からは黒柿が出るので、木工をやっている方2〜3人が黒柿工芸品を山形の観光物産会館などに出していますが、全国的に伝統工芸展や展覧会、公募展に出展している方や、個展をやっている方はいないようです。
 「黒柿が必要なら、柿の木を植えればいいでしょう」と言われますが、植えて150年も先にならないと変化が現れないうえに、全てが黒柿になる保障もないとなれば、誰も投資したり育てたりしません。そのため黒柿は減少しています。

■外国の黒柿は使わないのですか。
 外国と日本の黒柿では、模様も色も材質も何もかも違いますので、私は、外国の黒柿を使いたいとは思いません。各地で行われている物産展などにある黒柿のテーブルや茶箪笥、飾り棚などは、外国の黒柿です。息子の代になるとどうなるかは分かりませんが、今あるものを無駄にせず大切に使っていけば息子の代でも十分やれる分の材料はあると思います。

■木工の世界を志す若い人はどのくらいいますか。
 以前私が非常勤講師として教えていた東北芸術工科大学の学生や他の大学を卒業する学生から、毎年のように「木工芸の道に入りたいから教えてください」と問い合わせがあります。
 しかし木工芸を仕事にすることは本当に大変です。すぐにお金になるような作品が作れると錯覚している人もたくさんいますが、特に黒柿の場合はすぐに手に入る材料でもなく、たとえ見つけても使えるのは10年以上も先になります。そのうえ、黒柿を蓄積する経費を考えると、家族の協力なしでは出来ないのが現状です。

■吉田さんは奥様と二人三脚でされてきたんですよね。
 そうですね。黒柿の作品は全て漆で仕上げをしますが、この一番時間がかかる作業を妻が担当しています。私が一から作品を作って、漆をかける作業まで一人でやろうとすると、今の3分の1も作品は出来ません。妻はもちろん、息子や息子の嫁、みんなの協力があるからこそ、ある程度の数が出来るのです。吉田木工芸の作品は、家族みんなで作り上げたものです。
吉田さんご夫婦
【吉田さんご夫婦】 奥様も木工品を作っており、多くの展覧会で入賞する腕前だそうです。

■最後に働く方へ一言お願いします。
 私の黒柿工芸(木工芸)の仕事の経験から言わせていただきますが、真面目に木と向き合って、木の事を本当に好きになって、木を活かし切るという気持ちで向かえば、どなたでも一生の仕事になるのではないかと思います。他の仕事も同様だと思います。
 木の種類も性質も多岐に渡りますが、真から木そのものを勉強してもらえば、私の場合黒柿がそうだったように、新たな道が拓けてくると思います。





吉田木工芸


吉田木工芸
 〒994−0003
   天童市柏木町2丁目13番27号
   TEL 023−653−3203








 


2014.02.03::[メモ/今月のひと]
黄綬褒章受章
マルタ醸造株式会社 
代表取締役会長 工藤 祐三郎さん


 日本の食卓には欠かせない身近な食品の味噌。その味噌作りに半世紀近くも専念され、この度、平成25年秋の褒章で黄綬褒章を受章された、マルタ醸造株式会社(寒河江市)代表取締役会長の工藤祐三郎氏に、自然にこだわった味噌作りのこと、一から取り組んだ味噌新工場建設までの道のり、味噌作りのこれからについてお話をお聞きしました。



■どんな味噌を作られていますか?
 信州味噌系統の淡赤味噌と、仙台味噌系統の赤黒い色をした完全熟成味噌です。我が社では、味噌本来の優良微生物の働きによって、米、大豆を分解し発酵熟成させる事により、自然に醸し出される風味を大切にした美味しい味噌作りを目指してきました。

 マルタ醸造では、機械を使って一度に米は600〜800キロ、豆は700キロぐらい使用し、2500キロぐらい味噌を作ります。味噌は次の手順で作られます。

  米を精米し、洗穀機(せんこくき)という機械で洗浄し、水に一晩つけた後、蒸し釜で1時間ほど蒸します。
   その後冷却し、麹菌を植え付け、麹室(こうじむろ)という室温が30℃〜31℃の部屋に48時間入れて菌を
   繁殖させることで麹を作ります。
洗穀機麹風呂
【洗穀機】 工場の3階部分に設置されています。

 
 【麹室】 
  定置型天幕式自動製麹装置により、温度管理されて
 います。

  豆は洗穀し、一晩水につけた後、圧力釜で最初は無圧で2時間位煮た後に圧力をかけて約20分蒸しま
   す。その後冷却し、チョッパーという機械で潰します。
圧力釜チョッパー
【圧力釜】 約120℃で蒸します。【チョッパー(粉砕機)】

  ,能侏茲森蹐鉢△猟戮靴親Δ髪を混合して樽に入れ、そこに発酵を促進する酵母や乳酸菌を加えて数
   ヶ月熟成させます。ここまでの工程を「仕込み」と言います。
混合機熟成中の味噌
【混合機】 
 4枚の羽が回転し、麹・塩・潰した豆を混ぜます。
 
  【味噌樽】 
  約2.5トンの味噌が入っています。
  仕込み後1ヶ月位したら、醗酵を促進させるため
 天地返しをします。

  発酵・熟成後、樽の中の味噌を混合機という機械で混ぜて、袋詰めにして完成です。
混合機袋詰め作業
【混合機】 熟成した味噌を撹拌します。

 
  【袋詰め作業】 
  異物の混入がないかどうかも検査しながら、容器に
 味噌を詰めます。

 この一連の手順のなか、味噌作りには2つのポイントがあります。
 ポイント1 手順 噌躑櫃諒討悗凌△付けと繁殖
 味噌の上手な発酵には良い麹が不可欠なので、麹づくりは重要な工程です。麹菌は植物と同じで芽を出して根を張って繁殖します。芽を出すためにも米一つ一つに麹菌の種が付くように撹拌し、均一に根付かせなければなりません。30℃〜31℃の温度だったものが一晩置くと、麹菌が繁殖して熱を出し、そのまま放置すると50℃近くに温度が上昇し、使い物にならなくなってしまいます。
■そんなに温度が上がるんですね。どうするんですか?
 一晩寝かせた翌朝の6時頃、製麹床に移し、みんなで交代で揉み解して35℃以下に冷まします。次に、薄く広げて35℃ぐらいを維持します。自然風で冷ましながら撹拌して広げる作業を繰り返すと、麹菌がだんだん繁殖して、米の中まで入っていきます。クーラーで冷却してから3日目で麹の出来上がりです。子供を育てるのと同じで、目を離すことができないので、その期間は気が抜けません。
製麹床
【製麹床】

■麹菌もご自分で作られるんですか?
 全国に4軒ぐらいしかありませんが、麹菌を作っている専門業者が京都と大阪にあり、そこから購入しています。

 ポイント2 手順〜麹の発酵・熟成
 米はデンプンから、豆はタンパク質から出来ています。それらを麹菌・酵母菌・乳酸菌の微生物が分解することで初めて“うまみ”が生まれます。(麹菌のアミラーゼという酵素はデンプンを分解してブドウ糖を、プロテアーゼという酵素はタンパク質を分解してアミノ酸とペプチドをつくる。ブドウ糖からは、酵母がアルコールを、乳酸菌が乳酸をつくる。)この発酵が進むのが、麹の場合25〜30℃で、十分に発酵・熟成させることが美味しい味噌作りには欠かせません。
■発酵・熟成の期間はどのくらいですか?
 自然発酵の場合は春から秋にかけて大体8ヶ月寝かせます。味噌に入っている塩は雑菌の繁殖を防ぎますが、一方で発酵に必要な菌の働きも阻害してしまいます。寒い冬だとなおさら菌は働かなくなります。冬は味噌が発酵しないので、夏の30℃くらいの気温の中で自然に発酵するよう春に仕込むのが、昔からのやり方でした。

■自然発酵だと時間がかかるみたいですが、大量生産は可能ですか?
 寒河江市周辺に売るのであれば自然発酵で間に合いますが、全国に売り出すときは大量生産が必要です。そのときは、発酵する部屋を常に30℃くらいにして3ヶ月ほどで味噌をつくり、自然発酵した味噌と合わせて出荷します。短期間で完成したから添加物が入っているわけではなく、同じ原料のもと、早く発酵するように条件を整えたものです。ただ、冬の温度管理は人手も経費もかかります。

■自然発酵以外に“うまみ”を作る方法もありますか?
 “うまみ”は化学的にも作ることができます。例えばよく添加物の表示で「調味料(アミノ酸)」とありますが、これは、大豆を塩酸で分解すると出来るグルタミン酸ソーダのことです。大量生産を求められる大企業では、発酵が十分ではないうちに出荷されるので、味を補充するためにこうした調味料やだし等の添加物を入れることがあります。


 自然にこだわって作ったマルタ醸造の味噌は、家庭用から業務用まで、県内のスーパーマーケットをはじめ、県外からも多くの注文があります。今はインターネット販売もしており、名古屋や大阪など遠方からの注文もあります。
 味噌作りに携わるのは、代表取締役会長である工藤さんも含め12名です。8名の従業員のうち、2名は営業や配達、6名が工場内で働いています。工藤さんも工場内で仕事をしています。味噌作りに携わる技術は、仕事をしていく中で徐々に身につけていくものですが、味噌業界で行う講習会にも参加して勉強します。味噌技能者1級・2級の国家試験があり、工藤さんと三男の社長、そして従業員の2名が、1級と2級の資格を持っています。
 味噌作りに向いている性格は、基本を押えることができる真面目な努力家であると語る工藤さんですが、ここまで味噌作りを築きあげるのに、どのような道のりを歩まれてきたのでしょうか。

 工藤さんの実家は、文久3年(西暦1863年)より、醤油、酢の醸造と土産物屋を営んでいました。明治5年からは呉服屋を開業しました。昭和34年に実家の経営を分離し、長男が呉服店を三男の工藤さんが醸造部門を継承することになりました。高校卒業後に東京農業短期大学校の醸造科に進学。その後、千葉県の(株)飯田本店(現在、ちば醤油(株))に1年間研修入社し、昭和34年に家業の醤油工場を継ぎました。


インタビュー中の工藤さん
【インタビュー中の工藤さん】



■家業を継ぐ以外の道を考えたことは?
 私は三男なので独立しなければならず、父からはサラリーマンでなく商売をするよう言われていました。子供の頃から電気機関車が好きだったこともあり、高校時代は機械工場をしたいと考えていましたが、まずは父に勧められた醤油醸造の仕事をしてお金が貯まったら自分の好きな商売をすることにしました。

■実際、大学に進学されてどうでしたか?
 入学当初は一般教養と醸造の基礎勉強が中心であまり興味がわきませんでしたが、もともと理科は得意でしたし微生物の勉強に興味がわき、有機・無機化学の分析には大変熱が入りました。また、研修で訪れた大手醤油会社の機械化された大工場を見て、地元にはない設備に感動し、醤油工場でも発展できる!と夢が広がりました。それからは、夏休みや春休みも帰省せず、東京近辺の醤油工場に住み込みで見習いに行きました。

■大学進学が転換点だったんですね。大学卒業後は?
 前時代的な実家の工場を近代的な工場にしたい、また、工場運営と技術を実際に学ばなければと思い、教授の紹介で研修入社しました。そこでは1年間修行し、主に麹造りと仕込み作業を叩き込まれ、ある程度麹造りが出来る様になったと思います。
 当時は自動機械が導入される前で、作業全てが人の手、人の目、嗅覚による作業、醤油麹の管理も泊り込みで肉体的に厳しいものでした。今は20〜30キロ単位の原料をフォークリフトで運びますが、昔は60キロの袋を担いで運びました。 技術を覚える以前に労働に耐えて慣れることが出来なければなりませんでした。


 工藤さんは三男で独立の必要があり、当時の醤油工場の古い設備と敷地だけでは立ち行かなくなると考え、昭和38年にLPガス販売と設備工事の「マルタプロパンガス販売所」を開業しました。昭和40年に一般家庭からの需要もあって、一時中断していた味噌製造を再開しました。最初は大学時代の恩師の弟子に指導を受けながら味噌を作り、翌年の県品評会で好評を博しました。その後、試行錯誤を繰り返し、マルタ醸造の“月山山吹みそ”が生まれました。
 昭和42年、工藤さん30歳の時に、新工場の建設に着手します。資金不足のため古材を購入再利用し、プロパン設備工事の経験を生かし、配管工事一式は工藤さんが担当しました。旧工場で醸造を続けながらの移築でしたので、完了まで10年、軌道に乗るまで15年かかりました。この時期が一番苦しい時期だったとのことです。
 その後も、昭和62〜63年にかけて長野県や新潟県の先進味噌工場や食品研究所を見学し、理想的な製造工程および機械装置を設計して、味噌工場を平成元年に増築しました。その成果もあり、平成元年より全国味噌鑑評会で22年連続入賞を果たし、平成7年と14年には赤系辛口みそで日本一の農林水産大臣賞を受賞されました。また、山形県醤油味噌品評会でも最高賞の県知事賞を18回受賞されました。



■新工場の移築完了、軌道に乗るまでの15年間が一番苦しかったようですが。
 そうですね。実家に戻って家業を継いだわけですが、醤油屋を3、4年経験すると、学校の授業と実際やってみるのとでは全然違い、大変さを痛感しました。このままでは無理だなと思い、お世話になった農大の教授に相談に行ったところ、4年制大学に編入すると卒業後は助手にして、その後企業の研究所へ就職の面倒を見ると誘われたので、1ヶ月ぐらい勉強して大学の試験に合格しました。
 しかし、学生の時は研修にも行き、経営の勉強にと夜は簿記学校に通い、地元に帰って4年も働いたことなどを考えると、今醤油屋をやめては男が廃ると思い、踏み切れませんでした。当時は思い悩んでノイローゼの様な状態になりました。従業員も2名いて、給料を支払わねばならず、精神面も資金面も本当に苦しい日々でした。

■迷った末に醤油屋を続けることにしたんですか?
 はい、教授から早く来るようにと連絡をいただきましたが、とうとう行かずに、結婚して醤油屋の仕事を頑張ることにしました。妻のためにも何としても暮らしていかなければと思い、ガスの勉強をしガス販売も始めました。
 昭和40年には味噌作りも再開し、昭和42年には田んぼだったところに工場を建て始めました。醤油・味噌・ガスを売って、そのお金で工場の設備を充実させるという、商売も工場移築も同時進行で猫の手も借りたいほどの忙しさでした。しかし、人を雇おうにも当時は、高度経済成長期で土建業に人気があり、こちらにはなかなか従業員が集まりませんでした。結局は、私と妻と3〜4名の従業員で何でもやりました。
工藤さんご夫婦
【工藤さんご夫婦】

■何でもといいますと?
 子どもが3人生まれましたが、わたしは三男で両親も一緒に住んでいなかったので、子守りをしながらの仕事でした。当時、直売りや配達要員を雇う余裕がなく、私が2トントラックに商品を載せて販売していました。朝から販売に出かけるときは、子供を預けるところがなく、助手席に長男を乗せて行きました。当時「子連れ狼」が流行っていて、「子連れ狼が来たから、早く買ってあげて」とお母さんたちが声を掛け合って集まってくれたということもありました。
 お金も人手もない状態で、私も妻も寝る間も惜しんで、2人分、3人分働きました。だから工場を建てることが出来ました。普通に働いていたら建てられなかったと思います。正直、資金繰りが大変で、夜逃げを考えた時期もありました。

■そこで踏み止まり、がんばり続けられたのはなぜですか?
 頑張れば頑張るだけ成果があったので励みにはなりましたが、何よりも高い目標があったから頑張れました。昔は「マルタ醸造」と言っても誰も知りませんでした。県内に醤油味噌製造業者が100軒以上ある中で下から数えて何番目ぐらいという生産量でした。農大にいた時に、東京近郊の大工場を見学して、「東北で一番になる」という高い目標を掲げましたが、今もって叶っていません。
 高い目標は支えになりますし、辛いときの我慢もできるようになります。人のためでなく自分のために努力しているのだから、商売を継いだからには石に噛り付いてでも頑張らなければという思いでした。自分がいいと思ったことは、どこまでも信じて突き進んだ方が良いと思います。

■座右の銘を教えてください。
 「鶏口となるも牛後となるなかれ(大きな集団に従うよりも、小さな集団の長になる方が良い。)」、「塞翁が馬(世の中何が良いか分からないのだから、くよくよすることはない。)」これらを座右の銘にして、自分の生活より仕事を優先し全精力を傾けてきました。

 マルタ醸造では、平成23年に跡継ぎとして三男を社長に会社組織化されましたが、他に味噌や醤油を作っているところは、辞める人はいても新しく始める人はいないそうです。現在お店をやっていても、後継者不足でお店をたたむところも多いようです。業界の現状とこれからについてお聞きしました。

■厳しい状況ですが、背景にはどのような問題がありますか?
 まず、昔と違って食生活も変化し、お惣菜や味付けがされているものを買う人が多いので、味噌も醤油も家庭で使用する量が減っています。そのうえこの辺りでは人口も減少していますので、必然的に消費量が減っています。
 また、大企業の醤油は、今スーパーで水より安く売られています。通常、醤油を造る場合、最低でも5〜6名の人手と設備が必要なので、原料の麦や大豆にこだわると、水より安く出来るわけがないんです。このような価格では採算が取れないから、みんな作らなくなります。醤油の場合、大量に安く作っている業者から買ってきた物をブレンドして瓶詰めにして、ラベルを貼って売っているところも多くなっています。県内で実際に作っている醤油屋さんは5軒くらいしかありません。
 味噌を作る人も徐々に減っています。今作っている人は50〜60歳代の終わりが多く、後継者がいないところがたくさんあります。大企業でさえ日本国内の消費だけでは成り立たず、世界中で売って利益を上げている状態です。また、最近は消費者も、味より値段でものを買い、安ければ良いという傾向がありますから、我々のようにこだわって作っている零細企業は大変です。

■生き残るためにどうされていますか。
 他と同じような味なら、宣伝して全国で売っている大企業には敵いません。大企業とは違う上質な味噌を作り出すことが生き残るための絶対条件です。だからと言って日本一の味噌ばかり作るというのも、経営的に難しい点があります。
 そこで、家庭で使う醤油・味噌の金額の割合は小さいので、これからは他業種と組んで加工品に力を入れていかなければと思っています。例えば豚の味噌漬けの場合、味噌だけでは高が知れていても、上質な豚肉と我々の最高の味噌を合わせれば、「贅沢な豚の味噌漬け」として付加価値が高まります。加工品にすることで商品のレパートリーも広がります。ただ、加工品でも、大企業が販売しているインスタント味噌などと比較すると価格では立ち向かえないので、マルタ醸造の良さがより生かされる加工品を模索しています。

■新しい試みの最中なんですね。
 今の味を守っていくことは基本ですが、小さいところは個性があってこそ存在価値があります。ドイツではビールが又ヨーロッパのワイン工場なども各地区、村々にもあるといいます。大企業の決まった味とはまるっきり違って、それぞれに個性があって大変美味しい、そこが魅力なんだと世界で評価されています。どちらかと言うと日本は画一的ですから、ドイツのように小さいけれど個性が生かされる環境になるといいですね。とにかく努力して、生き残れるように頑張らなくてはと思います。

■今後の抱負を教えてください。
 現在、日本が世界有数の長寿国である理由の一つに「和食」があり、12月に世界無形文化遺産に登録されるとのことです。和食には、醤油や味噌の味付けを欠かすことはできません。和食が世界に認められれば、醤油と味噌の将来に展望が開けると思い希望が湧いてきたところです。更に、現在の仕事に精進したいと思います。





マルタ醸造株式会社


マルタ醸造株式会社
 本社 : 〒990−0505
      寒河江市大字白岩94
      TEL 0237−87−1701
      HP : http://www.m-miso.com/




 


2013.12.02::[メモ/今月のひと]

県立職業能力開発施設卒業生
株式会社ウエノ 岩井 礼さん

  県では、4つの県立職業能力開発施設(産業技術短期大学校山形校・庄内校、山形職業能力開発専門校、庄内職業能力開発センター)を設置し、現在385名の学生たちがものづくりの技術を学んでいます。
 平成22年度に産業技術短期大学校庄内校の制御機械科を卒業された岩井礼さんは、現在株式会社ウエノ三川事業所に勤務されています。業界初の機械に関わるお仕事や、学生時代に夢中になったロボットのお話などを伺いました。

【お仕事について】
■職場ではどのようなお仕事を担当されていますか?
 我が社では“ノイズフィルターコイル”を作っています。コイルには、機械に誤作動を生じさせるノイズが電源部分に発生するのを抑える役目があり、家電、パソコン、車などあらゆる機械に使用されています。
 コイルは普通、手巻き(人間が銅線を引っ張って手で巻く)で作りますが、我が社が初めて自動巻線機(以下、巻線機)というものを開発しまして、私は、その機械のメンテナンスや修理、改良をしています。

自動巻線機について

■メンテナンスは毎日欠かさず行うのですか?
 巻線機は、基本的に24時間、夜でも稼動していますので、メンテナンスは必ず朝一で、私を含めた3名で行っています。
 また、コイルは製品によって巻き方が変わるので、巻線機の切り替えと調整も行いますし、新しい巻線機の開発にも携わっています。

■新しい巻線機の開発における岩井さんの役割は?
 開発には会社全体で取り組んでいますが、私の役割は、設計技術課の人たちが新しい製品を設計して「こういったものを巻線機で作ろうと思うのですが、どういった巻線機を作ればいいですか?」と相談に来られるので、それに対して「こういった巻線機が良いと思います。」と提案することです。
 開発中の巻線機は、丸い電線を巻くコイルが主流な中、最近、平角電線と言って四角い電線を巻く、我が社独自の“ウエノコイル”を生産するものです。

【コイルが出来上がるまで】
 自動巻線機で銅線(リード線)が巻かれたコイル,蓮半田・フォーミング・リードカットという、銅線(リード線)を半田・成形・切断する機械△鯆未蝓↓の形になり、検査を経て、家電・OA機器・車など様々な用途に使用される製品い砲覆蠅泙后

自動巻線機で巻かれたコイル 半田・フォーミング・リードカットの機械
  攫動巻線機で巻かれたコイル】 ◆ 敞湘帖Ε侫ーミング・リードカットの機械】

 

銅線(リード線)が半田・成形・切断されたコイル 様々な種類のコイル
 【銅線(リード線)が半田・成形・切断されたコイル】
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■1日の大まかなスケジュールを教えていただけますか?
 午前中は、調子の悪い機械のメンテナンスや修理のため、現場で機械にかかりっぱなしです。午後は、新しい試作が入っていれば、そちらが優先ですし、今ある機械も自社開発の機械のため、まだ問題点も多いので改善策を練ったり、新しい部品を設計したりしています。

■お仕事をしていて楽しいのはどんな時ですか?
 機械が好きなので、機械に携わって新しい開発をする時です。自分のスキルも身につきます。また、機械の調子が悪ければ生産数が落ちるなど、生産数や機械の稼働率で結果がすぐに分かる点は、やりがいを感じます。

■逆にお仕事の厳しい面は?
 新しい巻線機を開発するときは、全く新しいことをやるので、決まったやり方もなく、誰に聞いても「これだ!」という正解がありません。とりあえず一人でやってみないとわからない、手探りの状態です。経験が大きく、発想も必要とされる中で、行き詰っても、頼れるのは自分だけで、考えて考えて生み出すしかない厳しさがあります。
 その分成功した時は嬉しいですが、様々な条件や課題、納期に応えなければならない中、出来るか分からないような無理難題の注文が来ることもあるので、プレッシャーもあります。

■今の仕事に就いた経緯を教えてください。
 やはり、機械が好きで携わってみたかったという気持ちが大きかったです。自分の手で製品が出来上がっていくことが好きなんです。自分で物を作る、現場の仕事をしてみたいと思っていました。
 そんな中、我が社の社長と面談する機会があり、そのとき社長が「自分が大事だと思っているのは探究心だ」とおっしゃって、非常に共感したんです。普段から自分も、常に新しいことに挑戦して成長したい、進歩していきたい!と思っていたので。

■社長との面談が入社の決め手になったんですね。今されている機械メンテナンスのお仕事は、岩井さんの希望ですか?
 社長との面談の際に、ロボットを作っていること、自分の作ったロボットであっても絶対に思い通りには動かないこと、動かない原因を考えて完成度を上げていく楽しさ、そういう経験から探究心は自分も大事だと思っていることを話したら、「うちは今、自動巻線機というものを開発しているから、それに携わってやってみてくれ」と言われて、ここに配属になりました。

作業中の写真
【作業中の写真】
  赤、黄、緑の信号ランプ : どの色が光っているかで機械の状態が分かります。

 【産業技術短期大学校庄内校(以下、産短大庄内校)の学校生活について】
■産短大庄内校に入学したきっかけを教えてください。
 普通高校でしたが、もともと物作りが好きでしたし、漠然と理系に興味もあって産短大庄内校のオープンキャンパスに行きました。そこで競技用ロボットというのを見て、自分も「こんなロボット作ってみたい!」とピンと来たの
がきっかけです。

■専攻した制御機械科はどのような学科でしたか?
 メカニックとエレクトロニクスの合体、メカトロニクスという分野です。自分の手で作ったロボットを自分で電気を制御して動かします。入学したら、必ず1人1台は自分のロボットを作る学科でした。実践的な内容が多い学校です。

■岩井さんはどういうロボットを作ったんですか?
 実際に競技会に出てみたかったので競技用ロボットを作りました。競技用ロボットは、世間一般で言うラジコンを使って競技するロボコンとは違って、ボタンを押したらプログラム通りに動くロボットの競技です。私がやっていた競技は、数枚の円盤を1,2,3,4,5…と数字がふってある格納庫に運び入れ、ビンゴを取るという競技です。

■そんなに高度なロボットが作れるようになるんですね。
 
産短大庄内校に入るまで機械の知識は特になかったわけですが、どういう勉強をされたんですか?
 設計し、金属を削って部品加工をし、組み立てて、電気回路を作ってプログラミングして動かすというメカトロニクスの一通りの流れを学びました。
 確かに、私は普通科出身のため、工業高校出身者とは違って全く機械の知識がなく、最初は難しいと思いました。しかし、負けず嫌いな自分の性格もあって、普通科でも工業高校の人に負けないよう、それ以上にと授業はもちろん、それ以外のことにも積極的に挑戦しました。

■学校の授業以外にはどんなことをしたんですか?
 授業以外にも先生の研究室に行って研究を手伝わせていただいたり、部品加工であれば作らせてもらったりとにかく色々な事に進んで取組み、次第に「こういう資格を取りたい、こういう機械を作りたい」と気持ちが高まっていきました。
 そんな自分に対し先生方も、1学年20名に対し先生は6名いらっしゃったので、手厚く指導し応えてくれました。自分がやりたいと言ったことは、全部やらせていただいたので、大変感謝しています。

■学生生活で特に印象に残ってることは何ですか?
 夢中になって取り組んだのはロボット競技会(東北ポリテクニックビジョン)です。先ほどお話した競技用ロボットで出場するんですが、東北の各県に産短大と同じような学校があり、毎年2月に開催されます。対戦チーム数は、各校から複数チーム出場するので、全部で18〜20チームになります。
 普通は、ロボット製作をメインに取り組んでいる研究室の2年生が参加する競技会ですが、私は、この競技会への出場が学校に入学したきっかけだったので、1年生の時から「行きたいです」と言って連れて行ってもらいました。

■ロボット競技会での手ごたえは?
 1年目のときは、研究室で代々引き継いでいたロボットを新しくプログラミングして出場し、優勝できました。しかし、これは引き継いできたロボットや先生の力が大きいと思い、2年目は全部自分1人で一からロボットを作り出場することを決め、2月の大会に向け夏休みから準備を始めました。チームを組んで出場するのが一般的なので、1人だとつらい部分もありましたが、自分の成長になると信じて頑張りました。

■2年目、お一人で出場されての結果はいかがでしたか。
 2年目は3位でしたが、1人で一からやり遂げた分、達成感があり満足できる大会になりました。
 実は、留年したので3回出場しているんです。決勝は産短大庄内校の同校対決でした。うちの学校はずっと優勝していて決勝の同校対決はよくあるんです。その分、学校でロボットを作っている段階から、戦略やプログラムの中身は絶対に明かせない緊張感はありました。3年目も一人で新しいロボットを製作しましたが、途中で上手くいかなくなったので2年目のロボットを改良して出場し、2位になりました。新しいロボットで出場できていればと心残りはあります。

■どうして留年されたんですか?
 ロボット製作など、単純に好きなことに没頭しすぎてしまったからです。例えばロボットは、通常は授業の中で2年かけて1人1台作りますが、私は、それとは別に競技用にも作りましたし、毎年新しいロボットを作らないと嫌だったので、授業が終わってから製作に従事し1年に1台は作っていましたので、レポート提出が疎かになってしまいました。
 留年したとき、友達や先生方は笑っていましたが、自分としては1年長く学校で学べて良かったと思っています。納得いくまで、とことんやれましたから。実はロボット以外にも夢中になったものがありまして。。。

■ロボット以外に夢中になったこととは?
 ホンダさんが主催しているガソリン1ℓで何千キロ走れるかの燃費を競う競技会(Honda エコマイレッジ全国大会)に出場するためにエコカーを作ってました。ホンダさんの原動機付きカブの50ccのエンジンは必ず使用するものと決められていましたが、あとはフレームから何から車両全部を製作しました。企業や一般の方も出場される全国大会で、この大会には2回出場しました。

■企業も参加するとのことで、レベルが高そうな大会ですが出場されていかがでしたか?
 チームで参加するのですが入賞したことはありません。自分が入学した年に学校でも初めて参加したので、最初は何が何だか分からない状態でした。
 初出場で私が作った車両は、1ℓで200キロぐらい走るものでしたが、優勝した企業のチームだと、1ℓで3000キロとか行くんですよ。そういう桁違いにハイレベルな大会でした。実用化されれば夢のようですが、現段階では車両としてはありえず、技術としては活きている状態です。

■非常に密度の濃い学校生活を送られたようですが、さらに卒業研究もありますよね?
 卒業研究には2年生になって研究室に配属されたときから、3月の締め切りまで約1年かけて取り組みました。
 研究内容は機械加工の研究をしました。旋盤にドリルで穴を開けた時、マイクロ単位、1000分の1単位で見ると真っ直ぐ穴が開きません。そういう現象を抑え、より精度の良い綺麗な穴を開けるにはどうすればいいのか、オリエンタルモーターさんと共同で研究をしました。この研究自体、難しかったですし、同時にロボットやエコカーもこだわって作っていたので2年目は忙しかったです。

■学校の授業に、競技会、卒業研究と盛りだくさんですが、友だちと遊ぶことはありましたか?
 普通の学校のように学校祭もありますし、もちろんクラスの友だちとも遊びました。ただ、学校が楽しかったので、授業のないときも、休みの日も、夏休みも基本的に学校にいて機械に関わったり勉強をしたりしていました。
 卒業した今では、一緒にエコカーを作っていた仲間や、機械加工を教えてくれた先生とツーリングに行っています。先生の研究室に入っていたメンバーは、1人1台バイクを持っていましたし、私も学校に入ってからエコカーに携わって、原付のエンジンをいじるようになって興味がわきました。

インタビュー中の岩井さん
【インタビュー中の岩井さん】

■自分で調整したエンジンでみんなでツーリング、カッコいいですね。
 学校で勉強したことで、今、仕事に活かされている事はありますか?
 今、仕事をしていて、全て学校で習った事の延長だと感じています。というのも、ロボット競技会に参加したことによって学んだ知識や技術はもちろんのこと、妥協しない姿勢も身に付き、全てが仕事に活かされているからです。
 一番最初に教わった先生からは「100回動かして100回同じ動作をするのが完璧なロボットだ。完璧を目指してやれ」と言われました。100回に1回でもおかしな動作をした時に「1回ぐらいなら、いいか」と妥協すると、その分だけ必ず不具合が生じます。そんなことは会社では許されません。なぜおかしい動作が出たんだろうと探って必ず原因を突き止めないと、会社ではそれが生産数に直接影響してしまいます。

■今後の目標などありましたら教えてください。
 我が社でも、まだ巻線機が主流というわけではなく、手で巻いている製品の方が多いので、今後、さらに巻線機の完成度を高めて、生産の主流になれるような機械を作りたいと思っています。

■今後、産短大庄内校に進学を考えている方にメッセージをお願いします。
 6名いる制御機械科の先生方は、それぞれ設計や機械加工など専門分野の専門家ですし、設備面では色んな種類の機械が何台も揃っています。パソコンも1人1台は当たり前で、1学年20人なので実習設備も1人1台使える数があり、確実にスキルが身に付きます。
 やりたいことや学びたいことは全てさせてもらえるので、自分からどんどん取り組んで欲しいですね。授業に出て単位を取るのは当たり前。プラスアルファで動いて得たものが今後に活きてきますので、そこの部分を頑張って欲しいです。
 就職活動の際にも、取得した資格や「こういった物を作っていました」とアピールできるものがあると、強みになると思います。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

株式会社ウエノ 三川事業所

 

株式会社ウエノ
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2013.10.01::[メモ/今月のひと]
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