観光農業のカリスマ 工藤順一

▼旅のジャーナリスト会議原稿

旅のジャーナリスト会議で出版している「旅行主義」。
今回は昨年度取り組みました観光振興体制づくり推進事業について寄稿しております。
以下、ご参照ください。

「観光振興支援事業を振り返って」

 昨年の8月から今年3月までの約7ヶ月に渡って、ある町の観光振興体制づくりの支援を行いました。依頼を受けた人口約32,000人のその町は、至極交通の便がよく100万人を有する政令指定都市のベッドタウンとしてのイメージが先行していてとても「観光地」と呼べる町ではありません。秋には特産物の果実が出回り幹線道路沿いには直販所などもオープンしますが、町自体の知名度は著しく低く、町名を言ってもどこにあるかを知っている人はおそらく少なく、隣接する町に日本有数の観光地があるせいか、目的地としてというよりも通り道にある町といった状態であるといいます。但し、町には県立の公園や体育館など大型の施設が多く、サッカーの試合やミュージッシャン等のコンサート、各種企業の催事も行われることも多く、その町を訪れる人の数は年間100万人を超えています。何とかそういった人達からの経済効果や、交通事情の至便さから通過型になっている今の状況を一時滞在型にしたいとの思い、そして「観光」という視点でまちの振興を図りたいという思いから、私に依頼がきたようです。
 その事業を始めるにあたって早速現場に出向き、まち歩きを行いながらリサーチを開始したところ、町の中央を大型ショッピングセンターが占拠し、幹線通り沿いにはフランチャイズ店舗が連なるといった、今は全国どこでもありがちな風景がありました。駅の乗降者も通学・通勤者がほとんどらしく、構内に設置されている町の観光協会事務局には窓口はあるものの利用されている様子も見受けられません。町の人に、どこか食事出来るところはないか訊ねると、大型ショッピングセンターを紹介され、タクシーに乗って、町の中で観光出来るところを訊ねても「何にもない」という回答でした。さて、どうやってこの町を観光地化していくのか、正直頭を痛めました。が、振り返ると私のふるさと「寒河江」も二十数年前は同様の町ではなかったのか?宿泊施設も数少なく、取りたてて有名な観光施設もありませんでした。地域住民も自分の町が観光地であるという認識は毛頭なく、そこに人を招き入れるといった気持もありませんでした。人が訪れないのだから当然「人をもてなす」というホスピタリティーの心も育っているはずがありません。しかし、寒河江には(いやどこにでも)地域資源はたくさんありました。その各種資源を再発見、再認識し、智慧を絞って観光メニューに仕立て上げ、足を棒にして観光業者の営業周りをしていたあの頃のことが鮮明に思い出され、目の前にしているその町とオーバーラップしました。
 この事業を推進していく上で、「講演」と「観光ワークショップ(全5回)」が設定されました。通常の会議の場合、多人数が参加して意見交換を行っても1人が話せる時間は限られてきます。今回のワークショップでは、1つの手法としてポストイットや用紙に書き込むことで様々な意見抽出を行い、参加者の合意を図りながら方向性を決めてくことにしました。しかし出される意見がどのような内容になるか、参加者の意識やその時の雰囲気などで方向性が左右されるため、先導役(ファシリテーターという)はとても重要になってきます。私自身、観光振興体制づくりを支援する際にこういった関わり方をするのは初めてのことで、新しい挑戦でした。
 最初の導入として、私のこれまでの体験とその事例紹介を行う講演を行いました。寒河江という町、なぜ観光農業を行ったか等、ビデオを使い映像と共に紹介しました。
 第1回のワークショップでは、観光先進地の研修として「寒河江」を実際に視察してもらうことにしました。その意図として、「観光資源」についての認識を深めてもらうこと、観光先進地「寒河江」になぜ人が来るのかを学んでもらうためです。論より証拠、百聞は一見に如かず、とにかく目で見て体で実感してもらうことから始めました。
 第2回では、実際に訪問した「寒河江」から受けた印象や観光手法をふりかえること、町の資源を洗い出し再認識すること、ワークショップ参加者の交流を図ることを目的に開催しました。前回不参加の方の足並みを揃える意味でパワーポイントを使い第1回の視察風景を画像で紹介し振り返りを行っています。それをもとにして、ポストイットを利用し自由に感想や印象を書き出し項目別にカテゴライズしました。その後、町民が勧める町の「食」「場所」「人・団体」を自由に書き出して、ベスト10を作成しています。この2つのワークショップを通して、ポストイットを利用し書き込むことで自分の考えや意見が明確化し、更にそれを参加者に提示することでそれぞれの視点の違いや新しい気づきが発見出来たと思います。
 第3回では、まちの既存資源を確認しその利活用方法を探ること、「寒河江」の事例を参考に、新しく事業を始めるためには関係者がどう連携を図り勧めるべきか考えることを目的としました。今度は自分の住む町を客観的に見るためにまち歩きを行いました。これを実施するにあたっては事務局側が準備した「各資源の特徴及び課題」を配布することでその視点を明確化しメモに書き込んでもらいながら視察を行っています。その後寒河江の観光振興の上でターニングポイントになったイベントの概要を説明し、観光事業が一朝一夕に成り立つのではなく小さな成功事例の積み重ねであることの理解を仰ぎました。そして、前回のワークショップで抽出した町の既存資源一覧を配布し、町中で見てきた資源を「観光」という視点からお客様が来て楽しんでもらうためにどの様に利活用していくか、現実可能・不可能にかかわらずメニュー作成を行いそれぞれに発表頂きました。
 第4回では、既存の地元業者による体験観光の取り組みを理解すること、既に独自展開している町の観光事業者と他の観光資源をどう結びつけるかを考えること、第3回で提案されたメニューを元にグループ分けして、実施可能性の高い事業ニューへの転換を図ること(関係者の連携方法などを探る)を目的としました。前回提案されたメニューを一覧にした上で「番号順・季節毎・項目毎」のインデックスを作成し、それをもとに4つのテーマを設定しグループ分けを行って話し合いを開始しました。グループは参加者それぞれが興味のあるところに振り分けています。町の行政担当者にも加わってもらい、約2時間近くの話し合いの後、各グループから発表者を立てて簡単な発表を行いました。
 第5回では、第4回に引き続き各グループが発表した内容をより具現化していくこと、町の観光を進めるための具体的な体制整備について考えること、事業を成功させるための必要条件は何かを考えることを目的として行いました。最初に、町の現状を鑑み私が作成した「観光推進協議会組織図(案)」を提案しました。次に前回提案されたメニュー内容をたたき台にして、実現可能でより具体的な事業になるようにワークシートに書き込む形式でグループでの話し合いを再開しています。更に私の経験から「事業成功の要件について」の説明をすることで、提案メニューがより具現化できるように後押しを行っています。
 このワークショップで作成された4種類の観光メニューは、約40日後に開催した観光フォーラムの際、町内外の参加者(約130名)向けにプレゼンテーションを行ったのですが、私の想像を遙かに超える内容でとても充実していて素晴らしいものになっていました。その背景には、5回のワークショップ修了後各グループは独自に4〜5回の話し合いを持ち、より具体化・具現化できるメニューに組み立てていたのです。今年から早速実施する事業の広報チラシまで作られており、参加者の大いなる変化を感じ取ることが出来ました。私が最初に感じた町民の方々の白けたムードとは打って変わって、やる気と希望に満ちた笑顔がそこには溢れていました。事業メニューを考えることが決してゴールではなく、ここからが始まりだという意気込みも感じられて、私は感動して涙が零れそうになった程です。
 「発想の転換」や「意識改革」は、私が常日頃から講演で伝えていることですが、確実に彼らの意識は向上していきました。単に私は、彼らの潜在能力を刺激し後押しをしたに過ぎないと思っています。地域住民が本気になってまちの未来を考え、智慧を絞り、自分達が輝きだしたとき、まちにも魅力が溢れ人を呼び寄せるようになる。観光というのはそういうものだと思います。今回の事業を通して私は改めて人こそが財産であり、人がまちを変える原動力だということを実感しました。

2006.06.15:観光カリスマ/工藤順一

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