公私の別
「中央日報」の原爆記事ですが、個人的な意見と言って「終息」させようとしています。 同紙は「大韓民国」のれっきとした報道機関であります。 しかも、「論説委員」という肩書は同紙の公式見解なわけです。 個人的で済むでしょうか。 それは、日本の国会議員にも言えることであって靖国の「公式参拝」も「私的参拝」も無いのと一緒なのです。 昨日も書いたように、「靖国問題」は独善的であり、無宗教の「国立施設」を作れば良いのです。 我が国は「神道国家」ではありません。 強制的に「靖国」に合祀されて困っている「英霊」もいることを知らなければなりません。 「信教の自由」として、あらゆる「信仰」を阻害されないのです。 何故、北東アジアは、お互いを思いやり「相手の立場」に立った言動ができないのか。 そこまで憎しみ合う「意味」があるのか。 今、「ヘイトスピーチ」などが横行する「民度」の低い日本になってしまったのが悲しいです。
2013.05.24