母が、「地区副婦人部長」になるための「面接」が、先程「尾花沢会館」で行われました。
昭和29年に、当地で入会。
祖母は、柏原ヤス先生が名木沢を「視察」された時に先頭を切って案内し、休息場所として「当家」を利用したそうです。
母とその家族は、その後「神奈川」に転出。
三ツ沢競技場での「原水禁宣言」の会場に、私の父と共にいました。
もはや、数少ない「戸田門下生」の一人です。
2代~3代会長の直結の「弟子」なのです。
母は私の「師匠」です。
きっと、「おばね」の地に新風を巻き起こしてくれることでしょう!
「二人三脚」、そしてそこから「輪」も広がってきました。
来年は、本当の「勝負の年」になることは間違いありません。
「魔」には負けませんから・・・。