「彼岸会」が、日本独自の行事だということはあまり知られておりません。
仏教発祥の地は、インド北部。
そして、大乗・小乗の差はあるにせよ、シルクロード経由の「北伝」と東南アジア経由の「南伝」があります。
日本の「仏教」はほぼ「北伝」と言って良いでしょう。
さて、先程私は「彼岸会」を日本独自の行事と書きました。
「釈尊」の著わした「経典」をもとに「信・行・学」を行ずるのが本来の「仏教」であるならば、何故に仏教伝来経由地の「アジア諸国」がやらず、日本のみの行事なのかという「疑問」なのです。
まず、「政治利用」が大きいのでした。
「彼岸会」の始まりは、桓武帝の弟。
早良親王の「魂鎮め」を皇室の指示で執行したと記録されています。
日本の歴史を「真剣」に見るにつけ、政治が宗教を道具としてきたことがわかるのですよ。
一番良い例が江戸時代の「檀家制度」。
これは、「幕府」が宗教を利用して巧妙に市民を束縛した制度なのです。
そんなものが未だに現代に「生きている」。
これらが、「初詣」「彼岸」「盆」等々の名残りなのです。
日本人は、「宗教無知」であることは間違いありません。
こんな、「儀式宗教」に惑わせることなく、普段から「先祖供養」を日常的に「意識」して行なっておれば、良いのではないでしょうか。
「西洋史」を語るとき、「聖書」を知らずして語れないのと「真逆」ですね。
良くも、悪くも。
「暴走老人」の「神道は宗教ではない」発言で、完全にこの国は「宗教後進国」であり、過去の「反省」もできないことがわかりました。
記紀伝説を信じるのは、何と「非科学的」でしょうか。
宗教は、「オカルト」ではないのです。
しっかり、「理論」立てて追求する必要があるでしょう。