菅野芳秀のブログ
▼ピョンの頭突き
26歳で農業に就いたとき、まず当たり前の農民になることが僕の課題だった。6年後、今度は僕らしい農業をつくろうと思い、まず手始めにヤギを飼った。
「これでオレも有畜複合経営の仲間入りだ。」と百姓の友人達に胸をはったのを覚えている。仲間達は軽く笑ったがオレの気分は高揚していた。ぼくはそのヤギにピョンという名前をつけた。
農作業に出かけていくときはいつもピョンを連れて行った。田んぼでは首にかけた縄を解き、ポンと尻をたたいてやる。ピョンは嬉しそうに駆け出して行く。遠くにいっても呼べば僕をめがけて走ってくる。僕が仕事をしている間、ピョンは草を食いながらのんびりとした時間を過ごしていた。
お昼が近付き帰る時間になると、ぼくは「ピョン!」と大きな声で呼ぶ。ピョンは思い切りこちらに向かって走ってくる。そしてきまって5mぐらい手前で止まるのだ。いつもここから難儀する。
ピョンには分かるのだ。自由の時間に終わりが来たことを。
「オイ、帰るぞ。こっちに来い。」
僕が近付けばピョンは離れる。なかなか捕まえることができない。しばしのあれやこれやの駆け引きの後、やがて彼女を捕まえて首に縄をつける。でもこれでひと段落とはいかない。トラクターの荷車の上に乗せるのがまた一苦労。
ピョンは手にしたしばしの自由を奪われまいと、荷車に乗るのを懸命に拒否する。あわよくば逃げようとさえする。僕に何度も頭突きをかます。蹴りをいれる。
腹へっているのに、くたびれてもいるのにピョンとの格闘はなかなか終わらない。真昼間、広い田んぼのなかでのこと。1m90cmの大男とヤギとのこの模様は遠くからでもよく見える。恥ずかしいし、あせりもする。でもピョンはそんなことはお構いなしに執拗に抵抗し続けるのだ。
オレはピョンのこの抗い続ける姿勢が好きだ。
いくら家畜に身をやつしていても、手にした自由を制限しようとする者には全力で抵抗し続ける。相手はいつも「えさ」を与えてくれる人であっても、たとえそれがとてもかないそうにない大男であったとしても、である。
「妥協はできない。絶対にゆずれない。」
いつも、いつも、あきらめることなくそう思っていたのだろう。ピョン、お前はたいしたもんだ。
さて、ヤギのピョンの話はこれで終わりだ。ところで話は変わって、オレ達のことなんだけどな・・・頭突きの話だよ、オレタチノ。いっぱい飲みながら話そうか。
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2007.11.13:kakinotane
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