菅野芳秀のブログ
▼ゲージからの解放
しばらく日本農業つぶしを進める農業政策批判を離れ、ニワトリたちの境遇を知ってもらう文章をお届けしたい。しかしこれは結局同じ話に落ち着かざるを得ない。同じ日本というシステムの中の世界だから。
ここで何度か書いて来たけど、ゲージ(籠)に入れられたニワトリたちは、あまりにも悲しい鳥たちなのだ。だから繰り返し取り上げたい。少しでも彼らの救済につながればと思ってのことだけど。
日本で飼育されているニワトリの92%以上がこのゲージ飼いだ。日本人が普通に食べている卵、スーパーから買ってくる卵は全部これ。「森のたまご」であろうが「ヨード卵光」であろうが全部これ。ひとたびそこに入れられたら最後、彼らは羽を広げることはおろか、歩くこともできない。そこには金魚鉢の金魚ほどの自由もない。
想像してみてほしい。狭い籠にギュウギュウに詰められ、絶望の中で暮らす毎日を。
おそらく世界中の生き物の中で、最も自由を奪われている生き物が彼らだ。生きること自体が地獄の日々。叫びたくなるような過酷な日々。実際に泣いてもいよう。叫んでもいよう。生産効率が何よりも優先された飼育方法の行きついた先がこれだ。過密状態で大量に飼育される「工場」の中で、鶏たちは苦しみ、もがき、絶望しながら短い一生を終える。
ヨーロッパではすでにこのケージ飼い養鶏は禁止となっている。それは「動物福祉」という考え方から来ている。アメリカでも6つの州で禁止が決まっていて、その輪は年ごとに拡大しているという。経済動物ではあるけれど、処理される直前までその動物らしい暮らし方が保障される。いのちの尊厳が守られる。
なんとか不幸な彼らをこの境遇から救う手立てはないものか。俺も考えた。これはニワトリだけの境遇ではないなと。我々日本の農民もまたこの「経済効率」で潰されかかっているし、多くの日本に住む人々の上にだって辛くのしかかっているのもこのモノサシから来る現実だ。
労働者の3割近くが何の補償もない「非常勤」を強いられ、女性労働者の半数近くもそうだ。人を幸せにしない「経済効率」。
あまり大きなことは言えないが、ニワトリたちを企業養鶏から救済するだけでなく、あわせて「経済効率のモノサシ」自体を問い直すことが必要だろう。そうしないとニワトリ同様、我々もまた「生きて行く幸せ」を実感できぬまま人生が終わってしまいかねない。
ニワトリ解放戦線を作ろう!まず彼らを大地の上に解放だ。それとともに俺達。我々には何重にも籠があるが最後の籠を破って外に出た時が解放の時だ。経済効率のカゴと最後の籠、日米地位協定、アメリカのカゴだ。
(左は菅野農園の放牧養鶏。右は効率優先のゲージ飼い養鶏)
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2026.05.20:kakinotane
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