菅野芳秀のブログ
▼笠原眞弓さんの書評
友人で、国際有機農業映画祭運営委員の笠原眞弓さんが、日本有機農業研究会の機関誌「土と健康」誌に、拙書「七転八倒百姓記」の書評を書いてくれました。笠原さんはこのフェースブックでも平和、平等、反差別、反原発、沖縄との連携・・などの視点から感性豊かな発信を続けておられます。
そんな彼女からの書評を光栄に思い、皆さんとも共有したく、ここに掲載いたします。
ー「田舎」の出世は「堂々たる田舎」になることー
『七転八倒百姓記 地域を創るタスキ渡し』
<農的景観を大切にしたい>
朝日連峰の山々が視界をさえぎるまで、出穂前の緑の稲が風で揺れていた。ここは、山形県置賜地方。菅野芳秀さんの田んぼは、その一角にある。都会育ちには、この景色を保つのに一体どれだけの苦労が必要か、なかなか想像しがたい。しかし彼らは、何も「景色」を保つために百姓仕事をしているのではない。泥の中を這いつくばり、日の出から夜中まで、雨が降っても作業をやめないこともある。その結果としての「緑の稲田」なのである。
本書を手にすると、百姓をすると決めた時に目指す農業として4項目を挙げ、その3番目に「農的景観を大切にした癒しのある農業」とある。この「優しい景色」は、農業をすることの大事な動機付けでもあるのだ。ちなみに2番目には「食の安全と環境を大切にした農業」とある。
彼は、分家して3代目の農家になるはずだったが、別の道を進もうと画策し、新聞奨学生として上京に成功する。
農学部2年の時の農業実習の授業で、教授の言う農業政策に農業のための政策がないどころか、工業の発展のために貢献する農業であることに気づき憮然とする。
<「堂々たる田舎」を創ろう>
そんな気持ちを抱きながら「三里塚の百姓の闘い」に刺激を受けて現場に入り、やがて沖縄に行く。そこで地に足の着いた地元の人たちの生活と抵抗をつぶさに見て、大きな影響を受ける。田舎の出世は都会になることではない。地元に「堂々たる田舎」を創ろうと置賜へ帰るのである。
今でこそ大卒の農家は珍しくないが、当時は大学へ進学したらそのまま町で暮らすのが当然だった。そんな中で彼は、農家になる決心をする。イヤイヤ戻ったのではなくて、ゆるぎない選択であった。
そして折しも始まった減反政策に反旗を翻すのである。一人でも減反しないと集落全体が助成金を貰えない。連日の説得に、ある日矛を収める。しかしそれは決して敗北ではなかった。若造(本人)は学び、周囲もこの取り組みに、強い影響を受けていた。
菅野さんの頑張りは、減反反対とアジアの農民との交流のほか小さなグループでの減農薬のコメつくりが、やがて置賜地方全域からヘリコプターによる農薬の空中散布廃止に到る迄、有機的につながっていく。その中でも特筆すべきは、生ごみの堆肥化「レインボープラン」(1997年稼働)への取り組みである。
減反反対運動を抑えようとした市長は、一方で彼の徹底した抵抗が、自己の利益のためではなく、農家の誇り守ろうとしていること。それを感じ取り、彼のその後を見守っていたと思われる。市長は、彼が地元の小さな足場で頑張っているときに、市長の肝いりで始まった地域づくりに彼を委員として加えたのだ。それまでの一貫した農村をお輿していこうとする理念と組織力、推進力を認めたということだろう。この頑丈な足場を生かして実現したのが「レインボープラン」だったのだ。その経験が、広範囲な置賜自給圏に広がって行った。
<市民運動の作り方の指標に>
この本を読み終わった時、二つのことを強く思った。一つは、百姓としての彼の七転八倒が、広く市民運動の作り方への指標となっていると。それは、「いくつかの教訓」という項にまとめられていて、この本がさまざまな人に受け入れられるだろうと思われた。またその教訓は、期せずしてジェンダーにもかかわっている。
レインボープランを形にしていく中で、彼は地域の女性たちの力を恃みとし、支えられた。結婚して集落外から入ってきた女性たちは、よそ者だ。事を成そうとしたとき、違う考えを取り入れることの大切さを学んでいた彼は、積極的に女性の意見に耳を傾けた。農村は、表向き男性優位だが「農協は婦人部でもっている」と聞いたことがある。まさにそうなのだと思う。
もう一つは、父親が彼の防波堤だったのではないかということ。東京の大学に出した時点で跡取りのことはあきらめていたかもしれない。それが帰ってきた。しかも農村の和を乱す減反反対を掲げて。それでも父親は、息子に何も言わない。地に落ちた柿の種が新しい芽を出すのを見守るように。
すでに「家督」を頼もしい息子に譲った菅野さんは、これまでの経験をもとに、今後どんな発展をするのかと思いきや、友人知人を訪ねて、全国行脚をしたいと漏れきく。楽しみである。
国際有機農業映画祭運営委員
笠原眞弓
画像 (小 中 大)
2022.07.28:kakinotane
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