愛の行方は・・・

 

 

 

H・D・ソローの

ヲールデン森の生活と言ったら古典かな

 

ヲルトンの

釣魚体全なんて言ったら、もっと古典かもしらん

 

アシモフの

火星人が攻めてきた(宇宙大戦)なんちゅうのは

小学校時代に、世界文学大全集か何かで読んだのだが

あれだってもはや古典なのであろう

 

シェークスピアなんちゅうのは

古代の文学

 

子供の頃のオレが感動して泣きまくった

ジャンバルジャン・・・ああ無常

こりゃ、レ・ミゼラブルか!?

 

そんなもんは、もはやこの現代においては御伽話か・・・・・

 

 

 

時々、ちょこっとだけ文学的になる・・・

というか、文学的だったワタクシの昔が台頭する瞬間もあるのだが

 

そういった文学的なワタクシがどうしても許容できんのが

我田引水や

以下のような輩である

 

イメージ 1

 

本日あたりのニュースで盛んに流される

高速道路での事故

 

イメージ 2

 

メディアの取材に

死人に口なしを良い事に

自分の都合のいい事ばかりを話す青年

 

 

現行の法律が想定しえない行動に

その青年を捌く法は備わっていない

 

 

単に自己愛なのである

 

その青年は、極端な自己愛に溢れ

その辺の我田引水とさほど変わらない自己を溺愛するという共通する習性により

他を著しく不幸に招き入れるという事である

 

 

法は、現代の欲求や要求より

過去の先に述べた文学の様なものを基礎に

人情などを考慮し築かれたものであるが

もはや、人が当然の事と思っていた人情や深層心理は

ノーベル文学賞の発想をもってしても

表現発想が困難な程、超人類化し未来化し、腐っているのではなかろうかと

そう思うのである

 

 

件の事件は、交通関係の罪状をあてられるのだろうが

人情ある人なら誰でも

逮捕者の、未必の殺意というものを思い

交通違反云々ではなく、そこに

殺人罪

というものを充てられぬものかと

そう思うのではなかろうかと推察するのである

 

イメージ 3

 

 

そして、間違った行いに

公共の利益を思い注意した人に対し

↑の言い草はなかろう

 

こいつはオレの近所の我田引水と何ら変わらん

同じ事を言うやつである

腐った自己偏愛者である

 

つまりは愛を共有できない不幸な人だと思うのである

 

治せる、改める事の出来る自分の不備を

あえて改善する気もなく

良い方向に改善できるチャンスを逆恨みというかたちで表現し

現に2人の命を奪い、その家族を深い不幸に導いている

 

法には限界がある

全てを網羅していないのが法である

 

が・・・・・

 

それにしても・・・・・

 

 

と、そう思わざるを得ない事件である

 

 

 

 

 

 

 

核なんぞという恐怖もあるが

 

キチガイという恐怖や脅威は

 

どこぞの元帥様に限らず

身近に潜んでいるのである

 

 

 

人を愛することを知らず

人に愛や仕合せを分け与え共有できない事の不幸

 

それは

 

まさに狂気と裏腹というよりも

密接に関係する

自己を強力に愛するという変質

 

または 精神の闇なのであると思うのである

 

 

 

 

 

イメージ 1

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2017.10.11:N,Takanoo:[文学的な考察]

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