お国では、政府では、どうも国内で停止中の原子力発電所を早急に再稼働したいようである。
さてさて、これにはどういった理由があるのか。
言われているのは、電力不足・・・・
昨夏も、今冬も、不足が危機的で早急な対応が必要だ、と言う割には何とかなっている。
昨夏は、節電でちょっとトーンの落ちた都会のネオンも、店舗の店内も、今では震災前と変わらない。
これで足りている訳だ。
素人が、何の検証をしなくとも分かる事だ。
足りないはずがないのである。
そもそも、電力不足であるというのは電力会社の言う事であって、外部第三者組織などによってその内情が正確に調査されていない。
まあ、言い方によっては電力会社が原発を再稼働したいがための方便であるととれなくない。
原発は、発電所でもあるが、恐らくは想像以上の利権発生場所であろう。
電力も発生するが、それ以上の利権も発生する。
今の、この福島を経験した日本は、早急な原発再開は求めていないし、原発そのものを拒否しようとする流れがある。まして私などは、事故が起こるず~と前から原発には反対である。
いまにあっては、電力不足を言うのであれば、原発以外の発電を頑張ればよい。
そのための電力料金値上げであればやむを得ないとも思うのであるが、どうも、この値上げであっても、庶民に対する意地悪としか思えない。
そう、「原発がないと電気料金が上がるんだよ~分かったかぁ!」
という電力会社の恫喝的意識操作であるとしか思えない。
危険な発電所を稼働して、大事故を起しておいて、その責任を果たすと言う気概が伺えないのである。
人の家の庭に糞を垂れ、それを見ていた家主に咎められても、知らん存ぜぬ俺のせいでもない。と言って立ち去るのと同じである。
事、原発に限って言えば、その事故の規模により数万数十万の人間の命との引き換えになり、その影響も数十年数百年となる。
不幸にして戦火の中にある地域での、無差別自爆テロという卑劣で、そして悲しい事態よりも、もっと残酷で罪深い事態である。
(追記;命に関わるので、どちらの罪が深いとか残酷かと言う事よりも、どこあっても、命の重さは同等である。)
原発稼働者はワイシャツと背広とネクタイを着たプルートである。死の国の魔神オルクスや慰霊の神フェブルウスである。
政府にあっても、首相を筆頭に原発再開の意向が強いようだ。
福島原発の検証も終わっていないと言うのに。
そもそも、原発は危険だと言う意見に対し、如何なる事態があっても二重三重の鉄壁な対策により絶対安全だ。と言って、国民を騙していた連中である。
絶対安全が何故崩壊したか・・・・・、想定外の事態ではない。
それは、全然安全じゃなかったからである。
地震の見積もりが低かった、想定外の津波だった・・・・と。
映画で、アバターとかいろんなSF作品を作り出す人間が、想定できない事態なんてそうそうないのである。
想定外なんていうのは、責任逃れの詭弁なのである。
直径5センチの隕石が本州太平洋100㌔沖に衝突したとしよう。
大きな津波が発生するんじゃないかい?
秒速11キロを超える小さな隕石が原発を直撃したりしないのかい?
或いは、飛行機やミサイルは(人的であれば命中率は100%に近い)
そもそも絶対安全というのは真っ赤な嘘と言う事なのである。
縦と矛に似ているのである。
お金にぶら下がる政界、財界、そしてそれにすがるしかない、そうさせられてしまった設置地域。
どうか、政治は未来を造って欲しい。
今よりも、未来を創造して欲しい。
子供たちや、その子供たち、末代の未来を守って欲しい。
僕たちは、常に未来を創造しているんだ。
政治や経済がそれを破壊しないでほしい。
細やかながら、人間の本質は、生命の本質は、能天気なようでもあるが細やかな明日の幸せ、未来の存在を望んでいるだけなのだ。
お金に埋もれた生活が人間の求める生活ではないのである。