ハモコミ通信2019 12月号

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今月も、「まちネタ」(街で見つけたコラムに潜むコミュニケーションのネタ)をお楽しみください。

 


 

◎表彰ということ

 以前、ある雑誌に恵まれない境遇にいる人を紹介する連載記事を書いた時の事である。

 毎月、福祉施設に5千円のお金を35年間も送り続けているという女性に会いに行った。

 8畳1間の木造アパートに住み新聞配達をしている70歳の女性は、僕の取材をかたくなに拒(こば)むのをやっとお願いした。

 彼女は、2歳の時に母親が病死、施設にあずけられる。

 ほかの子にいじめられ、かばってくれる職員の優しさが身に染みたという。

 中学を出て働いた紡績工場で、20歳のとき工場の男と結婚、7年間に3人の女の子が生まれるが、彼女が30歳の時、夫は結核で死亡、彼女は夫の少額の退職金で、道ばたで、リヤカーを店にネクタイを売る。

 上の子は小学生、あとの2人をリヤカーの横で遊ばせる。

 ネクタイは1日に1本くらいしか売れなかった。

 ある時、中年の女性がきて、

 「これタイ焼き、子供さんに」

 と差し出され涙がほとばしった。

 冬の雪の日、2人の子供が、空腹と寒さで泣きわめいているとき、初老の紳士がきてネクタイを2本買ってくれる。

 彼の身なりから、とても彼女が売る安物のネクタイを身につける人とは思えなかったという。

 彼は一言も喋(しゃべ)らず、釣り銭もとらずに去って行った。

 間もなく彼女は疲労で倒れ、市役所へ行き、医療費の助成を頼んだが、規則で金は出せないと言われた。

 しかし、その職員は自分用の牛乳を1本持たせてくれて「力不足でごめん」とあやまったそうだ。

 彼女は露店をやめて新聞配達をはじめる。高校に入った上の子が夜は食堂の茶碗洗いのアルバイトをして2人の妹の世話をした。

 ある日、新聞で親のいないこの施設が経営難と知り、彼女は即座に5千円を送った。名前は伏せた。

 家族4人の生活は苦しかったが、自分を助けてくれた人を思うと苦しいなんて言ってられなかったという。

 35年間の毎月の送金が知れ、市が表彰したいと言ってきたとき彼女はきっぱりと辞退した。

『私は昔、ある人からタイ焼きをいただいたとき決心したんです。一つの手は自分と家族のために、もう一つの手は、人様のために使おうと。私のしたことなんか、たいしたことはない。表彰するなら私に牛乳をくれた人やネクタイを買ってくれた人を表彰してください』

 彼女の言葉に、僕は絶句して天を仰いだ。

 

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<コメント>

 入力しながら涙があふれて止まりませんでした。よろしければ、ゆっくりもう一度読んでみてくださいね。

 受けた恩に対するこの70歳の女性の決心と行動はすばらしいですね。

 もちろん自分の心がボロボロの状態の時に受けた親切ですから、本当に沁みたのだろうと思いますが。

 感謝の心を持つだけでは不十分だと、尊敬する方から教わりました。恩に報いる行動に換えていかなければならないと。

 いただいた恩は、直接その人に返せなくても、別な形で別の人に『恩送り』することができますね。この女性のように。

 一方、タイ焼きをプレゼントした女性も、ネクタイを買った紳士も、牛乳を差し出した市役所の職員も、親切心を行動で表したわけですが、一人の人にこれだけ大きな影響を与えたとは思ってもいないでしょう。

「ある時、お客さんからほめられた一言で、この仕事を一生のものと決めました」という類の話を聞くこともあります。

 相手を思いやる優しい表情や言葉が、人の心にいかに響くかということにも思いを馳せたいものです。

 気ぜわしい時節ですが、「人様のために」できるちょっとしたことを意識して、それを行動に移し、温かい気持ちを感じ合いたいですね。

 


 

2019.12.02:壱岐産業:[事務局ノート]