震災から5年

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<第1回被災地お掃除志隊in石巻>

 

あれから5年。

 

まずは生死の確認というのが第一でした。

 

家族はすぐに確認できました。一番下の娘が中学校の体育館で避難者のお世話をしていて

しばらく帰ってこなかったのが気がかりでしたが、懐中電灯を届けに行ったら、しっかり

率先して働いていました。

 

沿岸部に住んでいた友人の無事が確認できたのは17日でした。

一人は釜石、一人は南三陸町で、どちらも海が目の前というお宅だっただけに、

本当にほっとしました。

 

当時のメールを少しだけ読み返してみました。

メールがつながったのは3月15日のようです。

 

250通ほどたまったメールを読み、緊急性のあるものから順番に返信していきました。

生死確認情報、食料確保情報、生活物資調達情報、放射能情報、ガソリン情報などが

特に重要でした。

 

このころはガソリン携行缶が手に入らず、5時間半待ってようやく20リットルという

厳しい現実がありました。

 

3月20日に、仲間内のマルシェを行いました。

北海道から10万円分くらい食料や生活必需品を車いっぱい買い込んできてくれたのを

仲間同士で分け合おう、というものでした。

 

つまりその時点でもまだまだ日常生活に不自由していたということですね。

 

3月21日には2回目の新潟買い出し。仲間4人で向かいました。

そのときのメール。

 

新潟は何でもそろってましたが、こちらの被災者のことを考えると

贅沢なものを買う気にもなれず、夕食は時間がなかったせいもあり、

はぜっちのお母さんがくださったコッペパンに

コーヒーブレンディをしみ込ませてかじりました。

これが一番しっくりきた感じでした。
 
実に当時の心境を思い出させる一節でした。
 
 
2016.03.17:壱岐産業:[事務局ノート]