ハモコミ通信2021年8月号

  • ハモコミ通信2021年8月号

今月も街ネタを2つご用意しました。
生活に取り入れたり、仕事で生かすなどしていただけると本望です。


 

◎人間は努力するかぎり、迷うものだ ― ゲーテの言葉  森本哲郎(評論家)

先人の言葉は逆境の時ばかりではなく、順境の時の戒めとすることもできます。

新聞の学芸記者だったころ、将棋欄を担当していた同僚に頼み込んで、升田幸三、大山康晴両棋士の名人戦を見学したことがありました。

ところが、実際に観戦してすっかり閉口してしまいました。

いざ対局が始まると、駒が一つ動くたびに「大山名人、長考1時間43分」といった具合です。

その長い間、素人の私はひたすら次の手を待つしかありません。

何とも退屈で、もうこりごりして帰った記憶があります。

その対局のあと、しばらくして大山名人にインタビューする機会がありました。

私は観戦の体験を思い出し、いったい、どういう時に長考するのか聞いてみました。

すると、大山名人の答えはこうでした。

「そりゃ、うまくいきすぎている時ですよ。だって、物事というものは、そんなにうまくいくはずがないでしょう」

それを聞いて、なるほど「守りの大山」といわれる秘密はここにあったのかと、私はそ“秘密”を初めて知らされました。

普通の人なら、物事がうまく運んでいる時は、その勢いに乗って突き進み、何も深く考えません。

だから、思わぬ落とし穴に嵌り、失敗してしまう。

ところが、大山さんは「物事というものは、うまくいくわけがない」ということを確信しているので、やたら順調に進んでいる時は、どこかに落とし穴があるに違いないと考えるのです。

これは勝負に勝つ秘訣であると同時に、人生を誤らないための至言だと思い知らされました。

私の青春時代は戦争の真っ只中でした。召集が来れば、必ず戦死する。

そう考えると、たかだか二十歳前後の短い生涯だったけれど、自分なりに人生を総括しておきたいと思うようになりました。

毎日、真剣に本を読み、友と議論をしました。

しかし、本を読めば読むほど、人に会えば会うほど、迷いは深まるばかりでした。

そんな時、私はたまたま友人に勧められてゲーテの『ファウスト』を読み始めました。

その中で「人間は努力するかぎり、迷うものだ」という文句を見つけたのです。

その文句を読んだとき、思わずはっとしたのをいまでも忘れることはできません。

何かを成し遂げようと思った時、迷うことなく目標に達することなど、決してあり得ません。

高い目標を掲げれば掲げるほど、何かを成そうと願えば願うほど、人はあれこれ悩むものです。

逆に見るなら、迷わない人間とは、何の努力もしない人間と言えましょう。

努力しなければ、迷うことさえないのです。

ゲーテは迷いこそ生きている証拠であり、迷ったあげく目標に到達するところに人間の真実がある、と確信していたのです。

それ以来、私は迷うことを少しも苦にしなくなりました。

迷うということは、それだけ真剣に努力していることの証拠だと考えたからです。

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<コメント>

人は、自分が立てたアンテナに引っかかった言葉に反応するもの。普通の人が聞き逃す言葉にビビビッとくる訳です。

迷うことを苦にしない、と言い切れるのは、何事かにチャレンジし努力を重ねている人にしか言えない言葉。

自分もこうあり続けたいです。

それにしても、20歳前後に読んだ本の1フレーズが、人生を貫く芯としてずっと存在し続けるとは!

『真理を突く言葉』の凄さと、『命懸けの真剣な問い』の威力を感じました。


 

◎気を満ち溢れさせる四条件  唐池恒二(九州旅客鉄道会長)

繁盛する店と繁盛しない店を分ける一番の要素は、その店に気が満ち溢れているかどうかだと気づきました。

気というのはたとえ初めて行く知らない店でも、なぜか入る前から薄々感じるものです。

綺麗に掃除されていたり、元気のいい声が飛び交っていたり、そういう店はいい店だなって思いますよね。

実際、料理もサービスもほとんど間違いない。

では、気を満ち溢れさせるにはどうするかと、これは外食事業部時代からいまも社員に言い続けていることですが、一つは「スピードあるキビキビした動き」。

迅速に動くと気が集まります。

二つ目は「明るく大きな声」。

挨拶にしても打ち合わせや電話にしても、小さな声でヒソヒソ喋っている人がいるんですけど、それじゃあ全然職場に気が満ち溢れません。

だから、もっと明るく元気に大きな声を出せと、こう言うんです。

三つ目は「隙を見せない緊張感」ですね。

誰に対して緊張感を持つのか、それはお客様です。

本社にいるとお客様は見えませんので、お客様を想定して、こういうことをしたらお客様はどう感じるか、どう反応するかということを意識する。

現場は常にお客様に見られているので、お客様がいつ来られてもいいような態勢を整えておく。

接客サービスで一番大事なのは、「待っている時の姿勢」なんです。

お客様は大抵予告なしで突然いらっしゃいますよね。その時に、いつ来店されてもいいような表情、態度、事前の準備ができているかどうかです。

例えば、店に入った瞬間、従業員がつまらなそうな顔をしてボーっと突っ立っていたり、客席の横に食材の段ボール箱が放置されていたりすると、それだけでもうこの店はダメだなと思うでしょう?

ですから、接客サービスというのは準備で八割決まると思います。

普段から準備をしていないと咄嗟(とっさ)の時に対応できない。

毎日「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」という声出しや笑顔の訓練をしていると、咄嗟の時にも自然と出せる。

お客様に隙を見せない緊張感を持つとは、準備を徹底するということなんです。

四つ目は「貪欲さ」。

もう一人お客様に入っていただこうと呼び込みをするとか、もう一本ビールをお勧めしようとか、もう一品おつまみをご注文いただこう、あるいはもっと自分を成長させようといった追求心、向上心です。

「スピードあるキビキビした動き」「明るく大きな声」「隙を見せない緊張感」「貪欲さ」、この四つを徹底的に現場に浸透させることで、8億円の赤字を抱えていた外食事業部を3年で黒字化へと導くことができたんです。

7年間外食事業に携わった後、鉄道事業でも同じ手法を用いて改革にあたりましたが、気というのは規模の大小、業種の違いに関係なく、どんな組織でも共通するのだと確信を得ました。

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<コメント>

『気というのは規模の大小、業種の違いに関係なく、どんな組織でも共通するのだ』というご指摘。そのとおりですね。

唐池氏は、コラムにあるとおり、JR九州の飲食部門を立て直したことで知られており、現在のJR九州は、売上の6割以上を、外食、不動産、農業、ドラッグストア、海外事業など非鉄道事業で上げているそうです。

氏が2009年の社長就任時に掲げた夢が「ななつ星」という世界一の豪華寝台列車構想です。(ハモコミ通信4月号②の水戸岡鋭治氏が関与)

社内に気が満ちてないと、実現には至らなかったことでしょう。

明るい挨拶、元気な声、当たり前のようでいてできてないことだと思います。

こういうことは繰り返し繰り返しトップ自ら実践しないと組織に定着しないものだと思います。

ご指摘いただいている4つのことはどれも基本的なものばかり。複雑で難しいものは一つもないかわりに、やり続けることは案外難しいものと言えると思います。

そういう小さいことをバカにせずやり通したいものですね。

2021.07.24:壱岐産業:[事務局ノート]