ハモコミ通信2011年5月号「忘れ得ぬ人」・「正論」

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コラムで見つけた ちょっといい話 その4

今回もある小冊子より、コラムをご紹介します。

 

■◇■  忘れ得ぬ人   ■◇■

 人には人生の中で大事な日が存在します。大切な人がなくなった日、つまり「命日」が挙げられるでしょう。

 人がこの世から去った日は、その人に対する恩と感謝を有する人にとっては、忘れ得ぬ日です。忘れられない日がある限り、そこに忘れられない人が存在するといえます。

 故人の供養として、仏教では祥月命日を設けています。月ごとに故人を偲ぶ機会が設けられているのです。それはあたかも忘れ得ぬ人と互いに語り合う場といってもいいかもしれません。

 生前に様々な形で影響を受けた人には、逝去してなお教えを請うことができます。今は亡き方々の姿を自分の目の前に置き、自分自身を律する糧とすることができるのです。

 大切な人の思いに応える一生を貫くためにも、「あの人が今の自分を見たらどう思うだろうか」と自問自答をしていきたいものです。

■◇■    ■◇■   ■◇■

 毎月決まった日に、原点に帰る、思いを新たにする、そんな日を作ることによって故人の思いがつながっていく。仏教の考え方、とてもしっくりきます。

 

■◇■  正論   ■◇■

 Y氏は路上喫煙禁止地区で喫煙している男性を目にしました。

 人目を気にすることもなく、傍若無人にタバコを吸い続ける男性の態度に腹を立てたY氏。大きな声で「おいお前、タバコを消せよ!」と注意をしました。すると男性は不機嫌そうにタバコを投げ捨てたのです。

 不快な思いを消せないY氏は、友人にその経緯を伝えました。すると友人からは「Y君の主張は正しいけれど、その言い方だと相手が気を悪くするのも分かるよ」という言葉が返ってきたのです。

 友人の率直な意見に対してY氏は、注意した時の自分の言動と表情を思い起こしました。顔は強ばり、態度が高圧的になった自分に気づかされました。

 自分は正しいことを言っているという思いから、〈相手を責める心が先行し、感情的になってしまった〉と、Y氏は反省しました。

 「自分は正しい」は、時として「相手は間違っている」という責め心を呼びます。「正論」が相手を制する「制論」とならないよう、十分に留意したいものです。

■◇■    ■◇■   ■◇■

 責め心。イソップ物語「北風と太陽」の北風を思い起こします。

 

お掃除志隊 in 石巻・東松島

「 動けば何かが変わる 」

 仙台ゾウ・プロジェクト有志でお掃除志隊を結成。被災したメンバーの家族・親戚宅を中心に、ヘドロに漬かった家財道具の運び出しや、床下にたまったヘドロの汲み出しなどを毎週末行っています。これまで6回実施のうち4回参加してきました。よろしければHPをご覧ください。

 この中で感じたのは、つながりの大切さです。一人ではできないことも、仲間が集まれば何でもできそうな気になり、そして動けば何かが変わります。途方に暮れそうな状況も、魔法のようにキレイになっていきます。

 徳島AWAおんなあきんど塾は、バザーで得た収益金で宮城県からモノを仕入れ、復興市を行ってくれるそうです。こういうのがこれからうれしい支援ですね。

 

2011.05.03:壱岐産業:[事務局ノート]