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まぁまぁですね

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12月10日(土)  夕刻から雪が降り出した

 

 娘を園に送って、遅れている家の周囲の雪囲いをしなければならないのだが、なかなか進まぬ。

少しづつ片づけ方をしながら作業する。

 

 

 

 

 

12月11日(日)  朝は晴れ  のち曇り  小雨から雪になり 夜になって強く降る

 

朝起きて外を見ると、うっすらと雪が積もっていた。

思っていたほどではない。

 

相方が娘を連れて出勤、今日は実家にお世話になる。

 

午前中に外仕事。

 

13時30分から、川西町の葬祭ホールで、葬儀の伴僧のお勤めがあり出かけた。

檀払いまで参列させていただき、16時30分にホールを出る時に、車の屋根に雪が積もっていた。

17時に帰宅。

 

姉が来ていた。

昨日は誕生日だったはずで、お祝いの言葉だけ(^^;

さすがに、お互い誕生日が嬉しい年ではなくなってきており、今日の午後は母が一人になるので、来てくれたのだろう。

 

 

 

 

 

12月12日(月)  朝まで雪 日中は晴れ

 

昨夜の降りっぷりからして、積もっているかなと心配したが、予想外に少なく、市道の除雪車も来て

いない。

勤行、お掃除と片づけ、ゴミ出しと日課を果たしてから朝食。

 

母親があまり調子がよくないらしく、「肩を揉んでくれ」というので肩のマッサージと伸びすぎていた足の爪を切る。

だんだんと出来ていたことができなくなっていくのが、残念であり可哀そうでもある。

少しづつ支援をお願いしなければならなくなる。

 

お昼に、本を置いていたお願いを兼ねて、昼食を市内のスープカレー屋さんへ。

寒い日に、スパイスが身体を温めてくれる。

 

午後からは、銀行と紙屋さんへ。

年末の御札用の和紙を発注した。

師走も中盤、年末年始の準備もいろいろとしなければならないことも多い。

手仕事は、慣れているし器用な父親が、昨年までほとんど行ってくれていたので、この分の仕事がそのまま増えるわけで、改めて前住職がいないということを実感させらる。

 

 

 

 

 

12月13日(火)  曇り のち晴れ  また曇りのち小雨から夜中に強い雨

 

気温が下がり、境内も雪が融けているところが凍結しており、危ない。

娘が調子がよくないらしく、様子を見て休ませることにした。

 

9時30分から 交通安全の祈願で新車のお祓い。

施主は友人で、その他いろんな話をしているうちに11時になっていた。

 

娘を連れて相方は小児科を受診しに出かけて行った。

 

午後から用事があって小野川へ。

いくつかの用事を足していたら、あっという間に暗くなった。

もう16時過ぎると、車の点灯しないといけないぐたいになる。

個人的に、一年で一番せつない月だ。

 

夕食時に、娘が発熱し出して、処方してもらった薬を飲ませて早めに寝かせた。

寝かせてから、なんだか冷えてきたのでお風呂に入ってから就寝。

ただの風邪のようだが、どうだろうか。

 

 

 

 

 

12月14日(水)  曇り  時々晴れ  午後遅くから小雪がちらついた

 

6時に目を覚まし、娘の様子を見ると、熱が下がったようだ。

しかし、念のため相方が再び小児科へ連れて行った。

インフルエンザではないようで、疲れだろうか。

 

午前中、小野川へゆき用事を足しに行った。

 

娘は元気を取り戻したようだ。

夕刻、貰ってきたというミニオセロゲームをやろうということで、ゲームの進め方とルールを教えながら遊ぶ。

しばらくしていなかったので、思い出し思い出し進める。

そのうち、娘の白いのが数は少ないのだが、「『へ』の字だ」と言い出した。

見たら、なるほどきれいに並んでるし!(^^;

まぁ、なかなかゲームにならないんだけど、とりあえず遊び方だけ教えて、喜んでいるから良しとしよう。

 

 

 

 

2017.02.06:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

352 『精神科医が狂気をつくる』

  • 352 『精神科医が狂気をつくる』

臨床現場からの緊急警告

 

岩波 明:著  

(新潮文庫  平成26年1月1日 発行)

 

 精神を病んでいる人が多くなった、そんな感じは確かにしている。例えば、鬱病になったということは知人から話を聞いたこともある。

 高齢者の認知症と思われる人も身の回りに少なくない。その程度はいろいろあり、グループホームなどで過ごしている人、家庭で長い時間一人にしておけない状態になっているとか、何度も同じ話を繰り返すということに気がついたり、というように。

 それなのに、その治療や対応については、案外と知らないと感じている。

 そして、薬物の治療よりはサプリメント、或いは食事療法で治るのであればその方が良いのではないかと思うし、薬物を用いるなら、なんとなく漢方薬の方が・・・というような。

 これは、精神病に限らず、内科的な病気についても、傾向としてはあると思える。

 

 「精神科医が狂気をつくる」という言葉はインパクトがある。それが、臨床で診察・治療にあたっている精神科医によって語られているのだからなおさらだ。

 できれば、心身に副作用が無い方がよいというのは、正直そうでありたいなぁと、患者の立場でそう思う。しかし、それが、実際に効果がなくて、むしろ病状というか生命までも失われかねない事態になりかねない、ということならば、話は別である。

 病状の改善、または治癒に向かう効能がある薬物治療であれば、使用すべきものであるということ。まやかしの治療に惑わされてはいけないこと。 なるほど、と思った。、

2017.01.30:dentakuji:コメント(0):[お寺の本棚]

歩いたぁ

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12月7日(水)  晴れ  うっすらと雪  のち曇りから小雨   夜 雪になった

 

5時半前に目を覚まし、まずは朝やるべきことを片づけて朝食。

娘を園に送って、戻る。

今日は、午前中 大工さんが仕事に入る。

 

11時から簗沢の檀家さん宅に伺って、祥月命日のご供養をさせていただき、昼食もご馳走になり13時前に帰宅。

昨年お亡くなりになった旦那さんは、私の親と同年代の方。

奥様はお元気になられたようでなにより、ついつい私の母の落ち込み様と比べてしまう。

 

川西町フレンドリープラザに回ってから、芸術文化団体の会誌の編集会議へ。

13時30分の会議に20分遅れてしまった。

15時に終えてから、担当する部分の資料を求めて南原のコミセンへ行き、冊子を購入して帰宅。

地区の文芸誌「兜山」というのだが、そのなんとも言えぬ迫力みたいな物を感じる。

 

夕刻、18時30分から、とてももの好きな人の集まりが、米沢市内の餃子屋さんであり、出席。

街並みの、それぞれ興味のあるものを見て歩いて、何かの形にしてみようという試みで、初の会合である。

私を含めて参加者は5人。

それぞれは知り合いだけれども、こうして集まって話し込むのは初めて。

たちまち22時となり、お店を出て、また夜の街の面白い場所を歩きながら眺めてから解散。

私は、帰る方向が同じ人のクルマに乗せてもらい、23時に帰宅。

夜、外出してお酒を飲むのは、久しぶりのような気がする。

また、面白いところに集まりしょう。

 

 

 

 

 

12月8日(木)  朝から晴れ  わずかに雪が積もっていた。

 

さて、少々夜ふかししたせいで、6時に起床。

天気がよいので、歩いて昨夜車を置いてきたところへ、取りに行ってみよう!

というわけで、元気に出発!!

 

1㎞ほど歩いた頃、ようやく明るくなってきた。

大樽橋あたりで、約3㎞ちょっと。

まずますのペースで歩き、街中に入る頃、通勤の車もぼちぼち増えくる。

で、1時間20分かかって現場に到着。

時速10分程度として、8㎞ぐらいですかね。

車の雪を払って、自宅に向かい8時20分に無事に帰宅。

久しぶりに歩いたなぁ。

 

さて、午前中は、本堂の工事に内装のクロス屋さんが入って作業。

また、来客もあり、あっという間にお昼になった。

 

遅ればせながら、毎月恒例の大荒沢不動堂へ登拝。

 

入田沢は、国道除雪が出動したようだ。

しかし、積雪は10センチ程度で、今年はお堂まで車で行くとができた。

お堂を掃除し、お勤めをして、13時半前に帰宅。

 

今日は13時30分に、介護に関する市の調査員の方がおいでになることになっていて、すでにいらしていた。

母と話をしており、あと30分ほど質問や身体の動かし方や、いくつかのテストをされて終了。

判定結果は、約一ヶ月ごとのこと。

 

15時頃、クロス屋さんの仕事も終えて、大工さんもやってきて片づけ方を終え、お茶を飲みながら檀の配置などいろいろと話をし、とりあえず工事を終えた。

 

今夜は相方が遅くなるので、夕刻に娘を迎えに行き、その足で約束していた長靴を買いに行く。

あたりまえだけど、去年の長靴はもうはけないんだなぁ。

帰宅して、夕食を食べてお風呂に入り、朝歩いたせいか、もう眠くて娘より早く眠りに落ちてしまったようだ。

 

 

 

 

 

12月9日(金)  晴れ のち曇り  時々小雨

 

ちょっぴり寝坊で6時過ぎ。

自分で朝食を作って食べて、今日の準備をする。

 

10時から、米沢市内のお宅に伺って屋敷神様のお祭りのご祈祷をさせていただく。

続いて12時から、同じく屋敷神様のお祭りで、毎年、この同じ日に同じお宅でお勤めさせていただいている。

ご祈祷後に、昼食をご馳走になり、いろいろとお話をして、15時頃に帰宅。

 

帰宅したら来客があり、母と同年輩の方で、「久しぶりにいっぱいお話できてよかった~」とおっしゃってくださった。

 

夕刻前に、先日お願いしていた新しい石油ファンヒーターを持って業者さんがやってきた。

母が一日の大半を過ごす居間のヒーターをどうしようかということで、部屋の広さに見合ったカロリー数で、なお且つある程度の容量の大きい石油タンクがついていて、油量計が表示されるタイプにした。

石油が減っている時に、私が補給できるようにするということで、暖かさも扱いやすさ、そして価格も手ごろなものを見つけてもらい助かった。

 

夕食前に、本堂の位牌檀の前の荘厳をある程度行い、お参りできるかたちになった。

 

今日は姉の誕生日だった。

毎年、メールを送るだけなのだが・・・、○○歳と考えたら、二つしか違わない自分のトシがすごく気になる、そんな年齢になった。

とにかく、いろいろあって大変だけど、元気でいてくれ。

2017.01.28:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

帰ってきた

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12月4日(日)  朝は深い霧  のち日中は晴れ  夕刻前からまた深い霧

 

またまた寝坊して、7時に寝床から飛び出し、勤行・お掃除・朝食作りと大慌て。

師走に入り最初の日曜日、お歳暮や仏供米をお納めにお出でになる方が、ぼちぼちとおいでになるのではないかと思われる。

 

やはり、10時前から来客があり、あっという間に、お昼になった。

 

午後からは御札書きをして、今夜の準備。

保呂羽堂の年越しのお祭りがあるのだ。

保呂羽堂のお祭りと言えば、米沢市窪田の家中にある保呂羽堂の裸餅つきが有名ですよね。

やはり同じ日に行われ、早朝から準備と餅つき・餅ぶるまいなどが行われ、大勢の参拝客などが訪れ、米沢のこの季節の風物詩となっています。

簗沢の屋敷集落の山の上にある保呂羽堂もルーツは同じとみられています。

山の中腹に立派なお堂があり、屋敷・西之在家集落で守ってきており、瑞林寺の檀家も協力して、お餅をついて振る舞うなど、御年越しのお祭りを賑やかに行ってきていました。

しかし、数年前から雪害によりお堂が一部壊れたり、集落の過疎化もあり、また集落のお祭りに戻し、夜お寺に集まってご祈祷を行い直会を行うというシンプルな形に戻りました。

 

さて、いくつか準備を終えて、16時40分頃、お迎えをいただいて、17時からご祈祷です。

田沢から簗沢へ越える中山峠を下ったあたりから深い霧が立ち込め、かなり見通しが悪く怖いぐらいでした。

 

十数軒の方が集まり、ご祈祷です。

ご祈祷を終えて、十数人の皆さま方とお神酒をいただき、直会です。

お話は尽きません。

けれども、20時半に終了し、再び深い霧の中を氏子の方のご家族に送って頂いて帰宅。

 

東京出張から、相方が22時過ぎに帰ってきた。

実家に見ていただきている娘は、遅いので明日迎えにゆくことに。

まずは、お疲れさま。

 

 

 

 

 

12月5日(月)  曇り 時々晴れ  時々小雨  気温は高い

 

6時30分頃起床。

勤行、お掃除、ゴミ出しという日常。

 

今日から、大工さんが本堂前座敷の工事再開。

8時頃やってきて、準備をして11時頃から仕事に入る。

 

午前中は来客の応対の間を見て、本堂の棚などにある不用品と思われるものを片づける。

そして、午後からハウス車庫内の不用品を出して、車に積んで千代田クリーンセンターへ搬入して処分!

帰りは小松を経由して帰宅。

 

ついでではあるけれども、玉庭にもまわった。

そして、かつてスキー場&リゾートだったサンマリーナ玉庭の跡を遠くから眺めてきた。

平成元年の12月にスキー場が華々しくオープンし、十年ちょっと営業していたのだっただろうか。。。

今は、まさに廃墟と化している。

一昨年の今頃、あの山に大規模なソーラー発電所計画が出て、山の木を切る前に、山上の竹駒稲荷神社でお祓いと安全祈願を依頼されていったっけ。

その後、わずか半年余りで、それも消えてしまった。

 

バブル景気末期のあのうかれ方、リゾート法制定による、日本中のリゾート開発狂騒は、何を残しただろうか。

今、カジノ法案が、良く審議されない決められて、同じように廃墟だけが残ったということにならなければよいのだけれど・・・。

 

さて、夕刻、娘が帰宅。

二日の朝以来の我が家、従姉ちゃ達に遊んでもらい、実家の家族に面倒を見ていただいて、またちょっと大人っぽい話し方をするような感じである。

 

一方、母親が頭がふわふわするみたいで調子が悪いという。

猫の扱いに関しても困っており、さてどうしたものか。

 

 

 

 

 

12月6日(月)  雨のち 時々晴れ間  時雨模様

           午後からみぞれ  強風  夕刻前から雪  うっすらと積もった

 

6時半頃起床。

8時半ごろから大工さんが来て、今日も本堂工事。

 

午前中、今日提出しなければならない福祉関係の書類を作成。

コミセンへ行き、参考資料などを見せてもらったりして、なんとか終わった。

 

13時30分から、福祉関係団体の例会があり出席し、15時まで。

12月1日付で再委嘱を受けて、これからまた3年間の任期となった。

 

夕刻前に、今日は娘のお迎えで、その足で買い物をしてから帰宅。

今日は相方の帰りが遅いため、夕食を作って食べさせて。。。

メニューは、娘にはチャーハン、大人はホイコーロー(^^;

 

台所を片づけ、娘としばし遊んで就寝です。

 

 

 

 

 

 

2017.01.22:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

351 『泥酔懺悔』

  • 351 『泥酔懺悔』

著者:朝倉かすみ、中島たい子、瀧波ユカリ、平松洋子、室井滋、中野翠、西加奈子、

山崎ナオコーラ、三浦しおん、大道珠貴、角田光代、藤野可織

(ちくま文庫  2016年9月10日 第1刷発行)

 

女性作家12人による、お酒の、というより、お酒の上でやらかしてしまったエピソード集でしょうか。

他人の失敗談は、申し訳ないけど面白い。

わが身を振り返ってみて、お酒がらみの話は、男性より女性の話の方が面白い。

男の場合、どうも酒癖が悪いと言うと喧嘩とか危ない話になってしまいがちなのでどうもねぇ。

と言いながら、自分のお酒の上での失敗というか、未だに謎になっている二つの事件を思い出した。

そのうちの一つ。私は家系的にもお酒が強くて、学生になりたての頃に、すでに先輩を酒量では上回っていたと思う。

初めての夏休み、クラブの合宿で信州の温泉地の民宿に、皆より一日遅れで到着した夜、男女の部員でコンパが開かれた。その夜も、いい気になって飲んだ。

しかし、その夜、途中で記憶を失った。

初めての経験だった。

翌日、目を覚まし、部長と民宿の主人に「あんなことをしちゃいけないよ」とこんこんと諭された。

ところが、「あんなこと」の内容を誰も教えてくれない。

建物が壊れているということもないし、ケガをしている人もいないので暴力ではないのではないだろうかと思う。

ただ・・・、なんとなく女性部員の視線が冷ややか。

でも、誰も何も言わない。皆酔っぱらっていたことは間違いないし。

最後の記憶は、酔ってから当時流行っていたディスコミュージックで踊っていたところまで。

さて、そのあと私は何をしたのだろう。

35年経った今も、わからないでいる。

 

2017.01.18:dentakuji:コメント(0):[お寺の本棚]