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【次回展示予告】企画展「岩合光昭どうぶつ写真展 地球の宝石」

7月28日(土)よりはじまる企画展のおしらせです。

企画展「岩合光昭どうぶつ写真展 地球の宝石」

 動物写真家として世界中で高く評価されている岩合光昭。本展は岩合が40年にわたり撮影してきた写真の中から、絶滅の危機に瀕している動物や、保護環境のなかで生きている貴重な動物たちの姿をとらえた「地球の宝石」シリーズをご紹介します。この上なく雄大で美しい自然と、一方で人間の営みにより命を脅かされる野生動物たちの姿は様々な問いを投げかけてきます。また、写真に添えられたB.T.グリーヴの文章は、動物たちの「声なき声」を伝え、地球と動物と人とのかかわりについて考えるきっかけを与えてくれます。

 

【期間】 平成30年7月28日(土) ~ 平成30年9月9日(日)

【休館日】8月22日(水)

【開館時間】9:00~17:00(チケット販売は16:30まで)

      ※8月9日は開館時間を18:00まで延長いたします。

【入館料】 一般 410円(320円)高大生 300円(240円)小中生 200円(160円)

     ※( )は20名以上の団体料金

 

【ギャラリートーク】担当学芸員による展示解説

 日時 : 7月28日(土) 14:00~ 

 場所 : 米沢市上杉博物館 企画展示室

 ※企画展の入館料が必要です。

 

【岩合光昭 トークショー・サイン会】

 日時 : 8月9日(木) 18:00~(開場 17:30)

 会場 : 伝国の杜 置賜文化ホール

 入場無料 定員:先着合計500名

〈参加方法〉

 ①トークショー・サイン会

 当日、9:00より館内で該当写真集を購入された方にトークショー入場整理券とサイン会の整理券を配布します(一人1枚、先着200名)。

 ②トークショーのみ

 当日16:00より、ホール入口でトークショー入場整理券を配布します(一人2枚まで。先着300名)。

 

皆様のご来館を心よりお待ちしております!

 

【お問い合わせ】

米沢市上杉博物館  0238-26-8001

 

2018.07.16:denkoku:[博物館情報]

♪伝国の杜 屋外イベント情報♪ 7月15日

  • ♪伝国の杜 屋外イベント情報♪ 7月15日

暑中お見舞い申し上げます。

伝国の杜置賜文化ホール外の広場では

2018年7月15日(日)10時~17時の予定で

「第9回Y-1グルメグランプリ」「TEENS ROCK IN YONEZAWA 2018」の

2つのイベントが同時開催されます。

当日はお車でのご来場をご遠慮くださいますようお願いします。

 

【伝国の杜アクセス】

JR米沢駅から市内循環バス「上杉神社前」「九里学園前」下車

E13東北中央自動車道「米沢中央IC」から4km

2018.07.09:denkoku:[ホール情報]

上杉文華館「初公開 上杉鷹山関連および幕末・明治期資料」

2018年度の上杉文華館は、「初公開 上杉鷹山関連および幕末・明治期資料」をテーマに国宝を中心としたゆかりの文化財、貴重な史料をご覧いただきたいと思います。

 

【展示期間】平成30年6月28日(木)~7月24日(火)  

 

《第4回 上杉家の慶事》

 国宝上杉家文書の近世文書には上杉鷹山周辺の多くの内政文書が含まれています。慶事も様々ありますが、10代藩主上杉治広が文化7年(1810)12月16日、左近衛少将に任じられたことに対し、江戸にいる治広自身が米沢の世子斉定に伝えた書状一通と、その情報がもたらされた米沢の鷹山から、江戸の治広に送られたであろう書状案一通を紹介します。

 大名家には家格があって、任じられる官位が決まっていました。上杉家は中納言であった景勝は別格として、2代藩主定勝が少将に任じられて以降侍従止まりでした。定勝以来の少将の任官ですから喜びもひとしおです。鷹山も「数代絶えてなかった」と記しています。江戸時代後期に総じて官位の上昇が見られることについての研究もありますが、鷹山は治広の日頃の慎み深い態度や働きが顕著にあったことを褒めたたえ、紙上に尽くせぬ喜びと綴っています。また、治広は上杉重定の三男で本来上杉家を継ぐ人物ではなかったため、「天の寵霊(尊い恵み)」によって上杉家の家督を相続し、今また昇進の栄に浴したことは、ご先祖様への忠孝、これに過ぎることはないと文章を訂正しています。さらに奢ることがないように戒め、共遜の徳を積むよう諭すことも忘れません。

 なお、上杉家の家格についての詳細は、当館図録『国持大名上杉家』を参照ください。

 次に、治広が娘婿の世子宮松(後の11代藩主斉定)に送った、新年を祝う書状です。江戸屋敷の面々や治広自身も何事もなく年越しができた喜びの近況を伝え、米沢の鷹山への気遣いも垣間見えます。参勤交代で江戸と領国米沢に分かれて暮らす家族の新年のご挨拶です。現在の年賀状に相当するもので、それぞれつつがなく迎える新年は、何より喜ばしいものでしょう。

 最後の一通は、元服を祝う書状です。8代藩主上杉重定の長子勝煕の三男勝庸から兄である若殿様(斉定)に送られたものです。勝庸の元服(前髪取り)と弟政之助の判元服(袖留)の祝いに対し、お礼を述べています。勝煕は重定の長子ですが、鷹山が上杉家の世子に決まってから側室廓如院(お勢の方)との間に誕生しました。しかし、鷹山のあとの10代藩主にはその資質から同母弟の治広がつき、勝煕は上杉姓を名乗らず畠山氏を称しました。しかし、子供たちが上杉家を継承していくことになりました。長男は早世しましたが、次男斉定が米沢藩11代藩主となり、四男勝義は米沢新田藩4代藩主を相続しました。三男勝庸が上杉姓に復し勝煕の跡を継ぎました。書状に登場する五男の政之助は旗本松野家の養子となって助敬を名乗りました。

 

 また、織田信長が謙信に贈った狩野永徳の「上杉本洛中洛外図屏風」は、複製(2作目=複製B)の展示となります。

 

▼ コレクショントーク

  平成30年6月30日(土)

  14:00~

  場所: 常設展示室 上杉文華館

  ※入館料が必要です。

 

皆さまのご来館を心よりお待ちしております。

 

【お問い合わせ】

米沢市上杉博物館  0238-26-8001

2018.06.29:denkoku:[博物館情報]

【次回展示予告】企画展「後藤克芳の世界 GOTO-アートがアートでなくなる瞬間!?-」

6月2日(土)よりはじまる企画展のお知らせです。

企画展「後藤克芳の世界 GOTO-アートがアートでなくなる瞬間!?-」

 

 米沢出身のポップアート作家 後藤克芳は、武蔵野美術大学を卒業後1964年に単身で渡米、36年間にわたりニューヨークで制作活動を展開しました。没後全作品が夫人とともに帰国、その多くが当館に寄贈されました。寄託などを含めて約130点が当館に所蔵されています。

 本展では、後藤の代表作を中心に、プロダクトデザイン、平面作品、試行錯誤を繰り返した習作などテーマごとに展示し、常に柔軟な心と眼を持ちつづけた後藤の芸術の根幹に迫ります。

 

【期間】 平成30年6月2日(土) ~ 平成30年7月22日(日)

      ※うち6月25日、26日は一部展示替えとなります。

      (常設展示室はご覧いただけます)

【休館日】6月27日(水)

【開館時間】9:00~17:00(チケット販売は16:30まで)

【入館料】 一般 410円(320円)高大生 300円(240円)小中生 200円(160円)

     ※( )は20名以上の団体料金

 

【高校生の方御招待します】

後藤克芳夫人のヨシコさんが本展覧会へ高校生を招待してくださいます。

ご希望の方は以下の方法でお申し込みください。

抽選で50組100名様に招待チケット引換券をお送りいたします。

 

「後藤克芳展招待希望」

氏名、学校名、学年、住所、電話番号を明記し、

①メールで送信

アドレス:welcome@denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp

②FAXで送信

FAX番号:0238-26-2660

※申込用紙をご利用の方は当館HPからダウンロードできます。

 

【ギャラリートーク】担当学芸員による展示解説

 日時 : 6月2日(土) 14:00~ 

 場所 : 米沢市上杉博物館 企画展示室

 ※企画展の入館料が必要です。
 

【募集制ワークショップ】6月22日(金)19:00~20:30

ナイトツアーようこそ夜の博物館へ

「後藤克芳の世界 -日常とアートの境目をさがせ!-」

対象:どなたでも(中学生以下は保護者同伴)

定員:20名 参加費:500円

申込受付:5/23(水)~

 

 

皆様のご来館をこころよりお待ちしております。

 

【お問い合わせ】

米沢市上杉博物館  0238-26-8001

2018.05.29:denkoku:[博物館情報]

上杉文華館「初公開 上杉鷹山関連および幕末・明治期資料」

2018年度の上杉文華館は、「初公開 上杉鷹山関連および幕末・明治期資料」をテーマに国宝を中心としたゆかりの文化財、貴重な史料をご覧いただきたいと思います。

 

【展示期間】平成30年5月24日(木)~6月26日(火)  

 

《第3回 上杉家の不幸》

 国宝上杉家文書の近世文書には上杉鷹山周辺の多くの内政文書が含まれています。冠婚葬祭に関わる文書から、今回は「ご不幸」についてのものをまとめました。

 当時出産は命がけで、そのために亡くなる女性は少なくありませんでした。屋代の方もその一人です。また、子供の死亡率も高く乳幼児の死去はもとより、成長しても疱瘡などで命を奪われる例も多数あります。鷹山とお豊の方の長男顕孝も、今回紹介する庸女も疱瘡のために亡くなったのです。

 重定代~斉定代まで身近な上杉家の不幸を見ると、文化13年(1816)と文政4年(1821)、5年は大変な年であったことがわかります。文化13年は7月に治広の正室純姫が江戸で亡くなり、閏8月に母廓如院が江戸で亡くなりました。そして9月には斉定の実母千寿院が米沢で亡くなったのです。また、文政4年11月に米沢新田藩三代藩主上杉勝定(治広弟)が江戸で亡くなりました。12月には鷹山の側室のお豊の方が米沢で亡くなりました。翌5年3月に鷹山が米沢で死去しました。鷹山と賢夫人の誉れ高いお豊の方は3ヵ月違いで世を去ったのです。そして9月にお豊の方の姉光が江戸で、治広が米沢で亡くなりました。文政5年は、9代藩主であった大殿様(鷹山)、10代藩主であった(治広)をともに失った年だったのです。また、10月にはわずか2歳の斉定の娘光(母は継室寿)が江戸で亡くなりました。

 上杉鷹山は藩政改革の中で倹約を奨励したことが知られています。それはすべてに徹底しており、冠婚葬祭も例外ではありませんでした。寛政6年(1794)、鷹山の長子で治広の世子となっていた顕孝が疱瘡のため江戸で亡くなり米沢に運ばれました。火葬にするのはしのびないという親心は察せられますが、火葬にして高野山に納骨する費用の軽減であったとの指摘もあります。米沢藩主は亡くなると、火葬の後高野山に納骨するのが通例となっていましたが、顕孝の死後亡くなった8代藩主からは土葬で埋葬されることになりました。鷹山は葬儀を質素にするよう上杉家のみならず、藩士や領民に指示しています。近世上杉氏の歴史の中で葬送のありかたがどのように変遷したか、具体的な研究が課題です。

 

 また、織田信長が謙信に贈った狩野永徳筆の「上杉本洛中洛外図屏風」は複製(2作目=複製B)の展示となります。

 

 

▼ コレクショントーク

  平成30年5月26日(土)

  14:00~

  場所: 常設展示室 上杉文華館

  ※入館料が必要です。

 

皆さまのご来館を心よりお待ちしております。

 

【お問い合わせ】

米沢市上杉博物館  0238-26-8001

2018.05.24:denkoku:[博物館情報]