HOME > 記事一覧

教育基本法改正のねらい

 先日、結城章夫(ゆうきあきお 山形大学長、前文部科学事務次官)の「教育基本法改正のねらい」と言う講演を聴きましたので報告します。

 日本の教育の現状と課題は、戦後教育は概ね成功したと考えている。戦後60年を経て、教育を取り巻く環境は大きく変わった。家庭では、教育力の低下、育児に不安や悩みを持つ親の増加。学校では、いじめ・校内暴力などの問題行動、質の高い教員の確保。地域社会では、教育力の低下、近隣住民間の連帯感の希薄化、地域の安全・安心の確保。子供たちは、基本的生活習慣の乱れ、学ぶ意欲の低下や学力低下傾向、体力の低下、社会性の低下・規範意識の欠如などがある。

教育基本法改正の意義は、「人格の完成」や「個人の尊厳」など、これまでの基本理念に加えて、知・徳・体の調和がとれ生涯にわたって自己実現を目指す自立した人間、公共の精神を尊び国家・社会の形成に主体的に参画する国民、我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成を目指している。

教育基本法改正の主要事項は、家庭教育(10条;父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する~)、幼児教育(11条;~国および地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない)、大学教育(7条;~自主性・自律性その他の大学における教育および研究の特性が尊重されなければならない)、私立学校(8条;私立学校の有する公の性質および学校教育おいて果たす重要な役割~)が新設された。

教育基本法改正を受け教育三法の改正と学習指導要領の改訂が行われ、学校教育法(6月成立)、教育職員免許法および教育公務員特例法、地方教育行政の組織および運営に関する法律改正が行われる。道徳(徳育)の教科化(教科書、5段階評価)、小学校での英語教育、体育(武道)の必修化が行われる。

教育振興基本計画(17条;~基本的な計画を定め、これを国会に報告すると共に公表しなければならない)は、科学技術基本法(予算が17兆円→24兆円→25兆円と拡大し、目に見えて良くなってきた)の成果に基づき計画的に実施するものである。文部科学省の悲願である40人→30~35人学級を実現するもので、教員数を70万人から数万人増(2兆円=消費税1%相当)にする狙いがある。

所感としては、戦後教育の歪を是正することを目的とした教育基本法改正の主旨は理解できた。戦前の国家主義的な教育に単純に戻るとは思えないが、今後は具体的な教育振興基本計画の中味に注目して行きたいと思う。
2007.11.30:dai:コメント(0):[学習]

キャリアと能力の育て方

 「キャリアと能力の育て方」と言う講演を聴きましたので報告します。

 キャリアには、履歴書に書くような「経験した職業職務の履歴」と言う客観的側面と、仕事に対する「自己イメージ」と言う主観的側面がある。

「自己イメージ」とは、仕事に対して自分が持っている明快な認識や意識のことである。次の三つの問に答えを持っているなら、自己イメージが形成されていると言える。
・自分にできることは何か?(能力・才能)
・自分は何がやりたいか?(動機・欲求)
・自分は何をやることに価値を感じるか?(意味・価値)
このうち、「自分は何がやりたいか?」が一番の難問である。

キャリアにはサイクルがある。仕事を始めておおよそ10年で一人前になり、さらに20年で最高点、つまりすばらしい業績を生み出すレベルに達する。以降はゆるやかに能力は低下していく。これは熟達理論と呼ばれているもので、仕事を始めてから5~8年くらいで、その仕事に対して適性があるかどうかを見極めることができる。

20年を節目とした「三毛作のキャリア」を提唱する。
・1stCrop 入社してから40歳前後 「若者としてのキャリア」
・2ndCrop 40歳前後から60歳前後 「リーダーとしてのキャリア」
・3rdCrop 60歳前後から80歳前後 「定年退職後のキャリア」
これは政府の日本21世紀ビジョンに示される「生涯二転職四学習」(就職前、引退後を含め計4回の学習機会がある)とも符合している。

3rdCrop「定年退職後のキャリア」は80歳前後まで働くということで、2030年には平均寿命を84歳まで、元気でアクティブに働ける健康寿命を80歳まで延ばすことをビジョンとして掲げている。(2002年は平均寿命81.8歳、健康寿命は75歳)即ち、キャリアは定年で終わらないと言うことである。

最初の20年は「筏下り(いかだくだり)」に例えられる。激流を下りながら、オールを使って難所を乗り切ってゆくイメージ、仕事に当てはめるとゴールを設定せず、当面の仕事に全力で取り組むことを意味する。この段階では、「計画された偶然性」と言うキャリア理論が有効で、「キャリアは偶然性に左右される」と言うことが基本にある。自分が本当にやりたいことや、どんな仕事に向いているかは、自分の意思だけでなく、実際の経験や人との出会いから分かってくるものである。「計画された偶然性」の理論では、
・オープンマインドであること(優柔不断の歓迎)
・意思決定(内省)よりも行動してみることを重視
・偶然の機会を作り出す行動
・偶然の機会を活かせるような学習  といったことが望ましい行動である。

 次の20年の「山登り」は、自分の進む道(専門)を一つに絞り、その目指す頂に向け全てのエネルギーを集中させる段階である。一つの山に登るということは、他の山、他の選択肢を捨てることを意味する。「山登り」とはプロフェッショナルを目指すことであり、いつまでも山登りを始めず筏下りを続けると、いつかは海に出て漂流するだけになってしまう。

 プロフェッショナルには三つのコースがある。
・ビジネスリーダー型…経営者としての知識やスキルを積んだ経営のプロ
・プロデューサー型…複数の分野に精通しており、変革や創造を起こすことの出来るプロ
・エキスパート型…特定の分野を深く掘り下げ、いわゆる職人的なスキルを持つプロ

 スペシャリストとプロフェッショナルはよく混同して使われる。スペシャリストは特定の細分化された課業(例えば生産ラインの1工程)に熟達した人を指す。スペシャリストには、細分化されたルーティンワークを効率的に出来るようになればよく、1~2年でなれる。正確には、専門化された課業を行う専任職(Routine Expert)である。

 プロフェッショナルは、課業でなく個人の専門化である。10~20年かけて能力を深化させていき、ようやく一人前になれる。プロフェッショナルこそが、文字通りの専門職(Adaptive Expert)と言える。

 キャリアには「中年期問題」がある。人生の正午と呼ばれる40歳前後は、能力開発上の目標が失われがちになる。家庭・仕事両方の責任が重くなり、同時に体力の衰えを感じ始める。思考が内向きになり、ストレスや不安を抱えて成長の鈍化・停滞が見られる。プロになると言うことは、こうした中年期の成長を促進し、キャリアの可能性を広げること、会社外でも通用するほどの能力を備えて、会社とも健全な距離を保ちつつキャリアの寿命を長くすることである。

 「筏下り」から「山登り」への移行には、三つのポイントがある。
・「損得勝負」から「真善美」への移行…勝ち負け、出世から、何が正しいか美しいかと言ったことが仕事をする上で大切な価値基準になる。
・「基礎力」から「専門力」への移行…基本となる能力を身につけることから、特定の分野のプロを目指す専門力を磨くことに注力する。
・「知の消費」から「知の生産」への移行…先人の解明した知を吸収(消費)することから、先人の知の上に、自分の解明した新たな知を積み上げる(生産する)ことが求められる。創造性は、先人の知に対して、「一行加筆する」、「一行訂正する」ことを意味し、まったくのゼロから新しいことを生み出すことではない。

 キャリアを実現する上で必要な職業能力の基礎力としては、対人能力・対自己能力・対課題能力・処理力・思考力が挙げられる。

 キャリアデザインの意義としては、キャリアのサイクルを経験する中で、人が自分の仕事(天職)に出会ったとき、人は「全ての経験は無駄ではなかった」と思える。また、「収入、出世、地位、学歴、資格など世の中の一般的な基準はたいしたものではなかった」と感じることができる。こうした境地に達することができるようになるために「キャリアデザイン」はある。

 「筏下り」に「計画された偶然性」の理論が適用されることは分かったが、「山登り」の理論はどのようなものが適用されるのか?キャリア理論はまだまだ発展途上にあると思う。
2007.07.12:dai:コメント(0):[学習]

現代における祈り

 遊学館で、市川 裕(いちかわひろし 東京大学大学院 教授)の「現代における祈り」と言う講演を聴きましたので報告します。

 祈りとは、自分の弱さを自覚している人の叫びである。中世から近代に入り、祈りの対象としての「天」が一貫して切り離されてきた。その理由としては、科学技術の進歩があり、個人の自由が求められてきたことにある。その間、「天」の代わりに国家が祈りの対象になったりして、人間は知らず知らずに「天」を忘れて傲慢になってきている。一方では、個人は深い無力感を感じており、この現代には祈りが求められている。

 その昔、地域の伝統文化として、女たちは御詠歌を唱え、男たちは「講」と言う社交の場で念仏を唱えきた。地域の人間関係が変わってしまい、相互に異なる人達が同時に救われる道として、「祈り」がある。そうした個人のニーズに対し、オウム真理教を始めとする新興宗教は、既存の宗教への不満に根ざしたものと考えられる。

 現代では、「祈り」に代わるものとして、言葉掛け(挨拶)や、食事の感謝(生命を頂くことへの感謝の意味を込めて「いただきます」と発声)や、祭り(共同体communityとしての飲み・食い)がある。

 キャリアネットワークの活動は、キャリアカウンセリングにおいて悩みを持った人々の話を聴いて、キャリアネットワーク勉強会と称して「講」を行っていると言えなくもない。まさに、現代版の宗教的活動を行っているのかと感じられます。
2007.06.20:dai:コメント(0):[学習]

価値創造のための戦略的交渉力

 「価値創造のための戦略的交渉力」(田村次朗;慶應義塾大学法学部教授)と言う講演を聴きましたので報告します。

 交渉学とは問題解決のためのスキルを言う。交渉とは、相互の異なった問題を同時に解決するための合意点を創出するためのプロセスである。

 交渉学には、論理・準備・協働の三つのポイントがある。
1.論理 … 交渉は論理的に成り立つことが重要。雰囲気や感情や根拠のない期待に惑わされてはならない。
2.準備 … なによりも準備が大事。ただし時間を掛けすぎても駄目。状況把握→ミッション理解→目標の設定→代替案の構築→柔軟な選択肢の用意と言う5ステップを理解しておく。
3.協働 … 双方の満足を、客観的、持続的、公益的に満たす解決策づくりのための協働作業と認識する。これを「賢明な合意」と言う。近江商人が言う「三方良し」も同じ。

 交渉にあたって、気をつけるべき5つの態度がある。
1.「落としどころ」探しをあせらない。
2.「合意をしない」と言う選択肢もあることを忘れない。合意しない場合の代替案(BATNA;Best Alternative to a Negotiated Agreement)は、交渉にあたって絶対に必要な要素。
3.負の感情を増殖しない。見せかけの強気や戦闘モードは相手に伝染する。
4.安易な約束はリスクになる。
5.交渉はテクニックではない。大きなミッションや目標をベースに戦略を立てる。

 よりよい交渉戦略を立てるために4つの着眼点がある。
1.ミッションからスタートする。ミッションとは、何が本質的な問題なのかを吟味し考え抜くことから始まる。
2.リスクをマネジメントする。メリットと同時にリスクの存在を共有化し、どうすれば小さくできるかを話題にする。
3.攻撃的に臨んで来る交渉相手を恐れない。逃げず戦わずが原則。
4.アジェンダ管理が鉄則。時間のマネジメント(デッドラインに気をつける)、内容のマネジメント(議事録をとる)、協議事項のマネジメント(何を交渉するか)をする。

 交渉とは問題解決であると言う視点が面白い。

2007.05.24:dai:コメント(0):[学習]

下流社会の実像

 三浦 展(みうらあつし カルチャースタディーズ研究所主宰、消費社会研究家)の「下流社会の実像」と言う講演を聴いてきましたので報告します。

 30歳前後の階層意識は40%が下流とのことである。未婚男性の7割が下流意識を持ち、非婚化・少子化にも色濃く影響を与えている。女性の階層意識も低下しており、非正規雇用による経済的問題や所属意識が低下していることが、安定と安心感を阻害し下流意識に結びついている。

 雇用対策が少子化対策の特効薬だと考えている。結婚率(y軸)と年収(x軸)をグラフ化すると、見事なS字カーブを描く。年収500万円が結婚できるか否かのポイントである。年収700万以上は数%しかないが、女性の要求は7割を超す。下流化する人間の特徴は、体力・精神力がなく、就職活動が苦痛(コミュニケーションが苦手)であるとの共通点がある。

 女性の生き方は多様化したが、幸福は多様化していない。女性の所得格差は拡大している。階層意識が高い女性は多くの商品の価値を決めている。結婚すれば階層意識を上げることができる。既婚で正社員は“所属感”があるが、未婚で派遣社員には“所属感”はない。ステータスとして「ホームパーティが上流の証」になってきている。

 階層意識が下流の人には、食育が必要である。米国にホワイトトラッシュと呼ばれる人達がいるが、総じて下流の人達は食べることに関心がない。正社員と非正規社員では読む雑誌も異なる。上流の人達はCanCanや日経ビジネスを好み、下流の人達はSEDAなどストリート系の雑誌を好む。上流の人達は仕事にもファッションにも意欲がある。

 団塊の世代に転じると、男性は上流(15%)中流(38%)下流(46%)、女性は上流(19%)中流(47%)下流(34%)の階層意識である。団塊の世代の半数は年金が待ち遠しく、65歳まで働くつもりでいる。

 階層意識が上流であることと、いわゆる上流階級・富裕層の概念は異なる。階層意識が下流であると、暴力化や反社会的行動(犯罪)の発生も懸念される。職業体験教育は、経済的自立の必要性の観点からも必要と考える。少子化対策は、安心と安定を保証する政策であるべきで、終身雇用は日本のセーフティネットと言う民主党の主張は千葉補選で支持された。自由が増えれば不安も増える。下流社会の犠牲者とも言える若者が自民党を支持するのは、自分たちの現状を良く認識出来ていないと思われる。
2007.04.18:dai:コメント(0):[学習]