年だからでなく年がいもなく
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エッセイ「幻の学生服」
○産業カウンセラー養成講座の中で「少年少女時代で一番思い出に残っていること」という題で作文を書く、という課題があった。
その題に即して書いたものである。ちょうど還暦の時であった
○その文を若干手直しをし、題を「幻の学生服」と改めて前回のリレーエッセイに投稿した(今回は前回紹介した「孫娘」を投稿)
○今読み返してみると、この作文を書いたときの想いが私の情念として私の生き様の中を貫いているような気がする
○ガンになってみて、自分が自分を突き放してみていることに気づくことが多い。自分を少しでも客観視するという習性は、私の育ちの中で育まれてきた部分があるような気がするのである
○添付した写真は店舗に使っていたテントで作った学生服を着た小学校1年の私である
この写真を見た小学校時代の同級生は言った。「テント地でも学生服を着れるのは少数であった」と
「幻の学生服」
戦後まもない、昭和22年の大晦日の夜である。私は、小学2年生であった。
当時の秋田の小学校では、元日に学校に集まり新年を祝う行事があった。
正月ということで、皆それなりの晴れ着を着て集まるのが習わしだったが、そ
の時の私には、そのようなものは全くなく、入学の時、店のテントの余り布で作られた、着古した学生服一着があるだけであった。
家族揃っての年越しの席で、「新しい服がないなら、オレ、明日は学校へ行かないよ」と私は言い放った。それが買える状態でないことは十分に知っていたのだが、ついそんな言葉が口をついて出たのだった。
叱られるのを覚悟したが、どういうわけか、母は、「年越しそばを食べたら、買いに行こう」と突然に言い出したのだ。
当時の秋田は雪が多く、その夜も外は激しい吹雪だった。さらに、大晦日の夜だというのに、停電で真っ暗であった。私と母は、一本の懐中電灯を点け、その吹雪の中、人気のない暗い道を、洋服屋を目指してそろそろと歩いた。
洋服屋の戸を叩き、ローソクの灯りを頼りに学生服を探したが、私に合うものは既に売り切れて無くなっていた。仕方なく私と母は、吹雪の中を再び悄然と引き返した。
結局、私は翌日の「元日式」を休んだ。
ところで、私が実母と名乗る人に会ったのは、高校2年の時である。
会うと彼女は、私を手放した時からの苦労話を繰り返し繰り返し喋った。そんな話の中に、この正月の「晴れ着の話」があった。「困っていることを人伝に聞いてね。大晦日であったけど、矢も立てもたまらず汽車に飛び乗ったのよ」。秋田市まで出かけ、父を呼び出して、私の学生服を買うお金を渡したと言う。実母は、秋田市から汽車で1時間ほど離れた町に所帯を持っていた。私は、その話を彼女から聞いても、別段強い感慨もなく、「ああ、そう言えば、そんなこともあったな」という感じであった。
実母は私を産んだ後、実父が亡くなって、すぐに再婚し、満州へ渡ったそうだ。その後、終戦となり、翌年引き上げてはきたものの職も無く、大変な苦労をしていた。夫の食い扶持がないため、自分が編物教室の講師をして家族3人を養おうとしていた矢先だった。私の洋服代は、その毛糸を仕入れるためにこつこつと貯めた資金であった。
その実母も七年前に亡くなった。
私は昨年還暦を迎えたが、歳をとるにつれて、この話をしきりと思い出すようになった。
洋服が無くて学校に行けなかった自分よりも、晴れ着を着せてやれなかった養母の思い、年の暮れに家族の眼を盗んでお金を届けに来てくれた実母の気持ちが、どんなにか辛く切ないものであったのか、その思いに記憶を馳せるのである。そしてその思いと共に、大晦日の夜に白く激しく吹雪く闇の中を蠢く養母、養父、実母、さらに幼い私の姿が、まるで舞台の場面を見るように、はっきりと見えるようになってきたのである。
この思いと情景は、年をとるにつれて膨らみ、ますます鮮明になっていくような気がする。
2009.02.18:
choro
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