choro note
▼体調
2月25日1回目、3月4日2回目、3月11日3回目の点滴を終えて18日は休みで1クールの終了であった
3月25日は2クール目の開始日である
担当の医師より化学療法は再開するという電話がきた
25日の採血結果では白血球が高く、点滴は見送られた
のどの炎症が原因だろうということで抗生物質など処方あり
注意していたつもりであるが、11日の地震当日学校に避難した時の寒さにやられたようである
一時夜中に咳がでていたが、28日から夕方から体温が上昇するようになり、8時ころには37.8度までになる
不思議なのはその間食欲は落ちず食事ができることと、8時を過ぎると体温が下がっていくことである
肺炎を心配し、近所の呼吸器を標榜する内科医に行って診てもらったが、その心配はないという
大学とは別の抗生物質のほか37.5度以上になったら服用する解熱剤をくれる
29、30、31日と同じような状況が続く
そうしているうちに点滴の予定日である1日(金)がきた
採血の結果は25日よりも白血球がさらに上昇している
夕方から上昇する体温については、原因はわからないという
がんそのものが発している熱かもしれないという
今回も中止にしましょうということになった
4日念のためと思いもう一度開業医で診察してもらう
肺のレントゲンを撮ってもらうが異常なし
不思議なのは、体調はそれほど悪くはないということ
日常生活のQOLは確保できている
朝から適当に好きなことをやっている
5時ころから熱が出始めるとさすがだるっぽくなるが食事はできる
8時にはベッドに入るようにして好きな本を読んで眠りにつける
地震後の食事内容や室温の低さなどは、もちろんがん患者にとっては良くない状況が続いていた
懸念をしたり、防衛策はうってみるが、基本的には止むおえないこと、なるようにしかならないと考えることにして、まずは皆と同じ生活を続けることに気持ちを集中してみる
津波で避難所生活を強いられ、今まで続けてきた治療もうちきらされてしまった患者も多いはずである
家を流されて避難所生活をしている友人は「津波で家を流されても喪失感はないよ!頑張るよ!○○さんも地震の逆境で体調が変化してがんもおとなしくしてくるよ」と逆に励ましてくれる
夕食を一緒にしていた嫁さんは「お父さんの夕方の熱は、体ががんと闘っている時の熱かもしれないね」言ってくれる
地震によるマイナスの状況を悔やんでもどうしようもない
なるようにしかならないのだ
4日には友人たちがビワの葉とガソリンを届けてくれた
無農薬野菜も5日に配達された
6日は生協の灯油も完全補給になった
ガスが26日ぶりで6日に復旧した
野菜ジュース、ビワの葉療法、運動療法など生活のなかに組み込めるようになった
8日(金)は抗がん剤点滴予定日である
2011.04.07:choro
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