choro note
▼懐かしの昭和博覧会
仙台の駅前エンドーチェーンで開催されている
入場料500円で安くはない
最初目にするのは表題の写真のように昔の居間兼食事どころ兼寝室である
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上にある写真は部屋の右側、
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ここにあるのが左側である
昔の懐かしいちゃぶ台やサイドボードや電気製品が置かれている
見学に来ているお客さんは60代以上の人が多かったが、部屋を見るなり「わ〜懐かしいわ!」を連発する
ということは、当時はどこの家の部屋もこんなもんであったのだ
眼を引くのは丸いちゃぶ台か
昔は「ご飯だよー」といえばこの丸い折りたたみのちゃぶ台を広げることから始る
ちゃぶ台だけでなく勉強机や遊び台にもなった
軽いからひっくり返しやすい
巨人の星」の父親一徹、「寺内貫太郎一家」の父親小林亜星がちゃぶ台をひっくり返す場面が思い出される
飛び散った料理の後片付けは女性たちの役目であったのだろうか
当時はDVとか家庭暴力というのはなかったのだろうか
ちゃぶ台をひっくり返すくらいですんでいたのだろうか
家族揃ってちゃぶ台について食事する様子が懐かしい
「貧しいけれど楽しい我が家」「ぼろは着てても心は錦」
今にして思えばよき時代であったのかもしれない
洗濯板と盥やあんかんなどのほかに、初めて発売されたテレビ、冷蔵庫、電気洗濯機などが展示されている
いわゆる3種の神器であるが、これを買えるか買えないかで自分の家の経済状況を知らさせれるはめになる
ここいらあたりから格差社会の始まりがあるのだろうか
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映画のポスターや力道山の写真も貼られている
やはり懐かしい
今と違って娯楽は少なかったから、映画やプロレスは娯楽の王様であった
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昔の教室の様子も再現されている
そこに当時の子どもたちの情景を写した写真が展示されている
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これはその中の一枚であるが給食のコッペパンをかじる情景である
我々の世代が同級会を開くと必ずといっていいくらい給食の話がでる
何が美味しかったか、誰がおかわりが多かったか、など細かいことが話しに出てくる
それだけ食うものがなくてお腹を空かせていたからしっかり覚えているのだろう
給食の時間が待ち遠しくて楽しかったのだ
教室の中に当時の机が並べられている
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机はふたが上に開くスタイルであった
よく小刀でいたずら彫りをしたあの机である
この博覧会は全国を巡業してあるいているらしいが結構人気があるそうである
500円の割りにはたいした展示物があるわけではないが、観客は喜んで帰るらしい
今のような時代だからなのか「オールウエイズ3丁目の夕日」に代表されるように、昭和の時代に対する懐かしさと、よき時代であったと思う思いはつのる一方である
あの時代は貧しかったけれど
元気だった
子どもたちは元気に遊びまわった
人の温もりを感じることができた
これから世の中は良くなるんだと思えた
だから希望が持てた時代であった
今は希望が持てないことが気がかり
私たちは「一生二生」の人生を送れた世代
つまり戦後の貧しさと、高度成長期の豊かさを体験できた世代
ものの豊かさと心の豊かさの両方を知っている
子や孫に何かを伝える義務があるような気がする
画像 (小 中 大)
2009.12.09:choro
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