choro note

▼「クラゲ館長 最後の釣り語り」(東北出版企画)


著者である村上館長は、鶴岡の小さな水族館を全国一のクラゲ水族館にした館長として知られている
私にとっては、大学時代からの友人である

昨年の3月、加茂水族館に行ったとき、「あと一冊出すからな!」、と言って、書きかけの原稿を見せてくれたことを思い出した
館長はすでに6冊刊行していてこれが7冊目である

ユウモアを含んだ軽快なテンポの文体なので、いつもの通り一息に読み通してしまった
著者自身も楽しみながら書いている気配が読み手に伝わってくるような文章である
釣りをやったことのない者でも、釣りをやってきたような気分にさせてもらえる
読みながらわくわくしてくる

彼は普段の語り口もそうである
嘘を言っているのではないが、聞き手が「ウソー!」と思わせるくらいに聞き手の興味関心を引きつけるような話し方をする
そして聞き手が喜ぶ姿をみて自分も楽しむ
昔からエンターテーナーなのである

文章のなかに庄内弁の会話が沢山入っている
親切にも庄内弁には点を振ってくれている
庄内弁はやわらかい響きをもっている
読んでいても目ざわりがいい

表題も面白い
『面白うて、やがて哀しき「イワナ釣り」』など読み手の興味を誘う表題である
クラゲアイスやクラゲ饅頭などを考案して売り出す館長であればこれくらいの表題は思いつくだろう

写真も楽しませてくれる
200pのうち50p近くいろいろな写真が入っている。解説つきである

本の内容は、「釣り語り」であるから釣りに関するものがほとんどである
釣りは渓流釣りと磯釣りに別れる
27歳から67歳まで40年間の釣果は、あの世へ行けば殺生の罪で罰せられるくらいの数である
渓流釣りでは1日に百匹以上、年に3千匹吊り上げ、40年間で釣り上げた総数5万匹から6万匹と豪語している館長の書いたものであれば、釣りに関しては「ホー!」と羨望のため息をつきながら読むしかない

随所で「庄内竿」についても触れている
数少なくなった庄内竿の作り手として、また庄内釣り文化の継承者として熱く語ってくれている

最後に『たまには「世界一のクラゲ水族館」を自慢させてくれ!』と殊勝ともいえる表題を掲げて、水族館のことについても書いている

魚を買う金もなくつぶれかかった小さな水族館を世界一のクラゲ水族館にした苦労の裏話
「シンデレラおじさんは12時過ぎたら・・・」というのではないのだ

若いときの釣りにのめりこんだ原因について、このように述懐している
『のめりこんだ原因を今冷めた目で振り返ってみれば何となく分かってきたのは「何かから逃げていたようだ」ということで、釣りそのものが自分を突き動かしていたのでは無いようなのである。これは思いがけない発見だった
夢中なときには考えもしなかったが、通り過ぎて、この歳になり、肩の力が抜けたからわかったのかもしれない』と述べている

当時は気がつかなかった今にして思える釣りへの新たな思いである
歳になって肩の力が抜けたからだけではない
貧乏水族館の経営に携わり、資金繰りから客寄せまで大変な課題を克服しながらようやくたどり着いた栄光と余裕が館長に気づかせてくれたのである

この本で1番読み応えがあるところは、『面白うて、やがて哀しき「イワナ釣り」』のところ
映画「釣りバカ日誌」のスーさん社長とダメ社員浜ちゃんに佐藤商事の社長と自分を置き換えて書いている
庄内から裸1貫で上京し、1部上場の社長にまでなった佐藤商事の社長という人物像を庄内浜ちゃんこと村上館長は暖かな目と慈愛に満ちた心を通して書きあげている
また社長と自分との関係についても組織のなかの人間関係としても冷静な目で的確に捉えて表現している
『社長にとっての「イワナ釣り」はただの釣り遊びではなかったようだ。15歳で風呂敷包みをぶら下げて上京し、一切の妥協を排して孤独に耐え、企業人としての道を突っ走ってきた男が、さすがに老いて力が衰え、自分のこれまでを振り返ったとき、唯一、心が安らぐ場として受け入れてくれたのが、故郷の山や川だったのであろう
今にして思えば、気の利かないのが幸いして、「イワナ釣り」と言う行為を通して、秋元正雄社長の“心の空洞”に鋳型のようにぴったりと嵌(はま)りこんだのが実は、私だったのではないか。20年以上も続いたところを見ると、どうもお互いに他の者では入れ替わることの出来ない何か響き合うものがあったように思う』

ここは単なる「釣り語り」ではなく、社長と従業員との間に醸し出された「心情についての語り」である
おかしさと哀愁をふくんだ独特の文体で書き上げていて、「釣りバカ日誌」よりも上質な「庄内版釣りバカ日誌」になっている

学生時代の館長は大事に育てられたぼんぼんという感じの世間知らずのところがあった(本人もそう言っているのだから間違いないことだろう)
その彼が、佐藤商事に入社後3年で佐藤商事が経営する加茂水族館に配転され、今日まで貧乏水族館と運命を共にしてきたのである
苦労に苦労を重ねた末につかんだ今の栄光であり、釣りへの深い思いなのである
今の彼には昔のぼんぼんのイメージは微塵もない
この本を読んでいくにつれて、たくましく成長してくれた村上館長の姿が浮かびあがり、熱き思いが伝わってくる

これからもクラゲを通して感動を与えてくれる館長でいてほしいものである





画像 ( )
2009.04.12:choro

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