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【転職成功物語22】うちの会社に合う人、と言われたのが忘れられない

「転職成功物語」はその名の通り、
キャリアクリエイトが関わらせていただいて、無事転職を実現された方のストーリーをご紹介しています。

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今回は、30代のGさんの転職成功ストーリーです。

Gさんは、高校を卒業して入社以来15年、ただ一途に総務・経理職を担当してきた方。
明るく、気配りが出来る責任感の強い方で、業種柄、ただでさえ物理的に休日が取りにくいなかでも、繁忙期には休日出勤を申し出て担当外の仕事を手伝うなど、文字どおり「縁の下の力持ち」として皆に頼りにされながら働いていらっしゃいました。

最初にお会いしたファストフード店。
店員さんが、Gさんのお知り合い(ママ友さん?)だったようで、
おっきな声で、
「◯さん、こんにちは〜〜!!」
「あら〜〜!」
と、ご挨拶し、お互いを信頼しきった素晴らしい笑顔で手を振り合っている姿に、
職場で活躍する姿がイメージできる方でした」

そんな彼女は、様々な職場環境の変化があったのは間違いありませんが上司の心無い一言で転職を決意し、見事、意に適った職場に巡り逢いました。

以下、同じような想いをしている方に少しでもお役に立つのなら、、とご自身の気持ちを振り返ってくれたメールです。





「あなたの仕事は、社労士さんや税理士さんに頼めばいい仕事だから。」

上司から言われ 絶対転職をしよう。
と決めました。

無知な高卒の私を雇ってくださった社長、奥様に少しでも恩返ししたい思いで働いていましたので、
上司からの言葉は全て否定された気がして非常に残念でした。

しかし、次を見つけて辞めようと思い、在職しながら転職活動をしました。

最初に受けた企業の面接は、すごく良い雰囲気だったと思いましたが、一次面接で落ちてしまいました。
残念でしたが、縁がなかったんだな。
と気持ちを切り替えて次の機会を待ちました。

次にいただいた面接の時は緊急入院をする事になり、一旦面接は白紙に。
また、ダメかなぁ。
と思いましたが、退院後しばらくして面接していただけることに!

一次面接、二次面接とスムーズに話が進み、二次面接の時には出社日まで決まりました。

キャリアクリエイトの佐藤さんは、うちの会社に合う人を紹介してくれるので、とても信頼している。
と、面接先の社長さんが言っていたのが忘れられません。

きっと、佐藤さんあっての転職成功だったと思います。
本当に感謝しております。

この気持ちを忘れる事なく、次の職場で精一杯働かせていただこうと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

Gさん、頑張って下さい!

実は、Gさんは1件目の面接でもとても高評価だったのですが、ご縁がない結果となりました。

「比較的」という言葉があります。
たまたま求人が企図するスキームに「比較的」他者が適していただけ。

転職はご縁です。
1回落ちたからって、人間性を否定されたわけじゃないので、落ち込まずいきましょう。

私たちは、企業との相性を大事にしてご紹介させていただいております。
持てる能力を発揮して働けるかどうかは、環境次第だと思っているからです。
(稀に、自分が働きやすい環境に変えてしまう方もいらっしゃいますけど。。)

私からも、企業の雰囲気などをお伝えさせていただきます。

皆さんがどんなことを大切にして働いていきたいか、お聞かせください。
(佐藤広一)
2016.01.26:原田幸雄:[求人インフォメーション]

【転職成功物語21】リーダーに抜擢して頂き大きなプロジェクトも

「転職成功物語」はその名の通り、
キャリアクリエイトが関わらせていただいて、無事転職を実現された方のストーリーをご紹介しています。

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今回は、30代のFさんから、年の瀬に、本当に嬉しい内容のご連絡を頂戴しました。

Fさんは、大手企業で店舗運営や経営企画などを経験後に退職し訳あって未経験分野である職人の世界に飛び込みました。
数年経験した後、やはり以前経験していたことを活かして仕事をしたいと考え再び転職する決意を固めご相談にいらっしゃいました。

キャリアカウンセリング後にご経験を活かせそうな会社を数社ご紹介し、ブランクもあったので厳しい評価も予想されましたが、持ち前の誠実なお人柄でご縁を掴み取られ、現職とご縁が結ばれた方です。



(原文ママ・個人や企業を特定する文言は伏せています。)

A社をご紹介頂き、半年ですね。
とても充実した有意義な時間を過ごしております。
本当にA社に入社できて良かったです。感謝でいっぱいです。
充実しすぎて、もっともっと長く働いている様な感覚です。

12月発表の人事で総合企画グループのリーダーに抜擢して頂き、社運を左右するような大きなプロジェクトもやらせて頂いています。
これに答える為にも、B社長やC専務のような素晴らしい上司の元、会社に貢献し末永く働いて行こうと思います。

転職を考えた時に、キャリアクリエイトに相談して本当に良かったです。
あの時の吉田さんが、自分の事のように常に一緒に考えて頂き、親身に対応して頂いたのが思い浮かびます。
キャリアクリエイトの皆様、本当にありがとうございました。

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持ち前のお人柄と、これまでのご経験とで、僅か半年で社運を掛けた事業のグループリーダーへ抜擢されたのではないでしょうか。

Fさんは私と会った時と、選考が進んでいる時、そして現職の現在で全くお人柄が変わらない方です。
この文章を読むだけで、ご本人の顔が思い浮かんできます。
新規プロジェクトの成功を心より祈念申し上げます。

自分のことで大変恐縮ですが、このようなお言葉を頂いて、本当に、とても嬉しく思います。

キャリアカウンセリング時には、どんな仕事をどのようにされていらっしゃり、次の仕事ではどんな姿がイメージ出来るのかをよく考えます。
Fさんは将来ご活躍されるだろうと思っていましたが、予想以上のハイペースでのご活躍でびっくりしています。

こんなご転職のサポートが沢山出来たらいいですね。(吉田博紀)

2016.01.18:原田幸雄:[求人インフォメーション]

【転職成功物語20】『生きた採用情報』があります

「転職成功物語」はその名の通り、
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今回は、50代のAさんの転職成功物語です。
あきらめずに求職活動を続けることで希望が叶った事例です。

※原文ママ。

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私は現在52歳。昨年51歳のとき30年近く務めた会社を辞めました。
辞めるには辞めるなりの理由があった訳ですが、51歳という年齢からその後の再就職に大きな不安を持っていました。案の定、ハローワークに通いながら、50歳代での再就職の厳しさを痛感することとなりました。特に私の経験が一番活かせると考えていた総務、経理、管理関係の職種は求人も少なく、時がたつにつれ、とにかくどんな職種でもいいから採用してくれる会社があればそこに行こうと思うようになっていました。

そんなとき、ネットでキャリアクリエイト様の存在を知り、早速連絡をさせていただきました。
まず、面談を通して私のことを分かっていただいたうえで、A社の求人を紹介していただきました。残念ながらA社とは縁がなかったのですが、社長面接に至るまでのサポートには感謝しております。

その後、リクナビを通してB社に再就職することができたのですが、私が希望していた総務、経理、管理関係の仕事ではありませんでした。その頃には採用してくれるところならどこでもいいと思っていましたので、採用してくれた会社に感謝しながら働いておりました。





B社に就職してから8か月ほどたったころ、キャリアクリエイトの吉田様から連絡があり、総務、経理の求人があるが興味があるかとの問い合わせでした。
私のことを気にかけてくれ、また、私の希望を覚えていてくれたことに驚くとともに、こうして声をかけてくれたことが嬉しく、また、簡単に説明してくれた募集内容が私の希望にぴったりだったため、ためらわずに吉田様にお願いすることにしました。

その後、佐藤部長様、吉田様と面談し、相手企業に紹介していただき、待望の内定をいただくことができました。

キャリアクリエイト様にお願いしてよかった、心からそう思っています。キャリアクリエイト様には、生きた採用情報があります。私の希望を理解していただき、私に合った求人を紹介してくださいました。また、内定までに様々なサポートをしていただき、二人三脚で得た内定と思っています。

先日、B社を円満退社し、今はキャリアクリエイト様に感謝しながら、新しい会社の入社日を楽しみに待っているところです。
(50代男性)

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これからの時代、Aさんのような方を求める企業が増えてきています。

新しい環境で、Aさんのこれまで広く深く培った経験を頂きたいと思います。

ご活躍が楽しみです!!(吉田博紀)

2015.12.08:原田幸雄:[求人インフォメーション]

【転職成功物語19】工場閉鎖40代失業からの再就職、2社から内定を受け、決断

「転職成功物語」はその名の通り、
キャリアクリエイトが関わらせていただいて、無事転職を実現された方のストーリーをご紹介しています。

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今回は、不運にも務めていた工場が閉鎖となってしまった40代のCさんのお話です。

40才、捨てたもんじゃないですよ!きちんと働いてきた人は、ちゃんと光るものを持ってるもんです。
漆塗りのように塗り重ねてきただけに「当たり前」になり、自分では自覚できないもの。
Cさんとは何度かやり取りするうちに、私にも見えなかったCさんの輝きが現れ始めました。
私はちょっと、伝え方のお手伝いをしただけなのですが、、、

詳しいことは、Cさんから語っていただきましょう。
固有名詞は、置換えましたがほかは原文のまま。きっと参考にしていただけるはず。
では、どうぞ!

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「前職の食品製造業界の工場閉鎖が突然発表されたのは、2015年1月。
当時14年の長い製造部門から、数か月前に品質管理の部署に異動になり、不慣れも手伝い毎日が悪戦苦闘の連続というタイミングで、全くの寝耳に水の話でした。」



「41歳という年齢での転職が非常に気になり、インターネットで「40歳_再就職」と検索すると、気が滅入るような内容ばかりの状況。定期的にハローワークの検索をしても、同じ企業の求人ばかり回り続けるという先入観を持ってか、良い案件なのか疑心暗鬼になり手を出せず、求職検索のみを続けつつ同年6月中旬の工場閉鎖による退職を迎えました。

「いよいよ無職となり、「年齢に加え、休職期間が長ければますます不利」と考え、ハローワーク活動を本格化。7月初旬にインターネットで見つけたキャリアクリエイトに登録。そうしたところ数日後、佐藤部長より面談の場を持っていただき、私の前職の経歴・スキル・前職での収入・家庭環境・転職希望職種など、雑談を交えお話をさせていただきました。

お話の中で佐藤部長より「以前企業を回っていた時、そのような人材を欲しがっていたところがあった。但し、現在は状況が変わっているかも知れないので確認してみる」など、足を使い、顔を見合わせながら企業を回り、案件として未完成だがピンポイントでの求人が存在することを知り、また、そういう人材紹介会社に巡り合えたことに、非常にうれしく思えました。(残念なことにその企業は現在募集をしていなかったとの連絡を後日いただきました)

一方、同時に進行していたハローワークの活動では、書類選考不採用1件、食品業界の品質管理の募集では面接の際に口下手が災いし頭が真っ白になり不採用1件と不振が続く。今振り返れば、この時期は自分自身を見つめ直し、入社したい企業を見定める期間にあたるのでしょうが、徐々に自己否定的になり、自分自身を見つめ直すことが出来ず、年齢や口下手のせいにし、そしてなぜか「もう食品業界はイイかな?」という業界に対し変なやり切った感を持ったという、悪いスパイラルに入り始めていた頃と思われます。そんな中、7月末に一本の電話がありました。」



「原田社長から電話で「紹介出来るかもしれない案件がある」とのことで、原田社長と面談。

A社という非食品の製造業の管理者という案件で、原田社長より、その企業の状況説明や私の意向を再確認、事前に準備していた履歴書・職務経歴書に不足の指摘いただき修正。幸いにも、前職での現場改善活動の実績やパソコン全般を得意としているところを先方に評価いただき、8月初旬の面接の場をもっていただく運びになりました。

初回は面接に同行するキャリアクリエイトの方針で、A社社長・原田社長・私の三者による面接(採用可否は二次面接以降)。

原田社長とお話する度「下手でも良いから相手に分かり易く丁寧に説明して下さいね」や「タダ問題ありません、ではなくナゼ問題ないのか説明を加えて下さい」など何回か指摘された程、説明が苦手でそれを口に出せない私にとって、こういったスタイルはありがたく、心に余裕を持つことが出来ました。とは言え、A社社長に私から質問することもなく、聞かれた事に答えるというレベルで終始。おまけに、自己啓発に励むA社社長への仕事に対する向上心に圧倒され、私に不足していると判断された自己啓発を励行された面接になってしまいました。それだけに、余計言葉少なになったのかも知れません。それから、前職で経験した品質管理も完成品やその工程だけのもので、全体を見通したものではなかったことも気付かされました。

面接が終了した段階で自身を振り返り、前職を含め必要に迫られないと行動しないタイプで、恐らく前職でも必要に迫られたものだけのスキルしか得ていないと反省。

今回の面接がどちらに転んでも、面接で感じた【自己啓発・全体的な品質管理】というものは今後自分にとって必要なものだと、本屋で自分の不足を補う本を購入し勉強するに至りました。面接で私が感じた感覚は、おおよそ正解だったようで、【自己啓発不足、どうしても当社に入社したいという意思の不足】など、原田社長経由で今回のA社社長が観た私像が返ってきました。



「二次面接はA社社長と私の2名。前回同様、工場のありのままを見学させてもらい、私のキャリアや入社した際やりたいことなどの質問。2回目の訪問ということと、悪い所を理解された中ということもあってか、自分の感じたことを(口下手ながら)素直に答え、自分で不足を感じ勉強したことにより分かったことなどを説明。先方の私への見方が少し変わった印象を持てました。

三次面接の場を数日後に設けてもらい、工場長候補としての資質などを観つつ、現場のリーダーとの相性診断などという流れで終了。・・・採用の結果は、私の感じていた雰囲気と異なり残念ながら不採用。事前に原田社長より「お互いの相性もあるから」と言われていたこともあり、無念に思いながら結果を受け入れることが出来ました。

ただし、この度の採用試験で、自分に不足しているものを見つけることが出来、結果不採用ながら得るものが大きく感じられ、再就職に向け視界が良くなった印象を持てました。この段階でようやく自分を見つめ直すことが出来、「もう食品業界はイイかな?」を思い直すことも出来ました。これは後日談になりますがA社社長は、面接を重ねる中で私の伸びしろを感じ、どうにか私を採用できないか模索し続け、ぎりぎりまで採用を考え続けてくれていたようです。



「気持ちを新たに、ハローワーク活動を再開しようと検索を続けていた数日後、原田社長より電話をいただく。「Cさん(私)の意向次第だけど、実はA社社長と、非常勤的にA社の顧問をしているB社顧問Kさんのつながりで話し合いの中で、B社はCさん(私)のようなキャリアを持った人材を欲しがっている。ただし、現段階でキャリアクリエイトとB社は契約を結んでいない。B社の社長判断で許可が出れば、話が進むかも知れない。」といった内容。
当然その話に喰い付きたい状況。その数日後、その許可が出たとのことで、9月中旬に採用試験の場を設けていただく。

面接に備える意味合いも含め、自分のやってきた経験の整理をしていた数日後、原田社長から「お話したいことがある。明日時間を取ってもらえるか?」との電話がありました。【A社に予定外の欠員が発生。欠員をハローワークに募集として出す前に、Cさん(私)が可能なら、ハローワークに募集をかけず採用を予定する。先方も猶予が無いため、結論をすぐ出せなければハローワークに募集を出す。まずA社社長の考えを聞いて欲しい】といった内容(当然、前後のいきさつや分かり易い説明は原田社長より有り)。

B社一本で考えていたところに、面接の橋渡しをしてくれた社長からのヨモヤの声掛け。
判断に迷いつつ、「B社と一度も面接をしないで決定することは間違い」という考えを持ち、A社の考えを聞きつつ、B社と面接をするという両方のお話を聞き、状況を見極めた上で判断させていただく方向で決断をしました。

いよいよB社との面接。
先方の本部長と原田社長と私の3名で行われました。A社社長から私の良い所だけ話が伝わっていたのかな?と思えるくらい、過大評価されていると感じるほど自己PRする場があまり無く、先方が自社の悪いと感じているところの話で終始、「それでも良ければ当社に入社してもらいたい」という趣旨のお言葉をいただく。加えて、私に限られた時間いっぱい工場内を見学させてもらい終了。

その後A社と面談。
A社のお考えを伺い、「良く判断した上で、悔いのない結論を出してください。」というお言葉をいただく。

どちらも誠心誠意、自社の悪いと感じているところをお話いただいた中で、私の経験職からもろ手を挙げてもらった印象のB社。一方その橋渡しをしてくれたA社。どちらからも勿体ないお言葉をいただきながら、B社の二次面接以降で最終判断することを決断しました。



「その後、B社との二次・三次面接が順調に運び、失業当初の私には考えられないような両社からの内定をいただくという、嬉しさと同等以上の苦しさが訪れました。

前述したように、【私のスキルに信頼を寄せ一貫して、私の入社を期待してくれた】B社。

かたや、【面接の場でありながら私に仕事に対する意識を悟らせてくれ、ぎりぎりまで採用可否の判断をしてくれた。尚且つ不採用を決断した際、経験職の求人創設を橋渡ししてくれた。さらに突発的な求人に対し私に一番に声をかけてくれた】A社社長。

有り難さやら現段階のそれぞれの企業状況などが私の頭で混在し、どちらを選んでももう一方の企業に申し訳なく判断に困ってしまいました。

そんな中、決め手となったのは、別のことを話していた時で原田社長から言われた「出来ること、やりたいことなど、分けて考えましょう」という言葉でした。
初めてといえるくらい多角度から物事を考え最終的にB社入社に決断。

一方、形の上で内定を辞退させていただいたA社へは、いただいた恩義はB社で立派な働きをすることで返すと考え、気持ちの整理をつけました。



「不幸にも一旦、勤め先を無くした私でしたが、キャリアクリエイトの助けを得ながらの就職活動で、自分の弱さを隠す愚かさを気付かせてもらい、私自身の仕事への考え方を改めさせてもらい、私自身の内面的な甘さを気付かせてもらった。その中で、企業に生きる社長たちのたいへんな中で苦しんでいる中の優しさに触れることも出来た。トータル的に考えると、退職自体も私自身を良い方向へ導く好転材料だったと思われます。偉そうに思われるかも知れませんが、私が当初不安だった40歳代でも必要としている企業はたくさんあり、逆に欲している位。ただ、自分が(どういう業種でも)どういう事をしてきたかが重要だったのだということも強く感じることが出来ました。

最後に構文下手からうまく文中に組み込むことが出来なかったのですが、原田社長からどんな時でも大事な話は、必ず顔を見合わせ話してもらったことに私自身が信頼を寄せ活動できた点。お見合いのようにスムーズに面接を迎えられた点。製造部門一辺倒だった私に、MG(経営など)の勉強会に声掛けいただき別角度からも成長を促してくれた点。客観的に見て間違った考えには冷静にジワリと指摘してくれた点。常に冷静なアドバイスをいただいた点。どれも今はありがたく感じております。
キャリアクリエイトの【現場をしっかり見せてもらい、先方にもネックと感じている情報を開示してもらい、互いに納得できた段階で雇用成立】。とてもありがたく、究極のスタイルと思いました!!!

この度は大変お世話になりました。ありがとうございました。」
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今回ご紹介したCさんは10月から働き始めたばかり。
きっと、すぐに困難に出くわすはず。
入社前日、Cさんに電話をいれた。
私が「入社したら、きっと『聞いてないよ』と思うことや『話が違う』ってことや『やってらんねぇ』と思うことが起きると思いますよ。でも、そんな時に支えになってくれる原点がこの文章かもしれませんね。」と伝えると。
Cさんが「原田さん、分かってます。」と一言。
こえからも末永くCさんをサポートしていきたい。

私たちは「キャリアのホームドクター」を目指して仕事をしています。
よろしかったら、皆さんもどうぞご相談ください。
お待ちしています。
2015.10.22:原田幸雄:[求人インフォメーション]

【転職成功物語18】Uターンを急ぐのを一旦やめました

「転職成功物語」はその名の通り、
キャリアクリエイトが関わらせていただいて、無事転職を実現された方のストーリーをご紹介しています。

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しかし今回は、「転職を成功」させたお話ではありません。

「転職成功」ではないのですが、キャリアカウンセリングを通して、自分の気持ちを見つめ直して、より主体的にご自身のキャリアについて考えることが出来たようです。

ご自身のキャリアについて悩まれている、若い世代の方にお伝えしたいと思い、ご本人からのメッセージを匿名で掲載します(原文ママ)



「私は高校卒業と同時に山形を離れ、他県の大学に進学しました。この時は、山形を離れる寂しさよりも、未知の世界へ飛び込むワクワク・キラキラした気持ちでいっぱいでした。大学3年生の時の就職活動でも、山形へ戻ることも考えなかったわけではありませんでしたが、大学で学んだこと(食品系のコースで分子生物学を専攻)を活かせる職業に就きたいと思い、地域を絞らずに食品系の企業を何社か受け、北海道の企業に就職することとなりました。

北海道へ行く時は、新社会人として頑張るぞという気持ちと、ほんとにうっすらといつかは山形に戻りたいなという気持ちとが入り混じっていたと思います。

就職して1年目の3月に東日本大震災が起き、北海道にいる自分は、東北にいる家族や友人に何もしてあげられず、無力さを痛感し、この頃から山形に戻りたいという気持ちが強くなっていきました。また、山形を離れて年月が経てばたつほど両親への感謝の気持ちや、山形への愛着が増していき、山形で転職したいという気持ちがどんどん増していきました。しかし、せっかく正社員として入った会社ですし、少なくとも3年は働こうと考えていたこともあり、山形へ戻りたい気持ちもあったものの社会人としての知識を身につけようと気持ちを切り替え、とりあえず数年は働くことにしました。

また、言い訳にしかなりませんが、転職活動をしようにも仕事が忙しく、転職活動と仕事を両立させることができず、どんどん時間が過ぎ去っていきました。働いていくうちにやりがいを感じたこともたくさんありましたが、心の中には常に山形に戻りたいという気持ちがありました。同期もどんどん辞めてしまい、先が見えない不安も出てきて、精神的にもつらいと感じていた5年目の冬、異動の話が出ました。異動先は、私の苦手とする仕事をする部署で、この時に「タイミング的に転職して山形に戻るなら今なんじゃないか!」と思い込みました。



本気で転職活動を始めよう、山形へ戻ろうと強く決心したものの、一人ではなかなか転職活動を進められず、相談できる人も少なく、思い悩んでいました。いろいろ調べているうちにキャリアクリエイトさんのサイトにたどり着きました。現状打破したい気持ちで、藁にもすがる思いでメールを送ったところ、原田さんからお返事をいただきました。お電話でもたくさんお話を聞いてくださいました。

その後、帰省に合わせて原田さんにお会いし、直接お話しさせていただき、自分はどうして山形に戻りたいのか、どうして転職したいのか、何がしたいのかを深く考えるきっかけをいただきました。

原田さんとお話しした後で、気づいたことがありました。それは、山形へ戻りたい気持ちは、今の仕事がうまくいっていないから逃げたいという気持ちからきているのではないかということでした。明確にやりたいことがあるわけでもなく、そんな気持ちで転職してもうまくいかないかもしれないと思いました。きっと原田さんはそれに気づいていて、今の仕事から学べることもたくさんあるから、転職は焦らず、学べることをたくさん学ぶようアドバイスしてくださったのかもしれません。

その後、仕事への取り組み姿勢が格段に前向きになり、もう少し続けてみよう、学べることを学んで自分の知識・経験を増やそうという気持ちになれました。原田さんにお会いする前までは、早く転職して一日も早く山形に戻りたいと思い詰めてしまっていましたが、焦らずもう少しゆっくり将来のことを考えようと思い改め、転職を急ぐのを一旦やめることにしました。気持ちの余裕もできて、自分でも少し成長できたと感じることができました。


ひとまず、転職を急ぐのは辞めましたが、将来のことを考えたり、地元に帰ってきて家族や山形に住む友人たちと話すとやっぱり「あー山形に戻りたいな」という気持ちが出てきます。仕事でつまづいた時もあー戻りたい!って思ってしまいますが(笑)。

自分がどうしたいのか、どうなりたいのかをゆっくりじっくり考えて、焦らず道を切り開いていこうと思っています。
これからも原田さんにはたくさんお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!
(20代女性・Bさん)
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今回は、Uターン転職の相談いただきましたが、「転職しない」という結論になりました。
焦らずじっくり考えて、また「タイミング」が来たら、いつでも頼って欲しいなと思います。


私たちは、「本人が自律的に動けるように支援する」というキャリアカウンセラーとしての基本を大切にしています。ですから、無理に転職をすすめることはありません。

「相談する」のよいところは、「客観的な視点」が得られたり、「新しい自分の気持ちの発見」の気づきにつながりやすいところ。

1人で考えて、思いつめてしまっているー
そんな時は、相談してください。

いつでもお待ちしております。
2015.10.06:原田幸雄:[求人インフォメーション]