小野川温泉 吾妻荘
▼ 鈴木宗益
ホテル山川さんは、江戸期から山川や甚五郎を名のっています。
今と同じにその南隣にたきゆがあり、文字道理湯口が滝に
なっています。その上にはせや林右衛門があり、その隣が
医師 鈴木宗益として大きく屋敷を構えています。
寛政期、幕藩期の中後期、鷹山公は民の父母の理念のもとに
長崎から西洋医学を導入し、藩医、宿場医をおいて病人の
救済にあたりました。
米沢藩の好学の志がオランダ医学を藩に導入し、近隣藩からも
修業に訪れています。宗益は、越後寄宿 鈴木三郎兵ェの子息で
そうした蘭学の普及の流れに沿ったものでしょう。
画像 (小 中 大)
2006.10.17:azumasou
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