九里学園同窓会

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「なつかしい」と多くの卒業生から思い出として語られる松田屋のおじさんとおばさんは、元気ですよ !

松田屋さんを知らない女子高生がいたらもぐりだといわれるほど、女子高生に愛された松田屋は、昭和30年に女子高の近くにお菓子屋として誕生したのだそうです。

おじさんは、昭和33年からお店に出られたとのことです。
昭和47年頃からヤマザキの専門店になり、売り上げは、うなぎのぼりになりました。そして女子高の食堂のような感じになり、この頃さまざまエピソードが生まれました。
その頃の写真です。 おじさんおばさん わか――ぃ
ここに映っているのはあなたではないですか?

女子高生に大人気だったのが松田屋オリジナルの「食生しょくなま」です。食パンに生クリームをしたたかはさんだものです。

彼女がいつも松田屋から買ってきてくれるということで、食生がとりもつ縁で結婚した人がいるそうですよ♪

バスケの久先生が部活さぼって松田屋で食べていた生徒をまきって探しに来られて、その生徒は松田屋さんの裏口から逃げたことがあったそうです。

終列車に乗り遅れそうな生徒を何度も駅まで車で送った思い出があるそうです。

バレンタインのチョコレートを店で一緒に作ったそうです。

赤かちゃんを見せにきてくれる卒業生がいたりして「女子高校の前で商売できてよかった」と思うそうです。

女子高生のお腹を満たして40年、コンビニの台頭で松田屋は平成10年に閉店となりました。「生徒さんに便利に活用していただき感謝しています。」いとうことでした。

今おじさんは、若い頃から続けてこられた趣味の民謡を生きがいにしておられ、そのグループ「米菊会」を率いておられます。おばさんは、そのアシスタントをしておられ、静かで豊かな日々をお過ごしです。

孫の健君は、今年九里を卒業、仙台の専門学校に進みました。趣味でじぃちゃんと一緒に三味線を練習しているそうです。在学中は、「マツケン」と呼ばれ先生方にはあの松田屋の孫として大変有名でした。

(文責:大久保)
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生徒数の急増に伴い、明治36年(1903年)「九里裁縫女学校」のはじめての校舎が現在の門東町3丁目(現在はコンノ文具店)の地に新築された。


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