昨年の9月20日、母校を会場に昭和46年から今春卒業までの歴代図書委員と懐かしい先生方45名が集まり、今年3月に退職された司書の大久保さんの労をねぎらう感謝の会を開きました。当日は四日市市をはじめ首都圏からもお越し頂き、それぞれが高校生に戻っての賑やかな会でした。会場は学校のご好意で教室をお借りすることが出来、時間を気にすることなくゆっくりと旧交を温めることが出来ました。また、得意の分野を生かし、アレンジメントフラワーや看板など手作りで会場を飾り、誘導や受付は若い世代を中心に担当し、みんなで作り上げる会となりました。芋煮とお弁当での食事会と美味しいお菓子でのお茶会の二部構成で、途中学校見学をして「懐かしい、懐かしい」と喜んで頂き、後半には在校生も駆けつけ、先輩方のパワーに圧倒されながら一層盛り上がりました。また、急きょ「百人一首大会」が始まるなど学校だからこそ出来る楽しみで時間を忘れる程でした。こんなにも沢山の方々が集まられたのは大久保さんのお人柄あっての事と改めて感心し、世代を超え、時間を超えてそれぞれが、人生の大切なものを大久保さんから頂いたからこそ、今日まで歩んで来られたのだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。途中になってしまった百人一首愛好家からは「大久保洋子杯百人一首大会をしようー」と本人の承諾なしに盛り上がっていました。囲む会の写真集
HPへの掲載遅くなりましたことをお詫び言いたします。(同窓会HP事務局)
絵の作者、神保先生は昭和59年・昭和60年の2ヵ年でしたが本校で美術の教師として教鞭をとっておられました。
原画展1下記は本校での原画展の開催に尽力してくださった、遠藤岩根先生(本校の社会科で長く教鞭をとっておられました)の原画展開催にあたっての文章です。 ローマ教皇ベネディクト16世は、一昨年6月に、日本におけるキリシタン迫害時代に信仰をまもるために命を捧げられた殉教者の生き方を讃えて「福者」とされることを宣言された。福者とは聖人にいたる前段階とされる。そして昨年11月に、188人の殉教者が福者になることが許される列福式が長崎でとり行われた。その式典に間に合うように出版されたのがこの本である。188人の殉教者は一つのグループではなく、全国各地でそれぞれ別の日に殉教された人たちであった。その中でもいちばん殉教者の多かったのは米沢における甘糟右衛門をはじめとする53名の信徒であった。徳川家光は、第3代将軍の宣下を受けた1623年12月に江戸のキリシタン50名を火あぶりの刑に処した。このことはキリシタン弾圧に向けての断固とした自分の意思表示であった。このような江戸幕府に抗してきた米沢藩も、直江兼続を、そして景勝公を失って以後、幕府の厳しい姿勢に抗しきれずに、結果的に藩主定勝公は53名のキリシタン処刑を命じたのである。1629年1月のことであった。米沢で行われた処刑は、よその藩でおこなわれた寒中の水攻めや熱湯による拷問等とちがっていた。それは武士として立派な最期を、あるいはキリシタンとしてのほこりを失わせることのない、全国に類を見ない、まさに上杉家の、直江兼続の愛をうけつぐ措置であったといわれている。ところでこの本の原画を担当された神保先生はあとがきに「一人ひとりの人物を私なりに愛し始めていた。この本の作画にあたり、自信のもてるのはただそれだけ。力量不足の私には殉教者達の珠玉の魂には、はるかに迫り得なかった」と記しておられる。しかし私が何回か展示場当番していて閲覧者のかたがたの賛辞を多く耳にした。どの人物にも、愛を込めて書いておられる絵と文を読まれて涙される方も少なくなかった。さいわい英訳付きのこの本が海外を含めて、もっと多くの人々に届けて欲しいと主張された小学校の先生もおられた。「絵本と呼ぶには内容がありすぎる。見事な迫真性をもって語りかけてくる」。「過ちを繰り返さないためにもいまこそ殉教者に光を当てねば・・」。「文良し、絵よし、見事という他なし」とコメントを寄せて下さった山形市在住の元学校長の文でこの本の紹介を終わりにしたい2009.9(文責遠藤岩根)原画展2絵本は山形市内や米沢市内の各書店や米沢カトリック教会でも取り扱っています。絵 神保亮 文 筒井義之 訳 千原通明 出版 カトリック新潟教区 定価 2,100円発行所 ドン・ボスコ社〒 160−0004 東京都新宿区四谷1−9−7TEL 03−3351−7041 FAX 03−3351−54309月20日から23日までの連休中、米沢カトリック教会で原画が展示されています。詳しくは、0238−23−1699までお問合せください。