ダリア acocotlis note

▼ダリア(天竺牡丹)日記 Vol.246

「最新 ダーリヤ栽培法」 岩本熊吉編著 (大正13年5月20日発行)

 序
 二十年前の事を考えると夢のようだ。その頃ダーリヤを知っていたものが果たして何れだけあったろう、恐らく指を屈するに止まったであろう。そして今日はどうだろう、日本の津々浦々まで、恐らく山間の一つの家まで、ダーリヤを知らぬ者はあるまい。
 ダーリヤの伝播力は実に凄ましいものであった、燎原の火の如く誰も之が前に立って防止することは出来なかった。これには様々の犠牲も払われただろう、様々な宣伝も預かって力があるだろう、けれども第一はダーリヤの本質その物がそれだけの価値があったからだ。ダーリヤが若しつまらぬものであったら、如何に宣伝しても如何に犠牲を払っても、それ等は悉く徒労で水泡に帰せねばならぬ。然らばその価値とはどんなものであろう。
 第一に美麗だ、それから変化が多い。第二に花季が長い、恐らくこれほど長く咲きこれ程多くの花を呈供するものは他にあるまい。第三に培養が平易だ、一通り説明されたら誰にも花を咲かせ得らるるであろう。一口に言うとこの頃の流行言葉で即ち民衆的である。民衆的であるから、貴族も平民もなく、皆人が之に和同し之に傾倒するのである、乃に今日の隆盛を来した所以である。
 以上はダーリヤそのものの方から言った事であるが、これを一般の草花の方から言って見ると、また思い半ばに過ぎる事がある。それは他でもない、目今夏向の切花として若しダーリヤを取り去ったらどうだろう、恐らく半分と言いたいが七八分は減らせられ淋しい世界となって了うであろう。即ちこの処にもダーリヤの繁昌を証拠立てている、同時にこれはダーリヤの実用を意味するものである。
 こうしてダーリヤは最早全盛期に這入っているが、物盛んなれば衰うるのは理の当然であるから、我々この全盛に酔って踊っていてはならぬ。これはダーリヤに限らぬ事だが物には必ず先覚者と云うものがあって、普通人よりは一歩先に進んで道を切り拓いて行く。で、このダーリヤに全盛期に当たっても、そうした人が居てダーリヤの新しい道を開いて行かなければならぬ。この著書も大いにここに注目して居るらしい。ダーリヤに関しても従来少なからぬ著書があったが、一体著書と云うものは、原則としてその時々の必要に応じて筆を進めて居る、だから時経ると多少ずつその価値を減ずるのは止むを得ない事である。そしてこの著は大いに現時のダーリヤ界に必要があると思われる。即ちこの書の出て来る理由が十分あると思う、因って一言以ってその首めに序す。
日本ダーリヤ会常務幹事  北秀園主  野 口  秀

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